12

 部屋に着くなり、エースは女に深く口付けた。


 必死に答える小さな舌に、エースの身体が刺激される。


「エース、隊長……」

「エース」

「……え?」

「エースって呼んでくれ」

「で、でも……」


 その潤んだ大きな瞳が、動揺で揺れている。


「今だけ……ダメか?」


 至近距離で瞳を見つめながら、唇を少しだけ離して囁く。


 女は、これに弱い。


「……エースっ」


 女は、我慢できないというように自分から口付けてきた。


 ……ああ。


 やっぱり、思った通りだ。










『エース』










 声が、***に似てる。


 そのまま女をベッドに倒すと、エースはその身体に舌を這わせた。


「あっ、エース……!」


 ……やべェ。マジで似てる。


 まるで、***に触れてるみてェだ。


 もっと、聴きたい。


「んっ、あっ……! エースっ」


 いい。すげェ、いい。


もっと、おれを呼んでくれ。











 ***……。










『エース……どこにいるの……』


 ***……ここだ……。


 おれは、ここにいる……。


『エース……どうして……』


 ***……泣いてんのか?


 抱きしめてやりてェ。


 けど……どうしてだ……。


 届かねェんだ。


『エース……行かないで……』


 行かねェよ……どこにも、行かねェから……もう、そうやって、一人で泣くなよ……。


『エース……』


 待ってくれ、***。


 おまえに伝えたいことが、たくさんあるんだ。


 ***……***……。










「***……!」


 自分のその大きな叫び声で、エースは目を覚ました。


心臓が、どっどっど、と、嫌な音を立てている。


「くそっ……またか……」


 あの日から、毎晩夢を見ている。


 いつも、同じ。***がすぐそこにいるのに、どんなに手を伸ばしても届かない。


 そんな、悪夢。


 始めの頃ははっきりとしていた***のカオや声は、


 今やどこかぼんやりとしていて、はっきりと思い出せない。


 ……こうやって、忘れていくんだろうか。


 この、胸をしめつけるような苦しみも、いつかは……。


「……う、ん」


 か細いそのうなり声にぎくりとして、エースはその方向に目をやった。


 見ると、女が裸ですやすやと眠っている。


 そうか、昨日誘われて……。


 女の頬を、手の甲でするりと撫でた。


 紅い跡が、白い肌にたくさん散らばっていて痛々しい。


 ……ひでェことしちまった。


 せっかく、おれを慕ってくれてたってのに。


 あろうことか、他の女を想像しながら抱くなんて。


「悪かった……」


 女の額に一つ、キスを落とした。


 ……忘れよう、もう。


 全部夢だった。そう思えばいい。


 そうとでも思わなければ、


 おれが、おれでいられなくなる。


 エースはベッドから出ると、シャワーを浴びに部屋を出た。


 傘下の船が到着したと聞かされたのは、その10分後だった。





「エース隊長ォォォっ!」

「おわっ!」


 いつもの通り、副船長がエースに向かって突進してきた。


「エース隊長……! 会いたかった……! 行方が分からなくなったって聞いて、私もうっ」

「あ、あァ……悪かったな、ほんと」


 宥めるようにふわふわと頭を撫でてやると、その綺麗なカオをエースに近付ける。


「エース隊長、今日はこのまま二人で……」

「こら、エース隊長から離れなさい」


 後ろから咎めるように放たれたその声に、副船長はカオを歪めた。


「お兄ちゃんっ! 邪魔しないでよ! 久しぶりにエース隊長に会えたんだからっ!」

「今日はそんなことのために隊長たちに来て頂いたんじゃないだろう。すみません、エース隊長。お久しぶりです」

「あァ、おまえも随分頼もしくなったな。さすが、船長だ」

「もったいないお言葉、ありがとうございます」

「ははっ、相変わらず堅いヤツだな」


 しばらく会話をしていると、幼い男がわたわたと走ってきた。


「エース隊長……! おっ、お久しぶりですっ」

「おォ、ベニー! 久しぶりだな!」

「ベニー、おまえ一人か?」

「それが船長っ、アイツどこにもいません……!」

「よく探したのか。船の端の方も探してみてくれ」

「はっ、はいっ」


 慌ただしくエースに頭を下げると、ベニーはまた船へと戻っていった。


「アイツって……例のおれの恩人のことか?」

「はい、なかなか根性のある女性ですよ」

「ふんっ、襲われて、がたがた震えてた情けない女じゃない! あんな女、このグランドラインじゃやっていけないわ! ましてやモビーディック号でなんてっ」

「いい加減にしなさい、エース隊長の前だぞ」

「なによお兄ちゃん! いつまでもあんな女の肩もって……!」

「ははっ、おまえは相変わらず兄ちゃん大好きだな」

「なっ、エ、エース隊長……! 私はそんなことっ」


 エースのその一言に、副船長はカオを真っ赤にして反論した。


「こんなどうしようもない妹でも、かわいいもんです」

「あァ、おれにもどうしようもねェ弟がいるから分かる」

「なによ。私は、別に……」


 ぶつぶつと文句を言っている副船長をよそに、船長は話を元に戻した。


「不思議なことを言っていたので、私も始めは半信半疑だったんですが……」

「不思議なこと?」

「ええ、その子どうやら……お、来たな」


 船長が、ふとエースの後方に視線を向けてふわりとほほえんだ。


「エース隊長、来ました。あの子です」










 二人の運命が再び交わるまで、あと1秒。


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