お菓子より、アイツより---Luffy--- 1/2
「***!悪ィ!今日も一緒に帰れねェ!」
教室にカオを出した幼なじみがそう叫んだのは、帰りのホームルームが終わった直後。
「あ、そうなの?」
「おう!今日はウソップたちとサッカーすることになってよ!」
そう言ってルフィは満面の笑みで、にししっ、と笑った。
「そうなんだ、楽しそうだね!」
「おまえも来いよ!一緒にサッカーやろうぜ!楽しいからよォ!」
「ううん、私はいいよ!運動苦手だし…」
「なァんだ、つまんねェ!」
そう拗ねたように頬を膨らませて、ルフィは口を尖らせる。
かっ、かわいいっ…!
とか思って、ときめいている場合ではない。
今日「も」、ルフィと一緒に帰れないことがたった今、判明したのだ。
私の気持ちは、もはや底辺まで沈みきっていた。
「じゃあ***!また明日な!」
「うん!バイバイ!」
手を振りながらご機嫌に去っていく後ろ姿に、私は大きく溜息をつく。
「あーあ、行っちゃった…」
「そーんな暗いカオするくらいなら、今日はルフィと一緒にいたいな、ハート、くらい言えばいいだろ?」
呆れたカオをして教室の外からそう声を掛けたのは、もう一人の幼なじみ兼ルフィのお兄ちゃん。
「なっ、なに言ってんのサボ…!そっ、そんなこと言えるわけないじゃん、つっ、つつつ、付き合ってるわけじゃないんだしっ…」
「それもそうだな、うっとうしいよな、そんな女!」
からりと笑って辛辣なことを言ってのけたサボを、恨めしげに睨みつける。
わかってますよ、
私はルフィにとって、幼なじみ以下でもそれ以上でもない。
サッカーにまけた女ですよ、どうせ。
「どうしてあんなにカッコよくなっちゃったんだろう。」
泣き虫のままのルフィでよかったのになぁ。
どこか幼かったルフィが、突然男らしくなったのは、高校に上がってから。
もともとカオもカッコいいし、笑うとかわいいし、いざとなるととても頼りがいがあるから、同学年はもちろん、センパイのおねえさま方にも大人気だ。
年上にかわいがられるルフィと、年下にも慕われるエース。
モテモテD兄弟、なんて言われちゃって、二人はかなりの有名人である。
「おい、おれは?」
「あ、ごめんごめん!サボだってそれなりにモテるよね!」
「おまえってさりげなく失礼だよな、いつも。ほら、さっさと帰るぞ。」
そう言って、それなりにモテる幼なじみは私の手を引いた。
―…‥
「ルフィくん、あの転校生と付き合ってるんだって!」
そんな噂が教室を巡ったのは、ルフィと一緒に帰れなくなって6日目のことだった。
「ショックー!」
「ルフィくんだけはみんなのルフィくんでいてくれると思ったのにねー。」
「ルフィくんも面食いだったんだね、やっぱりその辺はフツーの男だったか。」
クラスメイトがそんなことを言いながら私の横をすり抜けていく。
「***ー、辞書貸してく、」
「サっ、サササササササっ、サボっ…!!」
「うわ、こわっ!なんだよそのカオ。」
失礼極まりない言葉はさておき、私はその怖いカオのままサボに詰め寄った。
「ルっ、ルフィがあの転校生と付き合ってるってほんと!?」
「ん?……………あー、」
サボが気まずそうに右ななめ上を見ながら言葉を濁す。
…………………ほんとなんだ…
まさか、
まさか、あのルフィに…
恋人ができちゃうなんて…!!
「ま、まァ、そう落ち込むなよ!大方食いもんにでも釣られたんだろ?」
「…………………。」
「どうせすぐ別れるって!食いもんの切れ目が縁の切れ目だ!」
「……………うん…」
「***…」
すっかりしょげてしまった私を見て、サボも一緒になって眉をハの字にしてしまった。
そんなの分からないよ。
だってあの転校生、すっごくかわいいもん。
女の子らしくて、性格もよくて、
何より、お菓子づくり上手だし。
ずっと一緒にいたら、きっとルフィ、
……………あの子のこと、好きになっちゃう。
どうしよう、どうしよう、
そんなの、やだよ。
―…‥
「***ー!悪ィ!今日も一緒帰れねェ!」
その日の放課後、ルフィはいつも通り満面の笑みで私の教室を訪れた。
あの噂のせいか、そんなルフィにたくさんの好奇の目が向けられる。
「今日はビビの家ででっけェ肉焼いてるって、」
「ル、ルフィ、ちょっとこっち来て。」
「ん?なんだよ?」
「いいから!」
いたたまれなくなった私は、教室を出て校舎裏のほうまでルフィの手を引いた。
***ー、肉がーとか言ってるルフィの非難の声はもう聞こえてないことにする。
「なんだよ***ー、」
「……………ルフィ、」
私が真剣な面持ちでルフィを見上げると、ルフィも心なしか真剣な表情になった。
「つ、つつつつつ、……………付き合ってるってほんと?」
「はァ?付き合ってる?」
「だ、だから、ほら!ルフィと同じクラスのお菓子づくりが上手な、」
「サンジか。」
「ちがう!女の子!」
「女ァ?……………あァ!アイツのことか!」
ぽんっ、と、グーにした片手をもう片方の手の平に乗せて、ルフィは合点いったという様子で頷いた。
「こ、恋人になってとか言われたの?」
「あァ!」
「な、……………なるって言っちゃったの…?」
「あァ!毎日お菓子つくってきてくれるってよ!アイツのお菓子、すんげェうめェんだ!」
「…………………。」
よだれを垂らしながら、そのお菓子の味を思い出しているのか、へらりとだらしなく笑うルフィに、なんだかもう泣きたくなってしまう。
「おっ、お菓子が食べたいからって恋人になっちゃいけないんだよ!」
「ん?そうなのか?」
「そうなの!だから、」
続きを口にしようとして、止まる。
こんなこと、言っていいのかな、
だって、どんなかたちであれ、
あの子は、精一杯の勇気を振り絞って、ルフィの恋人になったんだから。
でも、でも、
私は、やっぱり、
「別れたほうがいいよ。」
深く俯きながら、私はルフィに小さくそう告げた。
今の自分のカオがとてもみにくいように思えて、ルフィのカオが見られない。
「うーん、……………だめだ!」
「……………へ、」
きっぱりとそう言ったルフィに、私は思わず呆けたカオをルフィに向ける。
「いくらおまえに言われても、もうこいびとやめられねェんだよ。」
「な、なんで、」
「したから。」
「し、したってなにを、」
「んんっと、あれだよあれ、」
首を横に思い切り曲げて、ルフィは年に2、3回しかしない難しいカオをした。
「魚の名前とおんなじやつでよ、」
「さ、魚?」
「ほら、フライにするとすんげェうまいやつ、なんだっけ?け、け、……………いや、き?」
「…………………。」
恋人同士がするもので、魚の名前、
「き」で始まるやつって…
ま、まさかっ…!!
「…………………キス?」
「おう!それだ!」
大きなくりくりの目をさらに大きくして、ルフィは、ぱっ、と瞳を輝かせて言った。
「それしたからもうだめなんだってよ。こいびとやめるの。」
「……………ルフィからしたの?」
「いんにゃ、された。」
「…………………。」
「なァ、***もういいか?おれの肉がなくなっちまう!」
そう焦れたように足をばたつかせて、ルフィはさっさと校舎へ戻ろうとする。
「……………わかった。」
「おう!じゃあ***、また明日、」
「絶交、」
いつものルフィの言葉をさえぎって、私はルフィを睨み付けながら叫んだ。
「ルフィとはもう絶交!」
「な、なに泣いてんだよ、どっかいてェのか?」
「うるさいうるさい!ルフィのバカ!」
いーだ、と思いっきりかわいくないカオをして、私はルフィを置いて校舎の方へと走っていく。
ルフィのバカ、ルフィのバカ!ルフィのバカ!!
後ろから、「ぜっこうってなんだ!?うまいのか!?」という声が聞こえてきて、どうしようもなくイライラして、声を上げて泣きたくなってしまった。[ 3/11 ][*prev] [next#]
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