13

 うー……


 身体、重……


 ここ、どこ……。


 ぎぎぎっと音が聞こえそうなくらい、目が軋む。


 ぼんやりとしていた視界が次第にはっきりしていくと、見慣れない天井が目に入った。


 あれは……点滴?


 細い透明の管が、自分の腕につながれている。


 ここ……病院かな。なんで……。


「あら、気がつきました?」


 ひょっこりと視界に入ってきたのは、ナースさんらしき女性。


「お加減、どうかしら?」

「あ、は、はい。なんとか……」


 ……そうだ。思い出した。


 会社に行こうとして、私……階段から落ちたんだった。


 あの眩しい光が、まぶたの裏にフラッシュバックする。


「あら、目が覚めたのね」


 また違う方向から、別のナースさんが私を覗き込む。


 ……どうでもいいけど。


 無駄にスタイルよくない? ここのナースさん。


 すっごい美人だし。院長の趣味かな。


 そんなことを考えていたら、


「やっと目が覚めたかよい」


 突然、視界に飛び込んで金髪の男性。


 ファンキー! え、この人がお医者さん? 嘘でしょ? 大丈夫なの? この病院大丈夫なの?


「もう丸一日眠っていたんですよ」


 ナースさんが朗らかに笑って言う。


 丸一日か。通りで身体が重いわけだ。


 それにしても……なんだか、とてもいい夢を見ていた気がする。


 なんだか、胸の中が暖まるような、そんな。


 ……なんだっけ。なんの夢見たんだっけ。


 ううんと……。


「そういえば、エース隊長はどこに行っちゃったのかしら」

「そうねェ。さっきまでずっと張り付いてたのに」


 そうだ。そうそう。エース。エースの夢見たんだ。


 なんか不思議な夢だったな。


 海賊船に乗って、航海して。紳士的な船長さんと、かわいい海賊の男の子と……副船長さんは怖い女の人だったけど。


 すごくお世話になったな。夢とはいえ、お礼言えなかった。


「ったく……エースはそういうとこ、タイミング悪いヤツだよい」


 そうなんだよね。エースってちょっとそういうとこあるよね。抜けてるっていうかなんていうか。


 まァ、そこがまたかわいくていいんだけ


 ……。


 ……ん? ……あれ?


「エース……?」


 エースって言った? 今。


 あれ、ちょっと待って。なんか様子がおかしいな。


 よくよく見るとなんかここ病院っぽくないしお医者さん半裸だしナースさん際どいミニスカートだし。


 ……も、もしかして、今までのって、夢じゃなくて、


「ええ、エース隊長ね。さっきまでここにいたんだけど……あら、噂をすれば。どこ行ってたんですか?」


 そう言ったナースさんの視線の先には、洗面器を持ったままドアの入り口に立っている、


「エっ、エース……!」

「***……!」


 持っていた洗面器を派手に床に落として、エースは私に向かって走ってきた。


「あっ、エース、洗面器」

「***っ! 大丈夫かっ? 具合はっ? あっ、けっ、怪我とかっ」


 そう言いながら、エースは私の身体をあちこち触ったり見たりしている。


「エース隊長、少し落ち着いてくださいよ。体調は良好、怪我もありません。疲労が重なっていただけです」


 そばでその様子を見ていたナースさんが、半ばあきれたように言った。


「ほっ、ほんとか***っ」

「う、うん。大丈夫みたい。ありがとう……」


 そう言うと、エースは大きく息を吐いて力が抜けたように床に座った。


「よかった……! おまえずっと眠りっぱなしだったから、もう目覚まさねェんじゃねェかって……」

「エース……」


 夢じゃ、ない。


 夢じゃなかった。


 エースが。エースが、手を伸ばせば届く距離にいる。


 じわりと、また瞳に膜が張る。


「……おまえ、ちょっと会わねェあいだに泣き虫になっちまったな」


 そう困ったように笑って、エースがベッドの縁に座る。


エースの長い指が、目に溜まった涙を拭った。


「***……よかった。おまえに何もなくて」

「エース……」


 エースの黒い瞳に引きつけられていると、


「エース、おれたちは邪魔かよい」


 その声に弾かれるように、エースと私は勢いよくお互いの身を引いた。


 見ると、先程のファンキーな男性がじとっとした視線で私たちを見ている。


「いやっ、あのっ、あっ、すっ、すみませんっ」


 しどろもどろにそう謝ると、ぎろりとその大きな目が私をとらえる。


 こ、怖……。


 美人ナースさん二人は、そんな私たちの様子を見てくすくすと笑っている。


「いや、悪ィ。あー……マルコ、悪いけど」

「わかってるよい。おい、おまえらも行くぞい」


 ナースさん二人に向かってそう言うと、ナースさん二人は、おもしろいところだったのに……と口を尖らせた。


「エース、あとできちんと報告しろよい」

「あァ、わかってる。悪いな」


 エースがそう答えると、マルコと呼ばれたその男性はドアを閉めた。


「……」

「……」


 あ、あら? なんだか、ちょっと。緊張してる、私。


「エース……あ、あの」

「……」


 なぜかエースは俯いたまま、微動だにしない。


 するといきなり、


「あー! くそっ!」


 そう叫んで、エースはテンガロンハットを深く被ってしゃがみ込んだ。


「エース? どうし」

「わかってるのに」

「え?」


 ぽつりと、そんな呟きが聞こえてきた。


「おまえが今、どんなに不安か……おれが、一番よくわかってるのに」

「エース……」

「なのに、おれは」


 テンガロンハットをさらにぐっと抑えて、エースはためらいがちに口を開いた。


「おまえに会えて、うれしくてたまらねェ」

「え?」

「***がここに来てくれて……よかったと思っちまってる」

「エース……」

「ごめんな、***」


 弱々しくそう謝るエースが、とても愛おしくて。


「……エース」


 そう呼ぶと、エースはゆっくりとカオを上げた。


 罰が悪いのか、瞳はそらされたままだ。


「私も、よかったと思ったよ」

「……え?」


 弱々しい瞳が、私を見上げた。


「私も、ここにこれてよかったと思ってる」

「……」

「エースにまた会えて、うれしいと思ってるよ」

「***……」


 本当だよ。エースの世界に来たことが分かって、一番始めに思ったことは、「エースに会いたい」だった。


 それ以外のことは何も考えなかった。


 エースに会いたい。


 ただ、ただ、その一心で。


「大丈夫! エースだって帰って来られたんだし、私もそのうち帰れるよ!」

「***……」

「なので」

「?」

「なので……私を拾ってください」


 そう言って、頭を深々と下げた。


「……ははっ」


 その笑い声にカオを上げると、


 ずっと、ずっと、会いたかった、










 太陽みたいな笑顔。










 胸が、きゅうと締め付けられた。


「あァ、しかたねェから拾ってやるよ」


 そう言って、にっと白い歯を出す。


 うん。やっぱり、エースにはこっちが似合う。


 エースは私のそばまで来ると、真剣な眼差しで私を見つめた。


「***は、おれが守る。何があっても。必ず」

「エース……」


 そのエースの言葉に、息をするのを忘れてしまった。


「あ、ありがとう……」

「おう!」


 くしゃっと笑って、ぽんぽんと頭を叩かれた。


 ヤバイ。今のときめいた……。


 ものっっっすごいときめいた……!


「よしっ、とりあえずはオヤジに会わせなきゃな」

「……へ?」


 一人で悶え苦しんでいたら、エースがそう口にした。


 ぽかんとした私に、エースは不適な笑みを浮かべると、こう続けた。


「***、世界最強の男に会わせてやるよ」


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