10

 ベニーくんに手を引かれて外へ出ると、あまりの眩しさに目が眩んだ。


 思えば今日はまだ暗いうちから船内にこもっていたので、お日様とは本日初めてのご対面だ。


 ……なに、あれ。


 始めに目についたのは、この船の10倍の大きさはあるであろう船。


 そして、それだけの船に収容されるにふさわしい数の人、人、人。


 これが……モビーディック号……!


「ほら、***! ほうけてないで、早く行くぞ」

「え、あ、ちょっ……! ちょっと待っ」


 ベニーくんにぐいぐいと手を引かれて、人の中を突き進んでいく。


「ベっ、ベニーくん、ちょっ、ちょっと待って……!」

「あんだよ?」

「もっ、もうエースに会うの?」

「当たり前だろ。何言ってんだおまえ。エース隊長に会わせてくれって言ったの、おまえだろうが」


 そうなんだけど……! いざそうなるとっ


「心の準備がっ」

「バカかおまえ。ええっとエース隊長は……あっ」


 ベニーくんが立ち止まって、視線があるところに定まった。


 その視線の先を追うと、人だかりのその中心に、










 オレンジのテンガロンハットと、不敵に笑う大きな刺青。










 大きく、息を飲んだ。


 間違いない。エースだ。ほんとに、エースだ。


 エースが、いる。


「……お、やっと来たな」


 その人だかりの中にいた船長さんが、私を見てふわりと笑う。


 そして。


「エース隊長、来ました。あの子です」


 船長さんがエースに向けてそう言うと、そこにいた全員の視線が私に向く。










 エースが、ゆっくりと振り向いて、










 その瞳に、私を写した。










「……」

「……」










 し、ん。










 エースは、目をまるくして、ただただ私を見つめている。


 何も、言葉はない。


 ……もしかして、やっぱり。


 覚えてない?


 私はエースと見つめ合ったまま、ぼう然と立ち尽くしてしまった。


 ざわざわと、周りが騒めきだす。


「エース隊長……? ***を……知りませんか?」


 そう口火を切ったのは、船長さんだった。


 しかし、エースはそれには答えず、私から視線をそらそうとはしない。


「やっぱりあの女、嘘ついてやがったんだ!」

「うちの船長を騙しやがって!」

「エース隊長っ! あんな女焼き殺してくださいよっ!」


 そうだそうだ! と、いろんなところから罵声が飛んでくる。


「やっぱりあんた、嘘ついてたんだね!」


 副船長さんが、エースの腕に絡みつきながら勝ち誇ったように笑って叫んだ。


「異世界から来たなんて、よくもそんなデタラメをっ……エース隊長?」


 エースが、副船長さんの腕をすりぬけて、私を見つめたままゆっくりと歩いてくる。


 そこにいる全員が、固唾を飲んでその様子を見つめた。


 エースは、私の真ん前で足を止めた。


「エース……あ、あの」

「……」

「お、覚えてないかな……その」

「……」


 言葉が、うまく出てくれない。


 やっと。やっと、会えたのに。


「エース……」


 お願い。


 覚えてなくても、いい。


 せめて、


 せめて、もう一度だけ、笑ってほしい。


「っ、エース、私……!」


 思い切ってカオを上げた、その時。


 身体に伝わる、人の体温と、










 懐かしい、日だまりと海の匂い。










「ははっ、これは……夢か?」

「……」

「おれはまた……夢を見てんのか?」


 痛いくらい、私を抱きしめる腕に、力がこもる。


「……***っ」

「っ、エース……」


 名前を呼ばれると、頬を暖かいものが伝った。


「エース……私のこと、っ、覚えてる……?」

「当たり前だろ……!」


 腕の力が緩むと、大きな手の平が私の頬を包む。


 視界いっぱいに、エースが広がって、幸せすぎて。


 もしかしたら私は、長い夢を見ているのかもしれないと、そう思った。


「会いたかった……! ***……! おれはっ、ずっと……!」

「っ、エース……」


 私も、会いたかった。


 会いたくて。


 会いたくて、仕方がなかったよ。


「……! ……おい! ***……!」


 エースが、叫ぶように私の名前を呼んだ。


 なぜか、足にうまく力が入らない。


「***っ、おい……! しっかりしろ!」

「エー……ス」


 エースのカオが、霞んで見える。


 ぐにゃりと、視界が歪んでいく。


「***……! ……マルコ、来てくれっ! ***がっ」


 エースの声が、耳に膜を張ったように遠くに聞こえる。


「エース……あんなこと言って……ごめんね」


 エースの手を、力いっぱい握った。呼吸が乱れて、うまく話せない。


「あんなこと言って……困らせて……ごめんね」

「***っ」


 エースが、私の手を握り返す。


「……それから」


 エースが、私を不安げに見つめている。


 ああ、そんなカオしないで。


 似合わないよ、エース。


 ……笑ってよ。


 意識が、引っ張られるように遠のいていく。


「それから……」


 お願い。もう少し。もう少しだけ……。


 これだけは。これだけは、伝えたい。


「エース……私」


 私……










エースのこと、










「***……! おい……! ……***!」


 エースのその叫び声が聞こえたのを最後に、私は意識を手放した。


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