ラブレター、

 好きな子ができた。


 校内一かわいくて、先生にも生徒にも好かれているあの子。


 みんな、あいつに憧れてるけど、実はあいつもおれのことが好き。


 あいつと話してるときの、悔しそうな他の奴らのカオを見ると、ちょっとした優越感。


 頭もいいしスポーツもできるしカオもスタイルも申し分ない。


 一人に絞らない主義のおれだったけど、初めての「恋人」という相手には充分だ。


 そうと決まれば、さっそく告白だ。こういうのはやっぱり男から言ってやんねェとな!


 告白といえばやっぱり――。





 滅多に人が来ない体育倉庫の裏。


 壁に寄りかかりながら愛しいあの子を待っていると、駆けてくる足音が聞こえてきた。


 来た……!


 さ、さすがに緊張すんな……。そういえば、告白ってどうやってすんだ? したことねェからわかんね、


「エースくん……!」


 その声に、エースは満面の笑みで振り返った。


 ――が、その笑顔は、すぐに硬直することとなる。


「あっ、あのっ、これっ……ありがとう!」

「……」

「すごくうれしい、だって、あの、わ……私も」

「……」

「私もっ、エースくんのこと、ずっと好きだったから!」


 思いきった様子でそう言うと、女はカオを真っ赤にしながら笑った。


「これからよろしくね、エースくん!」

「……」


 ……。


 ……。


 ……だれ?





 事の経緯を二人に話すと、フランスパンは大爆笑、パイナップルは、大きくため息をついた。


「ぎゃははははは! おまっ、下駄箱間違えるとかバカだろ!」

「うるせェ! サッチ! バカなのはおれが一番分かってる! だから笑うんじゃねェ!」


 よりによって、よりによって……


 違う女にラブレター送っちまうなんて……!


 深く項垂れたエースに、マルコは再び深いため息をついた。


「それで? 相手はなんて?」

「……おれのこと、好きだって」

「ぎゃははははは!」

「うるせェ!」

「そりゃご愁傷様だよい」


 くそ! なんてモテるんだおれ!


「早く本当のこと言うこったな」


 頬杖をつきながら、マルコがあきれ気味にそう言った。


「分かってる。今日の放課後会うからちゃんと言うよ」

「ぷくくっ! 放課後デート行ってらっしゃい、エースくん!」

「このやろっ、いい加減燃やすぞ!」

「はァ……手が掛かるやつだよい」





「おいしいね、エースくん!」

「ん? あ、あァ」


 端から見たら滑稽だろうな、この光景。


 沈んでる男と浮かれた女が、同じ席でクレープ食ってんだから。


「エースくんとこのお店来られるなんて、信じられない!」

「あ、そ、そう?」

「うん! エースくん食べるの大好きでしょ? きっと連れてきたら喜んでくれるだろうなって、ずっと思ってたの!」

「……へ、へェ」


 なんだそれ。ちょっと怖ェ。


 うれしい、うれしいと不気味にいつまでも笑っているこの女は、***というらしい。もちろん、さっき初めて知った。


 さて、この***チャンを傷付けずに、どうやって本当のことを打ち明けようか――。


 うんうんと唸りながら考えていると、カオにふっと影がかかる。


「大丈夫? エースくん。なにか考え事?」

「へ、あ、いや……」

「クレープ溶けちゃうよ?」

「あ、あァ……」


 そう曖昧に返すと、***は安心したように笑った。


 ……困った。こういう女って、思い込み激しそうだよな。


 あいつと付き合ったときに嫌がらせとかされてもうぜェし……。


 悶々と悩みながら、エースは一口、クレープを頬張った。


「――!」


 なっ、なんだこれ!


「う、うめェ!」

「そうだよね! 生クリームがあんまりくどくなくておいしいよね!」

「あァ! なかなかこの味は出せねェな!」


 衝撃的なクレープのおいしさに、エースは悩んでいたのも忘れて、***とクレープのおいしさを分かち合う。


「ここのもっと先にね、すっごいおいしいハンバーガー屋さんがあるの!」

「ほんとか! おれハンバーガーすげェ好き!」

「ほんと? よかったー! 明日行こっか?」

「おう! 行く行く!」


 そう元気よく答えると、***が嬉しそうに笑った。


 はっ……! しっ、しまった……つい……!


「楽しみだなァ!」

「あ、いや、あの」

「お母さんに夜ご飯いらないって言わなきゃ!」

「……」


 ま、まァいいか。クレープもうめェし、ハンバーガーも気になるし……。


 ……明日。明日こそ、言おう。


 エースは二個目のクレープに手をつけながら、強くそう心に誓った――


 のだが――。


 次の日。


「うんっめェ! このハンバーガーすっげェうまい!」

「お肉がボリュームあるよね!」

「なかなかこの厚さはできねェよな!」

「ここのチーズバーガーもおいしいよ!」

「それも食う!」


 次の次の日。


「うんっめェ! このラーメンすっげェうまい!」

「ダシが違うよね!」

「なかなかこのコク深さ出せねェな!」

「ここのとんこつラーメンもおいしいよ!」

「それも食う!」


 次の次の次の日。


「うんっめェ! このドーナッツすっげェうまい!」

「この食感たまらないよね!」

「なかなかこのふんわり感は出せねェな!」

「ここのパンケーキもおいしいよ!」

「それも食う!」


 次の次の次の次以下略。





「なにやってんだよい、おまえは……」

「そんな目でおれを見るなマルコ。それはおれが一番思ってる」


 ある日の放課後、マルコに冷たい視線を浴びせられながらエースは深く項垂れた。


 ……なにやってんだ? おれはほんとになにやってんだ? バカなの? おれはバカなの?


 食べ物に釣られて***とデートを重ねること、五日。


 日を重ねる毎に、当然のことながら言いにくさが増していき、エースはついに追い詰められてしまった。


「おまえなァ、どうすんだよ。このままずっと***ちゃんと付き合っていくつもりなのか?」


 先日は茶化していたサッチも、今日は真面目な表情で眉をしかめている。


「いや、それは……」


 だっておれ、他に好きな子いるし……。


「だったらさっさと言えバカ。おまえ、***ちゃんの気持ち考えろ」

「……」


 サッチの言う通りだ。


 おれは、自分のことしか考えねェで……。


 ……ちゃんと言おう。今日こそ――今日こそ、ちゃんと。


『おいしいね、エースくん!』


「……」


 ……***を、傷付けたくねェ。





「エースくん、そのパンナコッタもおいしい? 私、パンナコッタはまだ食べたことなくて」

「……」

「……エースくん?」

「ん、あ、あァ……うまいよ」

「そっか! やっぱり!」


 何がそんなにうれしいのか、***はにこにこと笑いながら、自分のプリンを口にした。


 おいしそうに食べるところが、どことなくルフィに似てるな。


 そんなことを考えて、余計に胸が痛む。


 言わなきゃ、言わなきゃ。


 早く、早く――。


「あーあ、食べちゃった! うーん、やっぱり抹茶味も買ってくるね!」


 そう言って、***は弾むように席を立った。


「……あ」

「? どうしたの? エースく――」


 ***が言い終わるより早く、エースは***のカオに手を伸ばす。


「ついてるぞ」

「え」


 ***の口元、左側についたプリンを指で拭うと、エースはぺろりとそれを舐めた。


「ははっ、高校生にもなって食べかすつけてんじゃねェよ」

「……」

「ったく、ほんとにルフィみて……***?」


 思わずそう笑ってしまったエースをよそに、***は深く俯いた。


 よくよく見ると、***のそのカオは林檎みたいに真っ赤だった。


 ……まずい。余計なことしちまった。


 まずいまずい。


 これ以上は、もう――。


「あ、あの、わ、私、えっと」

「……***」

「あっ、まっ、抹茶味、エースくんもっ」

「***」


 大きめの声で言うと、***の身体がびくっと揺れる。


 吐く息の勢いに任せて、思いきって言った。


「間違いなんだっ、あの手紙」

「……え?」


 きょとんと、***が目をまるくする。


「だから、その」

「……」

「……下駄箱、間違えて」

「……」

「だから――」


 大きく息を吸って、***をまっすぐに見つめる。


「あのラブレター、***に送ったんじゃないんだ」

「………」

「本当に……ごめんっ!」


 膝に額がくっつくんじゃないかというくらいに、深く頭を下げた。


 ごめん、ごめん。


 ……頼む。傷付かないでくれ。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……そっか」


 ぽつり。呟くように言った***の声が、やけに大きく耳に届く。


 ゆっくりと頭を上げて***を見ると、***はいつものように笑っていた。


「やっぱり、そうだよね!」

「……」

「おかしいなとは思ってたんだ! クラスも違うし、話したこともないし」

「……」

「エースくん、モテるのに……なんで私なんだろうって」

「……」


 そんな言い方、すんなよ……。


 どんどん小さくなっていくその声に、胸が針で刺されたように痛む。


「ほんとに……悪かった」

「ううん、私こそごめんね! そう言われてみたら、手紙に宛名もなかったし、ちゃんと確かめるべきだったよね!」


 眉を下げて笑いながら、***は自分のバッグの中を漁る。


 そこから***が取り出したのは、少し大きめな手帳のようなもの。その間から、大切そうにしまわれた、封筒が出てきた。


「はい、これ! 返すね!」

「あ、あァ……」


 ***の手から、おずおずとそれを受け取る。


「ありがとう、エースくん」

「……」

「少しの間だったけど、楽しかった!」

「……」

「あっ、その子とうまくいったら、今までのお店行ってみてね! 女の子にも人気だから!」

「……」

「……」

「……」

「じ、じゃあ私、帰るね!」


 ***は慌てたようにバッグを持つと、そそくさと早足でその場をあとにした。


 ……よかった。やっと、終わった。


 ***も笑ってたし。後腐れなさそうだな。


 これでやっと、本当に好きな女に告白できる。


 これでよかったんだ。これで――。


 店を出ようとした***の姿を遠目にみて、息が止まる。


 いつも笑っていた***が、カオをぐしゃぐしゃに歪めて、泣いていた。


 それを見て、胸が聞いたことのない音で鳴いた。


ラブレター、とんでった


 傷付かないわけ、なかったのに。


[ 7/22 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -