泣けない女
私は、泣けない女だ。
強く生きているとか、そんな勇ましいものじゃない。
泣いてしまったとき、その場に居合わせた人を困らせることが苦手なのだ。
「うっとうしい奴」、そう思われるのが怖い。
自分のことも、あまり話さない。
決して、ミステリアスを気取っているわけではない。
私なんかの話を聞いて果たして楽しいのだろうかと、そう考えてしまう。
お気付きのとおり、私は自分にまったく自信がない。
たまに、いやいや私結構イケてるよと自分を奮い立たせることもあるが、ずるいくらいにかわいい女の子を見ると、すぐにしゅんとなってしまう。
こんな私だから、好きな人ができてもうまくアピールできない。
近付いたら気持ち悪いと思われるかもとか、そんなふうに考えてしまって、思いきりいけない。
自分なりに頑張ってみても、好きな人が綺麗な女の子と仲良さげに話しているのを見ると、これまたしゅんとなってしまう。
きっと、こうやって一人悶々としながら、私の片想いは終わっていくのだろう。
そう思っていた。
………………ほんの1分前までは。
「好きだ。」
「…………………。」
決して、人の告白タイムを覗き見しているのではない。
これは、たしかに今私の目の前にいるこの人が、私に向けて言った言葉だ。
片想いの、まさにその相手、
…………………エース隊長が。
「ずっと、好きだった。」
「…………………。」
「だからおれと……………***?」
フリーズしたままだった私に異変を感じたのか、エース隊長は私のカオを不安げに窺う。
「あ、す、すみません、あの、び、びっくりして…」
「あ、あァ、まァ、そうだよな。いきなりこんなこと…」
「は、はい、……………あ、あの、」
「返事はいつでもいいから、…って言ってもそんな待てねェけど、」
「あ、いや、あの、」
「?」
おずおずと頭を下げて、小さな声で告げた。
「こ、こんな私で良かったら…」
「へ?え、ほ、…………ほんとか?」
「は、はい…」
「…………………。」
そう言うと、エース隊長は深く俯いてしまった。
あ、あれ、なんか私変なこと言っ、
「よっしゃあああっ!!」
「ぎゃっ、」
なっ、なにっ、びっくり、
「よろしくな!***!」
「はっ、はい!」
「……………大切にする。」
「は、はい…」
うっ、わ、
細められたその瞳に、ドキドキと鼓動が速まっていく。
「あっ、おっ、おれマルコとサッチに報告してくる!相談乗ってもらってたから!」
「あ、は、はい、行ってらっしゃ、」
「マルコー!!サッチー!!」
そう叫びながら、エース隊長は光の速さで走っていった。
「…………………。」
………………………。
…………………放心。
絵で表すならこれ→( ・_・)
あれ、今日エイプリルフールだっけ。
ちがうよね、ちがうよね。
……………信じていいんだよね?
「う、そ…」
へにゃり、近場にあった椅子に崩れるように腰を落とした。
エース隊長が、
あのエース隊長が、私を…!!
『好きだ。』
それを思い出して、一人悶絶したある日の午後。
―…‥
エース隊長といわゆる恋人という関係になって、早1ヶ月。
もともとたくさん話す間柄ではなかったから、まだ話し方はぎこちないけど、少しずつ二人の距離が近付いていると実感していた。
明日はどうやら大きめの街に停泊するらしい。
エース隊長に、『二人で出掛けような!』と満面の笑みで言われて、とてもうれしくて、私も笑った。
緊張でちょっとひきつってたかもしれないと、あとで少し後悔したけど、そんなマイナスな気持ちも、初デートのわくわくとドキドキに打ち消される。
明日、何時に船出るのかな。
着いたらすぐかな。
それとも夜かな。
エース隊長に聞いてみよう。
えへへ。
浮かれた足取りでエース隊長を探していた、その時、
「久しぶりの街だね、エース!」
「あァ!すっげェ楽しみだ!このまえの停泊からずいぶん経ってたからなァ。」
かわいらしい女の子の声と、大好きな人の声が交互に聞こえてきて、私はピタリと足を止めた。
医務室のその中をそろりと覗くと、かわいいと有名なナースさんと、エース隊長の姿。
いた…!……………けど、
なんかおしゃべりしてるし、後にした方がいいかな…
そう思って引き返そうとした時、思わぬ単語が耳に届く。
「エース、***ちゃんと出掛けるんでしょ?」
突然、自分の名前が聞こえてきて、思わず足を止めてしまった。
「ん?あァ、まァ…」
「なによ、その冴えないカオ!せっかく愛しの恋人と初デートなんでしょ?」
「愛しのっておまえ…まァ、そうなんだけどよ、」
さっきまで弾むように笑っていたはずの、エース隊長の沈んだ声。
な、なんだろう、なんか…
聞いちゃいけない気が、
「なんかよくわかんねェんだよなァ。」
「なにがよ。」
「***。」
「?…どういうこと?」
そのナースさんの問い掛けに、うーん、と唸ると、こう続けた。
「なに考えてるかわかんねェ。」
「あぁ、なんとなくわかる。***ちゃんあんまり話さないもんね。」
「あァ。明日のこと話したときもあんまり笑わなかったし…」
「ええ?うれしそうじゃなかったってこと?恋人との初デートが?」
「なんかひきつってたんだよなァ。……………あーあ、」
大きく椅子に寄り掛かって、エース隊長は続けた。
「なんか、疲れる。」
溜め息と共に吐き出されたその言葉に、くらりと目眩がする。
「おまえといんのはこんなに楽なのになァ。」
「ふふっ、じゃあ私と付き合う?」
「やだよ、おまえ金掛かりそう。」
「ひっどーい!」
ゆっくりとその場から立ち去ると、楽しげに笑い合うその声が小さくなっていく。
そっか、
気付かなかったな、
疲れさせちゃってたなんて。
…………………そっか…
―…‥
「やっぱり、違うと思うんです。」
そう告げた私に、エース隊長は、は?と小さく言って目をまるくした。
「あ、いや、その、エ、エース隊長のことは、あ、憧れっていうか、」
「…………………。」
「男性としてじゃなくて、その、ひ、人として好きっていうか、」
「…………………。」
「だから、その、……………ごめんなさい…」
深く頭を下げて、小さな声で言った。
「恋人になるっていうの、忘れてもらえませんか?」
「…………………。」
その言葉に、エース隊長はしばらく俯いてから、パッとカオを上げた。
「そっか!わかった!」
眉をハの字に寄せて、エース隊長は笑う。
「仲間に戻ろう。」
「…………………。」
「悪かったな、困らせたりして…」
「い、いえ、そんな、」
「おれのことは気にすんな!大丈夫だから。」
そう言って、いつものように笑うエース隊長。
「はい、あの、……………じゃあ…」
「おう!」
元気よく答えたエース隊長に、ぺこりと頭を下げてその場を去る。
まだ、だめ。
もう少し、もう少し。
早足で自室へ向かうと、そのドアを勢いよく開けた。
中に入ると、堰を切ったように溢れだす滴。
「っ、がんばったっ、よくがんばったっ、えらい、えらい、」
呟くようにそう言って、自分で自分の頭をなでる。
これでよかった。
好きな人に、あんなカオさせていたくないもん。
これで、よかったんだよ。
…………………でも、
「っ、エースっ、たいちょお…」
一度でいいから、
エース隊長に、頭なでてほしかったな…
そんなことを思って、ぼろぼろとまた涙が溢れてしまった。
―…‥
エース隊長と別れてから、2週間が経った。
別れて、なんて言っても、恋人らしいことなんてなにもなかったけど。
エース隊長は、前と変わらず元気いっぱいだ。
案外、安心してるのかもしれないな…
ズキズキと痛む胸に、鞭を打つ。
振り切るように、食材を数えていた手を動かし始めた。
「えーっと、次は大根大根、」
どこまで数えたっけ。
「あ、そうだ。20本までいったんだ。よしっ、21、22、23、」
「***。」
「***、25、26、…」
…………………ん?***?
その声が聞こえた方にふいっと振り返ると…
「エっ、エース隊長…!!」
「…………………。」
そこには、曇ったカオをしたエース隊長が立っていた。
「ど、どうされました?なにか…?」
こ、声が裏返っちゃった…
恥ずかしい…
エース隊長はつかつかと歩いてくると、私の前で止まった。
な、なに?ま、まさか…
「やっぱりおまえが忘れられない」とか…
なんて…
未練がましく、淡い期待が胸をよぎる。
その時、
「きゃっ…!」
突然、腕を強く掴まれて、テーブルの上に倒された。
なっ、なにっ、
まったく予想だにしなかったできごとに、私は目をまるくする。
すると、
「!!」
エース隊長の端正なカオが近付いてきたかと思うと、乱暴に押し付けられる柔らかい唇。
頭が、真っ白。
「っ、やっ、エースたい、」
あわあわと動かした手は、エース隊長によってテーブルに縫い付けられた。
わっ、どっ、どうしようっ、
いよいよ舌まで入り込んできて、私の身体は硬直してしまう。
すると、
「わっ、」
おもむろに強く引かれる手首。
私の手が、なにかにぎゅっと押し付けられた。
その先には、
「わわっ、エっ、エースたいちょっ、ちょっと、」
エース隊長の、男性の部分。
びっくりしすぎて何もできずにいると、エース隊長が弱々しく口にした。
「勃ってんだろ。」
「っ、」
「***に触れて、キスだけで反応してる。」
切なげに、苦しそうに歪むその表情に、胸がきゅうっと疼く。
「おれはっ、男なんだよ…!」
「エ、エースたい、」
「男に見えねェって…なんだよそれ…」
ぽすん、と、エース隊長のカオが力なく私の首筋に埋まった。
「おまえのこと考えると、疲れる。」
「っ、」
「ドキドキしたり、わくわくしたり、イライラしたり、ヤキモキしたり………………こんなん初めてで、どうしたらいいかわかんねェ。」
……………エース隊長…
「どうしたら、おれのこと男に見える…?」
ゆっくりとカオを上げて、エース隊長は私をまっすぐに見つめた。
「好きなんだ。あきらめらんねェよ…」
「…………………。」
私は、泣けない女だ。
いつだって、それを我慢してしまう。
……………でも、
どうしても、我慢できないときがある。
それは、
「っ、エースっ、たいちょっ、」
「***…?」
「うっ、うれしいですっ、」
ぽろぽろと、止めどなく溢れてくる涙。
「ほんとはずっと、すきでしたっ、」
「……………え?」
「だいすきっ、」
「……………それは、男として?」
コクコクと、勢いよく首を縦に振る。
「…………………あーっ!!もうっ!!」
そう叫んで、ガバリと私の身体に倒れ込んだ。
「泣き顔、」
「へ?」
「泣き顔、初めて見た。」
かわいいな、そう照れながら言うエース隊長。
「もっといろんなカオ、見せてくれ。……………ただし、おれだけにな!」
太陽みたいに笑いながら、エース隊長は私の頭をぐしゃぐしゃとなでた。
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