幼なじみの勧誘 -Sanji-
「こんちはー。」
ある日の休日、コタツでうだうだしていたら、聞き覚えのある声が玄関から聞こえてきた。
『あらー、サンちゃん久しぶりねェ!』と、母の嬉しそうな声がして、やっぱり、と、心の中でそう呟く。
しばらくすると、お茶の間の襖が開く音がして、寝っ転がった私のカオに影が差した。
「あ、久しぶりー。」
「まァたおまえはダラダラしてんのか。」
「だって寒いんだもん。」
「夏来たときも同じこと言ってたじゃねェか。」
「そうだっけ。」
「『だって暑いんだもん』って言ってただろ。」
そう呆れたように言いながら、サンジは私のとなりに座った。
コタツが捲られると、外気が身体に当たって、思わず身震いする。
「おー、暖っけェ。」
「外寒い?」
「あァ。つーか、ここが寒ィ。」
「どーせここは田舎ですからね。」
「んなこと言ってねェだろ。」
「いつ帰ってきたの?」
「さっき。」
「ゼフさんにまだ会ってないの?」
「後で行く。」
「親不孝ものー。」
「うっせ。」
口を尖らせながら、サンジはテーブルに置かれた茶菓子に手を伸ばした。
「このあいださー、」
「あァ。おまえいい加減起き上がれよ。」
「サンジテレビ出てたでしょ。」
「どれだよ。」
「なんかサンジがキモかったヤツ。」
「それはおれじゃねェ。」
「サンジだったよ。眉毛がぐるぐるしてたもん。」
「世の中にはなァ、眉毛だけそっくりなヤツとかいんだよ。」
「あの料理作って。」
「あ?」
「だからそのテレビで作ってたやつ。」
「だからどれだよ。」
「だからサンジがキモかったヤツ。」
「だからそれはおれじゃねェ。」
不毛な言い合いをしながら、頭を少しだけ動かして、初めてサンジを目に映した。
「おやまぁ、しばらく会わないうちにまたイイ男になっちゃって。」
「なに企んでんだよ、気持ち悪ィ。」
「昔よりモテるでしょー。」
「まァな。」
「あのさー、モデルさんとかと付き合ってないの?」
「…………………あー、どら焼きがうめェ。」
「うっそ、だれ?」
「なにも言ってねェだろうが。」
「サンジごまかすのびっくりするくらい下手だよね。」
「…………………今は付き合ってねェよ。」
「女優さんとかと付き合ってよ。」
「なんでだよ。」
「サインほしい。」
「あほか。」
最後の一口を口に放って、サンジはもぐもぐと咀嚼しながら言った。
「おまえさ、」
「うん。」
「ここ出てこっち来るんだって?」
「あれ、言ったっけ?」
「おまえの母ちゃんとはたまに連絡取り合ってんだよ。」
「ちょっと。うちのお母さんに手出さないで。」
「転勤なんだろ?」
「うん。」
「住むとこ決まってんのか?」
「まだー。」
「おまえ、どんだけのんびりだよ。」
「引っ越したらサンジのレストランたまに行くね。」
「来んな、うぜェ。」
「またまた、照れちゃって。」
「キモい。」
「サンジに言われたくない。」
ぼんやり、薄汚い天井を見つめながら、私はゆっくりと口を開いた。
「サンジには面倒かけないよ。」
「…………………。」
「幼なじみだからって、別に頼ろうなんて思ってないし。」
「…………………。」
「サンジも忙しいんだからさ。」
「…………………。」
「こんなにかわいらしい幼なじみがうろちょろしてたら、女優さんの恋人なんてできなくなっちゃうしね。」
「おれにかわいらしい幼なじみはいねェ。」
「ちゃんと両目で見ないからだよ。それなにヘアーなの?」
「うるせェ。」
くしゃくしゃと、どら焼きの袋を丸めながら、サンジは立ち上がった。
「ゼフさんによろしくねー。」
「おまえ寝てばっかいると太るぞ。」
「余計なお世話ですー。」
「じゃあな。」
「はーい。」
そう言って、サンジは振り向くことなく襖を閉めて出ていった。
玄関の開閉の音がしたかと思うと、サクサクと雪の上を歩く音が遠ざかって行く。
「…………………サンジのバーカ。」
相変わらずの薄汚い天井に向かってそう呟くと、私は重い身体をのっそりと起こした。
ふと、テーブルの上に目をやると、
そこには、一本の鍵とメモ紙。
メモ紙に手を伸ばして、二つに折り畳まれたそれを開くと、そこには見なれた字で、
『漫画本は持ってくんなよ。』の一言。
しばらく放心していた私が、『漫画本、厳選しなきゃ』と呟いたのは、言うまでもない。
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