11

 あの日から、おれの時計は、止まったままだ。










 一ヶ月程前。


「よォ、エース!」

「……サッチ」

「聞いたかよ! このあいだ停泊した村から連れてきたナースちゃんの話! そりゃもうかわいいのなんのって」

「サッチ」

「おっ! おまえも目つけてたか! でもダメだぞ! あの子はおれが先に」

「悪ィ……一人にしてくれ」

「……」


 あァ、悪かった、と呟くように言って、サッチはすごすごとエースの元を立ち去った。


 それを遠目で見ていたマルコが、小さくため息をつく。


 一体、どうしちまったのかねい。


 突如、行方をくらましたエースがモビーに戻って来たのは、つい先日のこと。


 それこそ血眼になってエースを捜索していた自分たちの喜びをよそに、エースはなぜかやりきれない表情を浮かべていた。


 それからというもの、エースは話をかけても上の空。ぼんやりと、海を見つめることが多くなった。


 そんなエースの様子に、他の隊長や隊員たちはただただ困惑するばかり。


『放っておけと言うのだから放っておけ』と、オヤジはいつもの通り豪快に笑った。


 これじゃあ他の隊員に示しがつかねェよい。


 マルコ自身、そうは思っていても、あんなエースの様子を見ていると、どうも咎められない。


 なす術なく、マルコは肩を落としたサッチと共に船内へと戻っていった。





 迷惑かけちまってるな。


 エースはそんな自分に嫌悪して、手すりに頭を凭れた。


 分かってる。こんなことしてても、どうにもならないことくらい。


 でも。










『エース、今日は何が食べたい?』










 ***……。


 エースは、水平線を見つめた。


 何も言わずに、別れてしまった。


 『ありがとう』も『さよなら』も。


 伝えたかったこと、何一つ言えなかった。


「今頃怒ってるだろうな、***……」


 約束、守れなかった。


 迎えに行くって、そう言ったのに。


 おれがいなくて、どう思ったんだろう。


 ***のことだから、ずっと、


 ずっとあそこで、おれを待っていたんだろうな。


 そんな***を思い浮かべると、エースの胸がずくりと軋んだ。


 ……忘れろ。忘れるんだ。


 今更もう、どうしようもない。


 どんなに思っても、もう。


 ***には、会えないんだ。


 分かってる。分かってるのに。


 エースは、ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしった。


 もうどれほど、自分にそう言い聞かせているんだろう。


 頭ではわかっているのに、心がついていかない。


 心は、まだ。


 あの場所から、離れられないでいる。





「おれの恩人?」

「あァ、女らしい。心当たりねェかよい」


 傘下である海賊船から、そんな連絡があったらしい。


「女の、恩人……」










『エース』










 あの柔らかい声を思い出して、エースはふるふると首を振った。


 いい加減にしろ。あるはずねェだろ、そんなこと。


「エース、大丈夫かよい」

「あ、あァ、すまねェ」

「それがどうもその女、妙なことを言ってて」

「悪い、マルコ。興味がねェんだ。会えってんなら会うよ」

「あ、おい……! エース! ……ったく」


 その背中を見送りながら、マルコは小さくため息をついた。





「島が見えたぞー!」


 見張り台からのその叫びに、船員たちが浮足立った。


「酒酒酒っ!」

「女女女っ!」


 思っていたよりも大きなその島に皆興奮し、それぞれの目的へと勇んで向かっていった。


 そんな船員たちに苦笑いを浮かべながら、エースは島を見渡した。


「まだあっちは着いてねェみたいだな」

「あァ、さっき連絡があったよい。今日襲撃にあったせいで少し遅れてくるみてェだ」

「襲撃? 大丈夫だったのか?」

「あァ、問題ねェよい」

「そうか……」


 息をついたところに、遠慮がちに自分を呼ぶ声がした。


「エ、エースくん?」

「サッチ。なんだよ気持ち悪ィな」

「今日これから、島に酒でも飲みに行かないかなーなんて」

「……」

「あっ、いっ、嫌ならいいんだぜっ? 別に無理にとはっ」

「行くよ」

「……へ?」

「マルコも行かねェか?」

「あァ、いいよい」


 安心したような二人の表情を見て、エースは胸が暖かくなった。


「悪かった、二人とも。……もう、大丈夫だから」


 いつものように笑うと、マルコは少し困ったように眉を上げて笑う。


 サッチはというと、うっすら涙を浮かべて、「エース……」とか呟いている。


「何があったか、いつか聞かせろよい」

「……あァ、必ず」


 そんなやりとりをしながら、エースたちも島へと向かった。





「エース隊長!」


 マルコやサッチ、他の隊員たちと一緒に酒を酌み交わしていたところ、一人の女がエースに話しかけてきた。


「あっ! おい、エース! この子だぞ! このあいだ村から連れてきた……!」

「あァ、例のナースか」


 なるほど。確かにかわいい。サッチが騒ぐだけある。


「おれになんか用か?」

「あっ、あのっ、私っ、村にいたときからずっとエース隊長のファンで……! ずっと憧れてました……!」


 カオを赤らめて、身体を震わせながらそう言った。


「そっ、そんな……! 嘘だろっ? 嘘だと言ってっ」

「サッチ、うるせェよい」


「そんな……狙ってたのに……」と、サッチはがっくりと肩を落とした。


「そうなのか、それはありがとうな」

「いっ、いえっ、そんなっ。それでっ、あのっ」

「?」


 言いにくそうに口を噤んだ後、その真っ赤なカオを近付けてきた。


「これから……エース隊長の部屋に行ってもいいですかっ?」

「え……あー」


 エースは、自分に好意を寄せる女は相手にしない。


 本気になられても、答えられないからだ。


 ……でも。


「……いいぜ、行こう」

「……!」


 エースは席を立つと、サッチに「悪いな」と笑って店をあとにした。


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