「実家に帰らせて頂きます。」-Shanks-

チクタク…


時を刻んでいく針を、私はじっと見つめた。


いつもより少しだけ豪勢なお料理と、小さな手づくりケーキ。


……………きっと、


きっと、帰ってきてくれる。


祈るような想いで、私は心の中でそう呟いた。


―…‥


『***…悪い、起こしたか?』

「…ううん、起きてたから大丈夫。」


………起きてたんだよ、シャンクス。


今日は、一緒にいようねって…


シャンクス、約束してくれたから。


……………だから、


おねがい。


『そうか……………あー………あのな、』


…おねがい。


……………言わないで。


『今日……………帰れなくなったんだ…』


……………その瞬間、


ガラガラと、『なにか』が崩れる音がした。


私の中の、


大切な、大切なものが。


『ほんとにすまん。…朝には帰れると思うから…だから、』

「…わかった。」


シャンクスがなにか言おうとしたのをさえぎって、私はそう答えた。


「***…?」


…ごめんね、シャンクス。


もう、なにも聞きたくない。


……………なにも、


届かないの。


「大丈夫だよ、私は。謝ったりしないで?」

『あ、あァ…そうか…』

「それよりも、私…シャンクスに言いたいことがあるの。」

『言いたいこと?おまえがおれに?めずらしいな。なんだ?』


なぜか弾むようにそう言ったシャンクスに、私はずっと憧れていたあのセリフを口にした。


「実家にらせて頂きます。」


……………は?










「もう別れる!」


ダンっと大きな音を立てて、私はテーブルの上にジョッキを置いた。


「あらあら、荒れちゃって…」


クスクスと、そんな私を笑いながらシャッキーは煙草を口にくわえる。


「なにが『すまん』よ!これっぽっちも思ってないくせに!」


怒鳴り散らしながら、私はグビリとまたお酒を流しこんだ。


「なにか理由があるんでしょう?ちゃんと聞いてあげたの?」

「聞かなくてもわかるよ…どうせあの秘書に『奥さんのところに帰らないでぇ、シャンクス社長ぉ』って泣きつかれたのよ!」


私は、シャンクスの不倫相手のモノマネを交えながらシャッキーにそう答えた。


それがおもしろかったのか、めずらしくシャッキーが声を上げて笑う。


私もつられるようにひとしきり笑うと、シャッキーがピタリと笑うのをやめた。


「…でも、好きなんでしょう?」

「…………………。」

「ほんとにそれでいいの?」

「……………いいの。………もう…きめたの。」

「……………そう…」


シャッキーはそれ以上なにも言わない。


……………好きだよ。


…好き、だった。


大好きだったから…


だから、嫌われないように、わがままも言わなかった。


帰ってこない日が続いても、


ニュースで、シャンクスとモデルさんの密会写真が流れても、


………かわいらしい秘書と、不倫してることがわかっても。


……………なにも、


なにも、言わなかった。


知らないふりした。


我慢した。


……………なのに。


「できない約束なら………しないでほしかった…」


『バレンタインは、***と一緒にいたい。』


そう言ってくれたのは、シャンクスだった。


それが、


ほんとに、ほんとに、うれしくて。


まだ、シャンクスの心のなかに、


ほんの少しでも、私がいるんだって。


そう思えたから。


…自惚れだったみたいだけど。


「シャンクスの中に………もう私はいないんだよ。」

「…………………。」

「カタチだけの『奥さん』なんて…惨めでしょ?愛されてもいないのに…笑っちゃう。」

「………***…」


シャッキーが、つらそうに眉を寄せた。


それを見て、こらえていた涙がジワリと滲む。


「シャッキー………私、なにが良くなかったのかな…」


…どこがダメだったんだろう。


いつから、シャンクスは、


私のこと、好きじゃなくなったのかな…


「…良くないところなんてないわよ。***はとてもいいコ。」


そう言いながら、ふわふわと頭をなでてくれる。


私の涙腺はそれによって、崩壊した。


「でもね、***………シャンクスはきっと、」


シャッキーがそこまで口にしたところで、ピンポン、とチャイムが鳴った。


シャッキーは続きを口にすることなく、ゆっくりと玄関へ歩いていった。


「…………………。」


…シャンクス、今頃どうしてるかな。


私がいなくても、笑ってるのかな。


………あの子に、触れてるのかな。


テーブルに伏せたままそんなことを考えていると、カチャリとドアが開く音がした。


「シャッキー、だれだった?レイさん帰ってき………た、」


ドアに突っ立っているそのひとを見て、私は思わず言葉を失った。


「……………いつからここはおまえの実家になったんだ?」

「シャ、シャンクス…!」


……………うそ…!


な、なんでシャンクスがここに…!


ワケがわからず呆然していると、ドアのむこうで楽しげに手を振るシャッキーが見えた。


う、裏切られたっ…!


内緒にしててって言ったのにっ…!


シャンクスは近くの椅子をカタリと引くと、私に向かい合うようにして座った。


「どうしたんだ、***。なにがあった?」

「…………………。」

「やっぱり…昨日帰れなかったこと、怒ってるのか?」

「…………………。」

「***…答えてくれないか?…言ってくれないとわからない。」

「…………………。」


私は、ゆっくりと首を振った。


シャンクスがそれを見て、大きく溜め息をつく。


「………***………おれは、」


シャンクスがなにかを言おうとしたのと同時に、私はバッグの中から一枚の紙切れを出した。


シャンクスを見ることなく、それをテーブルの上に置く。


シャンクスの身体が、ぴくりと揺れた。


「………***………本気か?」


その問い掛けに、私はコクリとうなずく。


「い、いきおいで………決めたわけじゃないから…」

「…………………。」

「ずっと………ずっと、心のどこかで………こうしたほうがいいんじゃないかって思ってた。」

「…………………。」

「………ごめんなさい、シャンクス…」


ポタリと、涙が頬を伝って握りしめた拳に落ちた。


「私もう………頑張れない…」

「***…」

「………サイン、してください………おねがいします…」

「…………………。」


シャンクスは、なにも言わずにテーブルの上に置かれた離婚届を見つめている。


すると、なにかを考えこむようにして目をつむった。


しばらくすると、シャンクスは大きく息をはいて胸元からペンを出した。


「…………………。」

「…………………。」


サラサラと、文字が流れる音だけが耳に届く。


その手元を見ながら、いままでシャンクスと歩いてきた日々がひとつひとつ思い出される。


もっと、伝えたいこと、たくさんあった。


もっと、笑い合って。


ずっと、


ずっと、となりにいたかったよ。


なのに、


明日から、他人同士になるなんて…


そんなことを思ったら、ポタポタと、涙があとからあとから溢れてきた。


「……………はじめてだなァ…」

「…え?」


すると、シャンクスがおもむろにそんなことを口にした。


「おまえが、おれに頼みごとするなんて。」

「………あ………そ、そうだったかな…」

「あァ、はじめてだ。………おまえ、全然そういうの、言わねェから…」


シャンクスは、困ったように笑いながらペンを走らせている。


……………だって、


言ったら、面倒な女だって…


嫌われるのが、怖くて。


「こんなことでも………うれしいよ。」

「…………………。」


……………うそ。


うそばっかり。


ほんとは、シャンクスだって望んでたんでしょ?


早く私と別れて…


あの子と一緒になりたいって…


そう思ってるんでしょ?


迷いなく紙の上を滑るペン先を睨みながら、私はそう心の中で問い掛けた。


「離婚はしてやる。」

「…………………。」

「………おまえがはじめておれに望んだことだ。………それがたとえどんなことでも、おれは叶えてやりたい。」

「…………………。」

「………でもな、***、」


コトリとペンを置いて、シャンクスが私をまっすぐに見つめた。


それが、あまりにも真剣で、息をするのを忘れてしまう。


「おれは、おまえをあきらめない。」

「…え?」

「必ずまた、おまえを………おまえの心を奪ってみせる。」

「な、なに言って…」

「おれと別れても、他の男には指一本触れさせない。………どんな手を使ってもな。」

「…!」


私が思わず視線を逸らすと、シャンクスはゆっくりと立ち上がった。


「…愛してる。」


そう呟くように言うと、シャンクスは私の頭を柔らかくなでて、去っていった。


「…………………。」


…………………うそつき…


うそつき…!うそつき…!


そんなこと、思ってないくせに…!


ずるいよ…


どうして…そんな…


そんなことを考えながら、ふとシャンクスの座っていた椅子を見た。


「…?」


………なに、あれ…


椅子の上に、ラッピングされた小さな箱が置いてある。


………シャンクスの…?


それを手にとると、リボンにはさまったメッセージカードに、『***へ』の文字。


「………私、に…?」


丁寧にラッピングを剥がして、ゆっくりとふたを開けた。


「チョコ…」


だけど…


おせじにも綺麗だとは言えない、なんともいびつなカタチをしたチョコ。


ひとつつまんで口にいれると、私好みの甘さが広がった。


……………これ、


手づくりだ。


………でも、なんで?


なんで、手づくりチョコなんて…


「……………あ。」


そういえば…


去年のバレンタインに、シャンクスとテレビ見てるとき…










『近頃は男も手づくりなんてするのか…』

『そうみたいだね。逆チョコも流行ってるし。』

『逆チョコ?』

『男の子から女の子にあげることをそう言うんだって。』

『へェ…』

『男の子が手づくりチョコなんて、なんかかわいいね。』

『……………おまえもほしいのか?』

『へ?わ、私はいいよ…!シャンクスいそがしいし…』

『…………………。』

『チャ、チャンネルかえるね!』

『ん?……………あァ。』










ドクドクと、胸が大きな音を立てている。


ちょ、ちょっとまって…


もしかして…


これ………シャンクスがつくったの…!?


帰らない日が続いてたのって…


まさか…!


ぐるぐると思考をフル回転すると、様々なことがいっきに思い出された。


そういえば、あの写真を撮られたモデルさん…パティシエと付き合ってるっていうウワサがあった…


しかも………あの秘書の子…


たしか、お菓子づくりが大好きで、毎日つくってるって…


「…!」


すべてが一本につながって、私は思わず走り出した。


シャッキーが、シャンクスの出ていった方をうれしそうに指さす。


「ありがとう、シャッキー!」


その方へ走っていくと、風になびく大好きな赤が目にはいった。


その背中が、なんだかとても小さく見えて、


どうしようもなくいとおしくなって、私は思わず泣き叫ぶようにそのなまえを呼んだ。


「実家にらせて頂きます。」


[ 2/4 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -