とんでった

 元の生活に戻って数日。


 ***とはクラスが離れていることもあって、あれ以来カオを合わせることはなかった。





「エースくん!」


 その柔らかい声に振り返ると、想いを寄せるあの子が、ふわふわヘアを揺らしながら小走りしてきた。


「お、おうっ。どうした?」

「あのね、今日学校終わったら、みんなでカラオケに行こうって言ってたんだけど、エースくんも行かない?」


 行かない? で、かわいらしく首を傾げたその仕草に、エースの胸が女の子みたいにときめいた。


 なっ、なんなんだ、このかわいさは……!


 目おっきいし、まつげばっさばさだし……


 なんでこんなに、唇ぷるぷるしてんだよ……


 あー、キスしてェ。


「エースくん?」

「へっ、あっ、あァ、悪ィ悪ィ! 行くよ、今日」

「本当? やったー!」


 うれしそうに笑って、エースの腕にさりげなく身体を寄せる。


 胸……! 胸当たってる……!


「じゃあ私、サッチくんとマルコくんも誘ってみるね!」

「あ、あァ!」

「じゃあ後でね!」


 かわいらしく手をグーパーしながら、愛しのあの子は去っていった。


 ……やっぱ、すっげェかわいいよなァ。あれが恋人って、かなり自慢できる。


 毎日街中連れて歩きてェなァ。


 早く告白して、あいつと毎日放課後デートとか行こう。


 放課後、デート――。


『おいしいね、エースくん!』


「……」


 その声を思い出して、エースはぶんぶんと頭を振った。


 小さくため息をつきながら、教室に戻ろうと踵を返したその時――。


「……!」


 その場にぼうぜんと立ち尽くした、***と目があった。


「お、おう……」

「……う、うん」


 深く俯きながらそう小さく答えると、***は足早に去っていく。


 そんな***の後ろ姿を見送りながら、エースは怪訝に眉を寄せた。


 なんだよ、あいつ……。べつに、そんなよそよそしくなることねェだろ。


 友だちみてェなもんなんだし。


 ……***、いつからあそこにいたんだろう。


 さっきの、見られてたかな。


 あの日、***が泣いていたのを思い出して、エースの胸はあの時と同じように痛んだ。


「……だあっ! 考えねェ考えねェ!」


 もういいじゃねェか。終わったことだ。


 今は、***のことなんて気にかけてる場合じゃねェ。今日はうまくアプローチしねェと!


 あー、楽しみだ!


 楽しみ、楽しみ……。


 ……。





 音楽の大音量と、サッチの浮かれた笑い声がうるさいことを理由に、わざとそいつの口元に耳を寄せた。


「え? なんて?」

「だーかーらー! エースくんって、***ちゃんと付き合ってるの?」


 うるうると瞳を潤ませて、眉をハの字に寄せながら、そうエースに問いかける。


「あー、いや……んなわけねェだろ?」


 エースが曖昧に笑いながらそう答えると、ほっとしたように息をついて笑った。


「やっぱりそうだよねっ。どうして***ちゃん? って思ったもんっ」

「あー……ははっ」


 なんとなく居心地が悪くなって、エースはテーブルの上のグラスを手にした。


「ね、エースくん……」


 上目遣いでエースを見上げて、内緒話のように手を口元に添えながら囁いた。


「これから、二人で抜け出さない?」

「……へ?」


 今日うち、誰もいないの。


 身体をすり寄せられながら言われたその言葉の意味が分からないほど、エースは子どもじゃない。


「ま、マジで?」

「ふふっ、マジで」


 照れたように笑いながらそう答えて、エースの手をきゅっと握る。


 お、おお……意外と大胆だな……。


「イヤ?」

「……んなわけねェだろ?」


 好きな子に誘われて、うれしくないわけがない。


 エースは手を握ったまま立ち上がると、サッチの悔しそうな非難の声をそのままにその場をあとにした。





「エースくん、家大丈夫?」

「ん? あァ、今日はジジイもいるし、大丈夫だ」

「そっか! もしよかったら、泊まってってね?」

「いいのか?」

「うんっ」


 そんな会話を繰り広げながら歩みを進めて行くと、見たことのある店構えが目につく。


「あっ、エースくん。このお店知ってる? プリンがすっごくおいしいんだよ!」


 それは、最後に***と行ったあの店だった。


「……あァ、知ってる」

「明日、一緒に食べに行こうよ!」

「……」

「? エースくん?」

「あー……悪い。プリン、あんま好きじゃねェんだ」


 なぜか、思わずそう答えてしまった。


「そうなんだ? エースくんも嫌いな食べ物あるんだね? ――あ、コンビニ寄る?」

「いや、おれはべつに……」

「……エースくん、アレ持ってる?」

「アレ?」


 そう訊き返すと、恥ずかしそうに「もう、ゴムだよお」と言った。


「あ、あァ……悪い。持ってねェ」

「じゃあ、買っていこ!」


 そう言って、弾むような足取りでコンビニへと向かう、かわいらしい後ろ姿。


 ……うーん。初めてじゃねェな、あれは。……まァ、いいけど。


 ……。


 まァいいっていうのも、おかしいか。好きな子に対して。


 ……そういえば、***は、口元触っただけでカオ真っ赤にしてたよな。


 あいつは、絶対そんな経験なさそうだ。


 ……でも、いつか、


 ***だって、そういう男――。


 そこまで考えて、エースの足がぴたっと止まる。


 ……あァ、そうか。


 なんでか、分かった。


 どうして、こんなに……


 ***のことばかり、考えてしまうのか。


 エースの耳に、コンビニから呼びかけるあの子の声は、もう届かなかった。





 相変わらず、人気のない体育倉庫の裏。


 エースは、あの日のように壁に寄りかかりながら、人を待っていた。


 すると、控えめに音を立てながら自分に近付いてくる足音。


 振り返ると、その女は深く俯きながら手にしていた封筒をエースに押し付けた。


「……また間違えてるよ、エースくん」


 ぽつり、弱々しく言ったその女の言葉に、エースはゆっくりと口を開く。


「間違えてねェよ」

「……」

「読んだろ?」

「……」

「おまえに送ったんだよ」


 そう言うと、エースは深く俯いたそのカオに手を添えて、上を向かせた。


「……***」

「っ、」

「おれ、おまえのこと」

「バカにしないでっ」


 涙目で遠慮がちにエースを睨み付けながら、***は言った。


「からかって、っ、楽しんでるんでしょっ」

「そんなんじゃねェ」

「私が、っ、バカみたいに、浮かれてたから」

「***、聞けって」

「っ、あの子と一緒に、笑ってるんでしょっ……」


 耐えきれず、ぽろぽろと涙を溢しながら途切れ途切れに言う***。


「がっ、学校でイチャイチャして、ばっ、バカみたいっ」

「……やっぱり見てたか」

「こっ、高校生のくせに、あっ、あっ、あさっ、朝帰りしてっ、いやらしいっ」

「えっ、なんでそれ知って」

「サッチくんが、っ、言いふらしてた……」

「……」


 あんにゃろ……。


「朝帰りなんてしてねェよ。なんもしないで、ちゃんと帰った」

「……べ、べつにっ、私には関係ない」

「涙止まってんじゃねェか。うれしいくせに」

「――!」


 意地悪くそう言うと、***はカオを真っ赤にして、口をぱくぱくと動かした。


「……傷付けて、悪かった」

「……」

「***が許してくれるまで、なんでもする」

「……」

「だから」


 両頬に手を添えて、おでこをくっつけた。


 涙目で見上げる***の表情に、思わず胸がきゅうっと泣く。


「おれと、付き合ってよ」

「っ、」

「二人でもっと、いろんなとこ行こう」


 もっと、いろんな***を知りたい。


 ***の、うまそうに食うカオを見ながら、


 幸せだなって。


 また、そう思いたい。


「……エ、エースくん」

「……うん」

「とっ、とりあえず一旦、はなっ、離して」


 大きな両手の中で、ますます真っ赤になっていく***のカオ。


「離したら逃げんだろ」

「にっ、逃げない逃げないっ」

「……付き合うって言ったら離す」

「い、いや、あの……ち、ちょっと考え」

「なんで考えるんだよ。ダメだ」

「だ……だって」


 本当に、悲しかったの。


 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でそう言うと、***は切なげに眉を寄せる。


 不謹慎にも、その表情がかわいくて、キスしたい衝動にかられた。


「もう離さねェから、信じてくれ」

「……」

「……***」

「……」


 ……ダメか。そりゃそうだよな。あんなひでェことしたんだから。


 でも、あきらめるつもりはねェ。


 だって、おれは、


 やっと、本物の――。


「……アイス」

「へ?」


 思わぬその単語に、おでこを離して***を見つめると、


 涙でぐしゃぐしゃにしながら、へらりと笑う***のカオ。


「うっ、うちの近くに、あっ、アイス屋さんがあって」

「……」

「そっ、そこに、今日、つ、付き合ってくれたら」

「……付き合ったら?」


 探るように***の瞳を見つめたら、ぶわりと透明の滴が溢れた。


「……信じる」


 あとからあとから涙を溢して、子どものように泣きじゃくる***が、かわいくて、かわいくて、しょうがなくて。


 手を出すのはちゃんと許してもらってからって、そう心に誓ったのに。


 我慢できなくて、思わず***の身体を力いっぱい抱きしめて。


 まぶたの上に、キスを落とした。





『***へ。


 おれは、あなたがすきです。


 おいしそうにご飯を食べるところも、高校生のくせに、食べかすをつけたままプリンを買いに行こうとするところも。


 少し触っただけで、リンゴみたいに真っ赤になるところも。


 ぜんぶ、ぜんぶだいすきです。


 今日の放課後、体育倉庫の裏で待ってます。


 来てくれるまで、ずっと。


 ずっと、ずっと、待ってます。


 エースより。』


ラブレター、とんでった


 本物の、恋のところ。


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