窓ぎわから、愛を込めて
窓ぎわの、左ななめ後ろの席に座るペンギンくんは、現在片想い中だ。
そのお相手は、
「ペンギーン!」
ガラリと教室のドアを開けて、元気よくペンギンくんに声を掛けてきたのは、
「シャチ…」
「今日放課後空いてるか?アイツが新しく出来たクレープ屋行きたいって言ってたんだけど、一緒に行かねェか?」
シャチくんのいう『アイツ』というのは、シャチくんの恋人のことだ。
笑ったカオにえくぼができる、とても愛嬌のある女の子。
大人っぽい、というよりは、かわいらしい。
シャチくんは、そんな彼女にメロメロなのだ。
そして、
……………ペンギンくんも。
「いや、おれは遠慮しておく。二人のジャマしちゃ悪いからな。」
「なっ、なに言ってんだよバカ!アイツもおまえと一緒行きたいって、」
「ははっ、そうか。ありがたいが、今日は用があるんだ。」
「なんだよ、そうなのか。」
そう言って、シャチくんは残念そうなカオをした。
「悪いな、また誘ってくれ。」
「おう!じゃあまたな!」
そう爽やかに笑って、シャチくんは教室を去っていった。
しばらくすると、窓から見えるシャチくんとあの子の姿。
仲良く繋がれた、二人の手。
ペンギンくんは、窓越しにその二人の様子を見つめている。
私の知るかぎり、かれこれ1年越しの一途な片想い。
だけど、ペンギンくんは決してその想いを伝えない。
友だち想いのペンギンくんは、これから先もきっと、その子を想いながらも二人を応援するんだろう。
どんなに、どんなに大好きで、
どんなに、どんなに苦しくても。
ペンギンくんの、その届くことのない想いは、どこに行くんだろう。
そして、
そんなペンギンくんに恋をしてしまった私の想いも、
どこに消えていってしまうんだろう。
―…‥
…………………あ、
ある日の放課後、教室に戻るとペンギンくんがぽつんと一人でいた。
今日もペンギンくんは、窓を見つめている。
きっと、その視線の先には、中庭で友だちとおしゃべりするあの子がいるんだろう。
「…………………。」
私は、そんなペンギンくんの時間をジャマしないように、なるべく音を立てずに自分の席へ向かった。
カタンと椅子を引いて、帰る準備を始める。
ペンギンくんは、まだ窓を見つめたまま。
いつだったか、ペンギンくんと交わした会話が脳裏に蘇る。
『ペンギンくんって、いつも窓のほう見てるね。なにかあるの?』
『…………………。』
『……………あ、ご、ごめんね。言いたくなかったらいいんだけど。……………じ、じゃあ、』
『好きな子。』
『え?』
『…………………好きな子、見てるんだ。』
ペンギンくんのその視線の先には、
向かいの校舎にある教室で、友だちとおしゃべりしているあの子がいた。
その子がペンギンくんの友だちであるシャチくんの恋人だというのは、結構有名な話。
ペンギンくんの失恋を知ったとき、
同時に、私も失恋してしまった。
あの子の瞳に、
ペンギンくんは写らない。
そして、
ペンギンくんの瞳に、
私は、写らない。
「……………じゃあね。」
小さくそう呟くように言って、私はバッグを持った。
教室を出ようと、歩き出したその時、
「……………なァ、」
その呼び掛けに弾かれたように振り返ると、ペンギンくんが窓の方ではなく、私を見ていた。
「な、なに?」
「……………前におれと話したこと、覚えてるか?」
「え?」
ペンギンくんとの会話。
おそらく、さっき脳裏に蘇ったあの会話のことだろう。
ペンギンくんとはあまり話をしたことがないから、容易に思い出すことができた。
「う、うん、覚えてるよ…」
「……………そうか。」
そう言うと、ペンギンくんはゆっくりと席を立つ。
「ここに座ってみてくれないか?」
「へ?……………な、なんで、」
「いいから。」
「…………………。」
私は、言われるがままペンギンくんの席まで行くと、おずおずとその椅子に腰を落とした。
代わりに、ペンギンくんは私の席に座る。
「なにが見える?」
「え?」
「あっち。」
そう言ってペンギンくんが示したのは、窓。
な、なにって…
「な、……………中庭が見えるよ。」
中庭にいる、
あなたが片想いしている、あの子が。
「いや、ちがう。」
「へ?」
「そうじゃなくて、もっと手前。」
「……………は?」
も、もっと手前?
なに?どういうこと?
ペンギンくんの真意がわからず困惑していると、ペンギンくんが頬杖をつきながら意地悪そうに笑う。
初めて見るその表情に、思わずトクンと胸が高鳴ってしまった。
「焦点をずらして。」
「し、焦点をずらす…」
私は、再び窓に視線を戻した。
中庭じゃなくて、もっと手前…
焦点をずらす…
言われたとおりに挑戦してみるが、いまいちよく分からない。
さっきまでオレンジだった空は、いつのまにか薄暗くなっていた。
「ペ、ペンギンくん、あの、」
ふと、窓に写るペンギンくんに目をやった。
窓越しに写る、私の席に座ったペンギンくんを。
…………………あ、あれ?
こ、この席って、なんか、
なんか…
「…!!」
『そうじゃなくて、もっと手前。』
『焦点をずらして。』
『……………好きな子、見てるんだ。』
その都合のいい解釈に、ドクドクと鼓動が速まっていく。
ち、ちょっとまって、
ペンギンくんが見てたのって、まさか、
いや、そんなまさか、
そんなわけ、
「……………やっぱり、横顔よりも正面の方がかわいいな。」
「っ、」
その、低く囁くように放たれた甘い言葉と一緒に、耳元に伸びてくる綺麗な手。
「なァ、***…」
「ペ、ペンギンく、」
「……………一緒にクレープでも食いに行こうか。」
細められたその瞳には、
間違いなく私が写っていて。
うれしすぎて、しあわせすぎて、
私は、子どものように声を上げて泣いてしまった。
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