ラブレター、
好きな子ができた。
校内一かわいくて、先生にも生徒にも好かれているあの子。
みんな、あいつに憧れてるけど、実はあいつもおれのことが好き。
あいつと話してるときの、悔しそうな他の奴らのカオを見ると、ちょっとした優越感。
頭もいいしスポーツもできるしカオもスタイルも申し分ない。
一人に絞らない主義のおれだったけど、初めての「恋人」という相手には充分だ。
そうと決まれば、さっそく告白だ。こういうのはやっぱり男から言ってやんねェとな!
告白といえばやっぱり――。
*
滅多に人が来ない体育倉庫の裏。
壁に寄りかかりながら愛しいあの子を待っていると、駆けてくる足音が聞こえてきた。
来た……!
さ、さすがに緊張すんな……。そういえば、告白ってどうやってすんだ? したことねェからわかんね、
「エースくん……!」
その声に、エースは満面の笑みで振り返った。
――が、その笑顔は、すぐに硬直することとなる。
「あっ、あのっ、これっ……ありがとう!」
「……」
「すごくうれしい、だって、あの、わ……私も」
「……」
「私もっ、エースくんのこと、ずっと好きだったから!」
思いきった様子でそう言うと、女はカオを真っ赤にしながら笑った。
「これからよろしくね、エースくん!」
「……」
……。
……。
……だれ?
*
事の経緯を二人に話すと、フランスパンは大爆笑、パイナップルは、大きくため息をついた。
「ぎゃははははは! おまっ、下駄箱間違えるとかバカだろ!」
「うるせェ! サッチ! バカなのはおれが一番分かってる! だから笑うんじゃねェ!」
よりによって、よりによって……
違う女にラブレター送っちまうなんて……!
深く項垂れたエースに、マルコは再び深いため息をついた。
「それで? 相手はなんて?」
「……おれのこと、好きだって」
「ぎゃははははは!」
「うるせェ!」
「そりゃご愁傷様だよい」
くそ! なんてモテるんだおれ!
「早く本当のこと言うこったな」
頬杖をつきながら、マルコがあきれ気味にそう言った。
「分かってる。今日の放課後会うからちゃんと言うよ」
「ぷくくっ! 放課後デート行ってらっしゃい、エースくん!」
「このやろっ、いい加減燃やすぞ!」
「はァ……手が掛かるやつだよい」
*
「おいしいね、エースくん!」
「ん? あ、あァ」
端から見たら滑稽だろうな、この光景。
沈んでる男と浮かれた女が、同じ席でクレープ食ってんだから。
「エースくんとこのお店来られるなんて、信じられない!」
「あ、そ、そう?」
「うん! エースくん食べるの大好きでしょ? きっと連れてきたら喜んでくれるだろうなって、ずっと思ってたの!」
「……へ、へェ」
なんだそれ。ちょっと怖ェ。
うれしい、うれしいと不気味にいつまでも笑っているこの女は、***というらしい。もちろん、さっき初めて知った。
さて、この***チャンを傷付けずに、どうやって本当のことを打ち明けようか――。
うんうんと唸りながら考えていると、カオにふっと影がかかる。
「大丈夫? エースくん。なにか考え事?」
「へ、あ、いや……」
「クレープ溶けちゃうよ?」
「あ、あァ……」
そう曖昧に返すと、***は安心したように笑った。
……困った。こういう女って、思い込み激しそうだよな。
あいつと付き合ったときに嫌がらせとかされてもうぜェし……。
悶々と悩みながら、エースは一口、クレープを頬張った。
「――!」
なっ、なんだこれ!
「う、うめェ!」
「そうだよね! 生クリームがあんまりくどくなくておいしいよね!」
「あァ! なかなかこの味は出せねェな!」
衝撃的なクレープのおいしさに、エースは悩んでいたのも忘れて、***とクレープのおいしさを分かち合う。
「ここのもっと先にね、すっごいおいしいハンバーガー屋さんがあるの!」
「ほんとか! おれハンバーガーすげェ好き!」
「ほんと? よかったー! 明日行こっか?」
「おう! 行く行く!」
そう元気よく答えると、***が嬉しそうに笑った。
はっ……! しっ、しまった……つい……!
「楽しみだなァ!」
「あ、いや、あの」
「お母さんに夜ご飯いらないって言わなきゃ!」
「……」
ま、まァいいか。クレープもうめェし、ハンバーガーも気になるし……。
……明日。明日こそ、言おう。
エースは二個目のクレープに手をつけながら、強くそう心に誓った――
のだが――。
次の日。
「うんっめェ! このハンバーガーすっげェうまい!」
「お肉がボリュームあるよね!」
「なかなかこの厚さはできねェよな!」
「ここのチーズバーガーもおいしいよ!」
「それも食う!」
次の次の日。
「うんっめェ! このラーメンすっげェうまい!」
「ダシが違うよね!」
「なかなかこのコク深さ出せねェな!」
「ここのとんこつラーメンもおいしいよ!」
「それも食う!」
次の次の次の日。
「うんっめェ! このドーナッツすっげェうまい!」
「この食感たまらないよね!」
「なかなかこのふんわり感は出せねェな!」
「ここのパンケーキもおいしいよ!」
「それも食う!」
次の次の次の次以下略。
*
「なにやってんだよい、おまえは……」
「そんな目でおれを見るなマルコ。それはおれが一番思ってる」
ある日の放課後、マルコに冷たい視線を浴びせられながらエースは深く項垂れた。
……なにやってんだ? おれはほんとになにやってんだ? バカなの? おれはバカなの?
食べ物に釣られて***とデートを重ねること、五日。
日を重ねる毎に、当然のことながら言いにくさが増していき、エースはついに追い詰められてしまった。
「おまえなァ、どうすんだよ。このままずっと***ちゃんと付き合っていくつもりなのか?」
先日は茶化していたサッチも、今日は真面目な表情で眉をしかめている。
「いや、それは……」
だっておれ、他に好きな子いるし……。
「だったらさっさと言えバカ。おまえ、***ちゃんの気持ち考えろ」
「……」
サッチの言う通りだ。
おれは、自分のことしか考えねェで……。
……ちゃんと言おう。今日こそ――今日こそ、ちゃんと。
『おいしいね、エースくん!』
「……」
……***を、傷付けたくねェ。
*
「エースくん、そのパンナコッタもおいしい? 私、パンナコッタはまだ食べたことなくて」
「……」
「……エースくん?」
「ん、あ、あァ……うまいよ」
「そっか! やっぱり!」
何がそんなにうれしいのか、***はにこにこと笑いながら、自分のプリンを口にした。
おいしそうに食べるところが、どことなくルフィに似てるな。
そんなことを考えて、余計に胸が痛む。
言わなきゃ、言わなきゃ。
早く、早く――。
「あーあ、食べちゃった! うーん、やっぱり抹茶味も買ってくるね!」
そう言って、***は弾むように席を立った。
「……あ」
「? どうしたの? エースく――」
***が言い終わるより早く、エースは***のカオに手を伸ばす。
「ついてるぞ」
「え」
***の口元、左側についたプリンを指で拭うと、エースはぺろりとそれを舐めた。
「ははっ、高校生にもなって食べかすつけてんじゃねェよ」
「……」
「ったく、ほんとにルフィみて……***?」
思わずそう笑ってしまったエースをよそに、***は深く俯いた。
よくよく見ると、***のそのカオは林檎みたいに真っ赤だった。
……まずい。余計なことしちまった。
まずいまずい。
これ以上は、もう――。
「あ、あの、わ、私、えっと」
「……***」
「あっ、まっ、抹茶味、エースくんもっ」
「***」
大きめの声で言うと、***の身体がびくっと揺れる。
吐く息の勢いに任せて、思いきって言った。
「間違いなんだっ、あの手紙」
「……え?」
きょとんと、***が目をまるくする。
「だから、その」
「……」
「……下駄箱、間違えて」
「……」
「だから――」
大きく息を吸って、***をまっすぐに見つめる。
「あのラブレター、***に送ったんじゃないんだ」
「………」
「本当に……ごめんっ!」
膝に額がくっつくんじゃないかというくらいに、深く頭を下げた。
ごめん、ごめん。
……頼む。傷付かないでくれ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……そっか」
ぽつり。呟くように言った***の声が、やけに大きく耳に届く。
ゆっくりと頭を上げて***を見ると、***はいつものように笑っていた。
「やっぱり、そうだよね!」
「……」
「おかしいなとは思ってたんだ! クラスも違うし、話したこともないし」
「……」
「エースくん、モテるのに……なんで私なんだろうって」
「……」
そんな言い方、すんなよ……。
どんどん小さくなっていくその声に、胸が針で刺されたように痛む。
「ほんとに……悪かった」
「ううん、私こそごめんね! そう言われてみたら、手紙に宛名もなかったし、ちゃんと確かめるべきだったよね!」
眉を下げて笑いながら、***は自分のバッグの中を漁る。
そこから***が取り出したのは、少し大きめな手帳のようなもの。その間から、大切そうにしまわれた、封筒が出てきた。
「はい、これ! 返すね!」
「あ、あァ……」
***の手から、おずおずとそれを受け取る。
「ありがとう、エースくん」
「……」
「少しの間だったけど、楽しかった!」
「……」
「あっ、その子とうまくいったら、今までのお店行ってみてね! 女の子にも人気だから!」
「……」
「……」
「……」
「じ、じゃあ私、帰るね!」
***は慌てたようにバッグを持つと、そそくさと早足でその場をあとにした。
……よかった。やっと、終わった。
***も笑ってたし。後腐れなさそうだな。
これでやっと、本当に好きな女に告白できる。
これでよかったんだ。これで――。
店を出ようとした***の姿を遠目にみて、息が止まる。
いつも笑っていた***が、カオをぐしゃぐしゃに歪めて、泣いていた。
それを見て、胸が聞いたことのない音で鳴いた。
ラブレター、とんでった
傷付かないわけ、なかったのに。[ 7/22 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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