時には思うがまま、わがままを

会社を出ると、街の灯りに目が眩んだ。


時計の針は、もう午前1時を回っている。


シャンクスは目頭を抑えながら駐車場へ向かった。


車に乗り込むと、大きく息をはく。


携帯電話を取り出して、発信履歴にある愛しい恋人の名前を見つめた。


……………寝てるだろうか。


少しだけ迷いながらも、発信ボタンを押した。


何回目かのコール音の後、柔らかい声が鼓膜を刺激する。


『…もしもし?』

「あァ、おれだ、……………悪い、寝てたか?」

『…ううん、起きてたよ、……………今仕事帰り?』

「あァ、今駐車場だ。」

『そっか、忙しいんだね…身体平気?』

「……………なァ、***。」

『…ん?』

「………今から家に行っていいか?」


ここ何週間か、もう電話のやり取りしかしていない。


もう、限界だ。


会いたい。


とにかくもう、***が足りない。


『あ……………でも…』

「…………………。」


こんな時間だ。


ためらうのも分かる。


***も明日は仕事のはずだ。


「いや、悪い。いいんだ、……………ゆっくり休めよ。」

『……………うん、ごめんね……………おやすみなさい。』

「あァ、おやすみ…」


数秒後、ツーツーと無機質な音が耳に響いた。


終話ボタンを押して携帯電話を助手席に投げ出した。


すれ違っている、完全に。


社長に就任してからというもの、以前にも増して会う時間が減ってしまった。


不安にさせないよう小まめに連絡は取っているが、限界があるだろう。


***の気持ちが、離れている気がする。


シャンクスはハンドルに頭を凭れると、また大きく息をはいた。


離したくない、絶対に。


***以外の女は、もう無理だ。


それほどまでに、深く溺れてしまっている。


「情けねェな、おれ…」


シャンクスは勢いよくエンジンをかけると、自宅への道のりを走っていった。


―…‥


「社長、もう一社行くぞ。」

「あァ、わかってる。」


副社長のベンベックマンに促されて、シャンクスは後部座席に乗り込んだ。


「もううんざりだな、挨拶回りは。」

「まァそう言うな。それがアンタの仕事だ。」


社長就任の挨拶回りで外に出ていた。


これだけの大企業になると、その数は計り知れない。


シャンクスが、慣れないネクタイを緩めながら窓の外に目を向けた時だった。


……………あれは…


「おいっ!車止めてくれっ…!……………止めろっ!!」


シャンクスのその切羽詰まった声に、運転手が慌ててブレーキを踏む。


「どうしたんだ、社長……………おいっ!!」


シャンクスはベンの制止をよそに、慌てて車を降りると、今来た道を走って戻った。


……………見間違いであってほしい。


その願いは、目の前の光景によって儚く打ち砕かれた。


そこには、愛してやまない恋人の姿。


そのとなりには…


見知らぬ男がいる。


二人は仲睦まじく微笑み合いながら、一軒家の玄関先へ向かっていった。


男の手にはスーパーの袋が握られている。


胸の中が、黒く塗り潰されていった。


見慣れたはずの***の笑ったカオが、なんだか知らない女のものに見えた。


シャンクスは大股で二人に歩み寄ると、力一杯***の腕を引き寄せる。


「っ、いたっ…!!」

「なっ!!あなたいきなり何するんですか!!」


自分に食って掛かってきた男を一睨みすると、男は蒼いカオをして口をつぐんだ。


「……………えっ!?シャ、シャンクス!?どうしてここにっ!!」

「それはこっちのセリフだ、…………………***、何してる。」


掴んだ腕に力を込めると、その痛みに***がカオを歪める。


「やっ…!シャンクス痛い、」

「答えろよ。」


乱暴にその身体を揺さぶると、***は怯えた目をしていた。


「浮気とはいい度胸だな、***……………いつからだ。」

「シャ、シャンクスっ…!お願い!話を聞い、」

「あァ、それともこっちが本命か……………何回抱かれたんだよ。」


そう吐き捨てるように言うと、***は言葉を失って傷付いたカオをする。


そんなカオしてもダメだ。


許さない、絶対に。


今すぐ、壊れるくらいに抱かないと気が済まない。


「来い。」


***の腕を乱暴に引き寄せた。


「おい、それぐらいにしておけ。」


いつの間にか後ろでことの顛末を見届けていたベンが、呆れたように言う。


「***の話をちゃんと聞いてやったのか。」

「黙れ、聞かなくても分かる。」


ベンを無視して、その横を通り過ぎようとした時だった。


「初心者歓迎、愛のABCクッキング教室。」

「………………は?」


ベンの頭がおかしくなった。


そう思ってベンに訝しげな視線を投げると、ベンはあごで何かを指した。


その先に視線を移すと、かわいらしく彩られた看板に、まさにそのなんちゃらクッキング教室の文字。


………………………。


……………ま、まさか…


「あ、あのー…」


先程睨みを効かせた男が、申し訳なさそうにそう声を掛ける。


「ぼく、ここのクッキング教室の先生をやってまして…それで***さんはうちの生徒さんで、買い出しに付き合ってもらってたんです…」

「…………………。」


…………………え。


―…‥


「すまん。」

「…………………。」


***の部屋の中。


シャンクスは正座で***に詫びた。


結局あの後、クッキング教室の先生だという男には二人で平謝り。


ベンには「***の説教で頭を冷やせ。」と強制退社させられた。


「***、あ、あの…」

「…………………。」


***はそっぽを向いて、シャンクスをことごとく無視している。


……………これは、マズイ。


***は滅多に怒らない。


今までも、自由に生きてきた自分に文句も言わず付き合ってくれた。


その***が、怒っている。


いつもの威厳はどこへやら、シャンクスは冷や汗をダラダラとかいて***の機嫌を直す術を必死で考えていた。


「……………そんなに信用ないの?」

「…っ!!いやっ!!そんなことねェ!!だんじて!!」

「でも全然話も聞こうとしてくれなかった。」

「そ、それは…」


30分前の自分を殴ってやりたい。


シャンクスは深く項垂れた。


「……………我慢してたんだよ?」

「え?」

「シャンクスが社長になってから、会う時間ますます減って、」

「…………………。」

「だけど、じゃまになりたくないから、……………どんなに会いたくても、我慢してた。」

「…***…」

「なのに、」


ぼろっと、***の瞳から大粒の涙が溢れ落ちる。


「浮気ってっ…!あっちが本命ってっ…!何回抱かれたなんてっ…!」


しゃくりあげながら泣く***に、シャンクスはたまらず手を伸ばした。


「***、ほんとに悪かった……………おれも不安だったんだ、***の気持ちが、もうおれにはないんじゃないかって思っちまって…」

「そんなわけっ、ないじゃんっ…!!」

「あァ、そうだな……………ほんとに、悪かった。」


久しぶりの***の匂いに、胸がいっぱいになる。


「***、どうして料理教室なんて通ってるんだ?おまえあまり料理しないだろ?」

「…………………。」


答えにくそうに口ごもる***に、答えを促すように背中をそっとさすった。


「だって、シャンクスただでさえモテるのに、……………社長になったらますますモテちゃうじゃん。」

「は…?」

「私、大して美人なわけでもスタイルいいわけでもないから…せめて料理だけでもって、そう思って…」


消え入りそうな声で小さく、そう言った。


…………………あー…


……………もう、


「……………いつだった?」

「え?」

「最後にしたの。」

「え、あ、えっ!?あ、えーっと、い、1ヶ月前くらいかな……………きゃっ!!」


言い終わるより早く、シャンクスは***を抱き上げる。


「シャ、シャンクスっ!?」

「***、覚悟しろよ……………1ヶ月分愛してやる。」


時には思うがまま、わがまま


***、もう1回…


ま、またするの!?も、もう朝になっちゃうよ…!


言っただろ?1ヶ月分愛してやるって…


もっ…!もう無理…!


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