あなた、明日死にますよ---Marco--- 1/2

『あなた、明日死にますよ』


突然、あからさまに「おれ死神ですよ」みたいな大きなかまを持った人(いや、普通にお医者さんでもいい)に、もし、そんなことを言われたら。


一番真っ先に考えることって、いったいなんだろうか。


大切な人たちのこと。遺して逝ってしまう申し訳なさ。寂しさ。


あとは、そう。


後悔の念だと思う。


今、命ある時に、悔いなく自分は生きていると胸を張って言える人なんて、きっとほんの一握りだろう。


『ああしておけばよかった』『こうしておけばよかった』と、きっと後悔する人の方が多いと思う。


かくいう私も、その多数派の一人である。


生きていると、命というものはそれはそれはあたりまえのようにあるものだと思っていて。


いざ、それがなくなるんだと思い知らされた時に、ようやくその大切さに気付く。


人間なんて、愚かなものだ。


「明日明日!明日やろうそれ!」なんて、明日があたりまえに来るもんなんだと、今日という日に胡坐をかいてしまっているのだから。


私は、海賊だ。


いつ、この命の灯が消えようともしれないこの現状で、私はそれでもぬくぬくと「明日明日」精神を貫いていた。


ハルタ隊長に任されて(押し付けられて)いた書類も明日。


ジョズ隊長からもらったプリンを食べようとしているのも明日。(だってもったいない)


もちろん、ダイエットも明日からだ。


こんなことで、私は本当にいいのだろうか。


『あなた、明日死にますよ』


本当に今、もしそんなことを言われたら。


私は、後悔するであろうことがあまりにも多い気がするのです。


「おれはねェぞ、後悔なんか。」

「…………………。」


今まで私の熱弁を黙って聞いていたエース隊長が、チャーハンをもぐもぐしながらようやくそう口を挟んだ。


「えっ、エース隊長は『明日死にますよ』って言われて後悔するようなことないんですか?」

「あァ、ねェ。」

「な、なぜ?」

「なぜって…」


ハムスターのように頬を膨らませながらも、なぜか目だけは真剣で、そのギャップにうっかりときめきそうになる。


「おれは、人生にくいは残さねェ。」

「…………………。」

「今までずっと、そう心に誓って生きてきたからだ。」


唯一あるとすれば、オヤジが海賊王になるとこを見られないことだな。


そう付け足して、エース隊長は咀嚼していたチャーハンをゴクンと喉に通した。


「…エース隊長、」

「げっほごっほ、…おう。」

「私、初めてエース隊長のことを尊敬しました。」

「そうだろう。あの量の飯を丸呑みできるのは、この船でもおれくらいなもんだろう。」

「…私、やります!」

「無理だぞ。おまえがやったら死ぬ。」


偉そうにゆっくりと首を横に振ったエース隊長を置き去りに、私はスクリと立ち上がった。


「私、まっ、マルコ隊長にこここっ、…告白してきます!!」

「っていうかおまえ、おれを尊敬したのが初めてって失敬じゃねェか、…ってあれ?***ー?」


こうして、一向に噛み合わなかったエース隊長とのコミュニケーションにケリをつけて、私は目的地へとダッシュした。


―…‥


スーハ―スーハースーパー…


全力疾走した荒い息を整えながら、私は甲板にいるマルコ隊長の背後に忍び寄ることに成功した。


いいいいいっ、いざ!尋常に!


ばくばくばくと激しい鼓動を携えながら、その大きな逞しい背中に声を掛けた。


「マママママッ、…マルコ隊長…!!」


思いの外大きかった私のその呼びかけに、マルコ隊長はギョッとして振り向いた。


「あァ、なんだ。***かよい。どうしたい、そんなに鼻の穴膨らませて。」


私のカオを見るや否や、ふんわりと優しげな表情になるマルコ隊長。


ううっ、カッ、カッコいい…!!


この笑顔を一人占めできたら、どんなに幸せか。


ずっとずっと、そう心の中で思ってきた。


でも、マルコ隊長は遠い遠い雲の上の存在。


私のことなんて、妹くらいにしか思っていない。


それでも十分幸せなんだと、そう言い聞かせてきた。


でも、でも、やっぱり、私は、


『おれは、人生にくいは残さねェ。』


マルコ隊長に想いを告げていればよかった、なんて、


そんな後悔は、ぜったいにしたくない。


「***?どうした?なんかあったか?」


まんじりとも動かなくなった私に、マルコ隊長は心配そうにそう声を掛けてくれる。


好きです、好きです、マルコ隊長。


私は、あなたのことが、


「だっ、……………大好きです!!」


勢いのままやっとの思いでそう告げると、マルコ隊長は目をまんまるくしながら、小さく「は?」と言った。


「ずっとずっと、好きでした!!」

「…………………。」

「私とっ…!!こいっ、…恋人同士になってください!!」


ずいっと手を差し出しながら頭を大きく下げると、甲板中から喝采が上がった。


「おおっ!!ついに***がマルコに告白したぞ!!」

「やったな***ちゃん!!よく言った!!」

「偉いぞ***!!」

「よっ!!この身の程知らず!!」


ぎゃいぎゃいと囃し立てるみんなの声も、今はどこか遠くに聞こえた。


言った、言った…!!


ついに、私…


言ったんだ…!!


自分の勇気ある行動に、一人じーんとしていると、おもむろに私の手が何かに掴まれた。


そしてそのまま、ぐいっと身体ごとどこかへ引っ張られていく。


私の手を引いていたのは、まぎれもなくマルコ隊長だった。


「なんだよマルコ隊長!!ここで返事してくれよう!!」

「そうだそうだ!!おれたちずっと***ちゃんの恋路を応援してきてたんだぞ!!」

「どうなんだよマルコ隊長!!当然OKだよなァ!?」

「そりゃそうだろ!?おれたちのかわいい妹なんだからよ!!」


四方八方から飛んでくるそんな声に、マルコ隊長はついに痺れを切らして怒鳴り散らした。


「おめェらうるせェよい!!さっさと仕事戻らねェとオヤジに言いつけるぞ!!」

「なんだよマルコ隊長!!ずっりィの!!」

「そうだそうだ!!このいけず!!」

「***ちゃん泣かせたりしたら承知しねェからな!!」

「ぐっ…!」


いつも以上に団結しているクルーたちに、マルコ隊長はめずらしく言葉を詰まらせながらも、その足取りは船内へと向かっていた。


「***ー!よく頑張ったねー!」

「…!!ハルタ隊長…!!」


その道すがら、我が隊の隊長様々・ハルタ隊長がニコニコしながら甲板の縁に座って足をプラプラさせていた。


ハルタ隊長…!やっぱりあなたは腐っても隊長だったんですね…!


一隊員である私の頑張りにねぎらいの言葉を掛けようとして下さっているなんて…!


「フラれ終わったら、ぼくが預けた書類さっさと片付けてねー!」

「ぎゃふん!」


そんなこんなで、私はみんなに生暖かい目で見送られながら、騒然としている甲板をマルコ隊長と一緒にあとにした。


―…‥


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