振り向いてマイハニー!

同じクラスのポートガスくんは、とっても人気者だ。


笑うと白い歯がキラリ、お勉強はちょっと苦手みたいだけど、スポーツができて、だれにでも好かれる人懐っこい性格。


ケンカが強くてちょっと不良な感じも、女子の心をくすぐるらしい。


そんなポートガスくんには、好きな女の子がいる。


細めの身体にふわふわのロングヘア、ぱっちりとした瞳、ぽってりとした唇。


読者モデルなんかもやっているらしいその子は、ポートガスくん同様、人気者。


先日、その子がトイレでいい匂いのするリップクリームを塗りながら、『昨日はトラファルガーくんとエッチしちゃった!』と言っていたのを聞いてしまった。


続いて、『エース、ヤキモチ妬いてくれるかな?うふふっ!』だそうだ。


ポートガスくんは、どうやら小悪魔がお好みらしい。


でも、そんなポートガスくんもポートガスくんで、一歩学校を出れば柄の悪いセンパイたちと夜の街へ繰り出している。


先日、屋上でたまたま聞いてしまったポートガスくんとサッチセンパイの話によると、どうやら『年上の女はフェラがうまい』らしい。


続いて、『あいつがなかなか振り向かねェから他の女で処理するしかねェ、はぁ…』だそうだ。


なんて回りくどい二人なんだろう。


一言「好きです」と伝えれば済む話なのに。


そうナミにぼやいたら、『バカね、それが駆け引きなのよ。』と言われた。


なんておませなお二人さん。


高校生のくせに。


私にはいまいちよく分からない。


そんなことを思いながら、今日も私はメロンパンを頬張る。


―…‥


「あ。」

「お。」


ある朝、一番乗りだと信じて教室のドアを開けると、なぜかポートガスくんがいた。


「おっ、おはよう!***!」

「お、おはよう………ポ、ポートガスくん早くない?どうしたの?」


ポートガスくんはいつも遅刻ギリギリ。


ルフィくんという弟がいて、朝ご飯やらお弁当やら、なにかと忙しいらしい。


弟想いのイケメンなんて、ちょっとズルい。


「今日から日直だからな!ほらっ、あのっ、おっ、………おまえと一緒に!」


そう言って、ポートガスくんは白い歯を見せてはにかむように笑った。


日直?


あ、あれ、たしか日直は田中くんと一緒だったんだけど…


「***!外暑かったろ?ほら!」


そう言って、ポートガスくんは汗のかいたペットボトルを私へ差し出した。


「え、い、いいの?ありが、」

「あとほら、これも!」


言い終わらないうちに、手に握らされる何か。


「こ、これは…?」

「飴だ!」


にこにこと自信満々に答えるポートガスくん。


そうだね、飴だね。


両手にジュースと飴。


そんな状況に、私は首を傾げた。


ポートガスくんと私は、同じクラスと言えどさほど仲良くない。


目立つポートガスくんと、地味目な私。


まったくの対極にいるのだから、当然といえば当然。


そんな私にどうして…


考え込んだところで、ポートガスくんは思いもよらぬものを取り出した。


「それからこれ!」


どんっ、と効果音でも聞こえてきそうなそれは、とてもとても大きな、


「おっ、お弁当!?」

「おう!***の分つくってきた!」


なぜかやりきった感のポートガスくん。


いやいやいやっ…!


ジュースと飴くらいなら分かるけどっ…!

「そっ、そんなっ、もらえないよお弁当なんてっ…!」

「え?」


慌てたように突き返しながらそう言うと、ポートガスくんは少し傷ついたカオをした。


子犬のような寂しげなその瞳に、思わず胸がぎゅっと痛む。


「う、うれしくねェか?弁当…」

「ちっ、ちがうちがう…!うれしい…!すごくうれしいんだけど…!」


そう叫ぶように言うと、ポートガスくんはぱあっと輝くように笑って、よかった!と言った。


私の両手には、ジュースと飴とお弁当。


なぜ!?


なぜなの!?


「このまえサッチに聞いたんだ!女はプレゼントすると喜ぶって!」

「は、はぁ…」


いや、プレゼントの観点ずれてる。


「喜んでくれたか?」

「あ、う、うん、ありがとう。」

「そっ、そうかっ!……………あっ、あのさっ、」

「え?」


何かを言いかけたポートガスくんは、俯きながらもじもじしだした。


「こっ、こういう彼氏いたらよくねェか!?」

「へ?」

「いっ、いやっ、だって、ほらっ、毎日ジュースくれたりお菓子くれたりっ、ひっ、昼飯だってくれるんだぞ!?」

「え、あ、う、うん、ま、まぁ、そう、だね…」

「だろ!?おれだったら惚れるな!一生離れらんねェな!ほらっ、胃袋掴むとなんとかって言うし!」

「う、うん…」


なぜか必死なポートガスくん。


……………どうした!


どうしたポートガスくん!


なんかちょっと心配になってきた!


なにか悩みでもあるのか、


……………あっ、


もっ、もしかしてっ…!


「……………ポ、ポートガスくん…」

「はっ、はい!」


なぜ敬語。


私の呼び掛けにぴしっと姿勢を正したポートガスくんに、私はおずおずと言った。


「あの、よ、余計なお世話だと思うんだけど、」

「お、おう…」

「す、好きなら好きって言った方が…」

「……………は?」


ぽかん、と口を開けたポートガスくんに、私は続けてこう言った。


「だ、だからね、好きなら好きだって、ストレートに伝えた方がいいと思うよ?」

「!!」


そう言うより早く、まっかっかになるポートガスくんのカオ。


やっぱり、図星だったらしい。


ポートガスくんは、もうそろそろ小悪魔ちゃんを振り向かせたいのだろう。


女心を勉強すべく、まずだれかで試してみようと思ったところで、ちょうどよく私がいたわけだ。


なんて涙ぐましい努力!


イケメンでモテまくりのポートガスくんも、一生懸命なんだね!


でもポートガスくん、残念ながらちょっとずれてる!


「んなっ…!!しっ、知ってたのか!?」


だらだらと汗をかきながら焦りだすポートガスくん。


まさかあんなに噂になっておきながら、当の本人が気付いていないなんて。


「た、たぶん、この学校で知らないひといないと思うよ…」

「……………う、うそだろ…」


そう呟くように言って、カオを真っ赤にしながら口をその大きな手で覆った。


「じゃ、じゃあ、その、……………***も、お、おれの気持ち…」

「う、うん、知ってるよ。」

「……………そうか…」


……………かわいそうに…


自分の気持ちが筒抜けなんて、恥ずかしいよね。


言わなきゃよかったかな。


でも、これがきっかけでこの回りくどい二人がうまくいくかも…


「……………どう伝えたら、付き合ってくれる?」


私と目をあわせることなく、ぽつりと呟くようにそう言った。


「う、うーん、ほんとにストレートに、おまえが好きだ、とか…」

「それだけ言えばいいのか?」

「そ、そうだなぁ、あとは……………あ。」


そういえば、小悪魔ちゃんが以前トイレで(なぜかいつもトイレ)『男の人に後ろから抱きしめられるの好き』って言ってたような…


「う、後ろから抱きしめてみたらどうかな?」

「ええっ!?」


ポートガスくんの大きな目が、最大に開かれる。


「だっ、だっ、抱きしめていいのか!?」

「い、いや、ま、まぁ、……………た、たぶん…」


どっ、どうしよう、


ちょっと焚き付けすぎ?


いや、いいはず!


小悪魔ちゃんにはこれくらいの大胆さでちょうどいいはず!


「そっ、そうなのかっ…!!さっ、さわっていいんだな!?」

「だっ、大丈夫!自分を信じてポートガスくん!」

「***…」


ポートガスくんが、うるうるとした瞳で私を見つめる。


だ、大丈夫だよね?


ポートガスくんフラれちゃったりしないよね?


万が一、…万が一フラれちゃったら、破産覚悟で焼き肉をおごろう。


「ありがとう、***!おれ、頑張る!」

「その意気だよポートガスくん!さっ、日直やろう!」


そううまくまとまったところで、私は当初の目的を思い出した。


そうだ、私たちは日直だった。


みんなが来る前に朝の仕事を終わらせなければ。


そう思って、ポートガスくんに背を向けた、その時―…‥


ふわり、お日様と柔軟剤のいい匂いと、逞しい男の子の両腕に包まれた。


びっくりしすぎて、心臓がドクンとひとつ、大きく高鳴る。


そして、耳元で囁かれる、初めて聞く甘い言葉。


「おまえが好きだ。」


ぎゅっと、ポートガスくんの両腕に力がこもる。


「ずっと、ずっと、好きだっ、」

「すっ…!!ストップストップっ!!」

「へ?」


私の大きすぎる叫び声に、ポートガスくんは呆けた声を上げた。


「ちっ、ちっ、ちがうよポートガスくん!!」

「ち、ちがう?あ、こうだったか?」


そう言って、私の両肩に巻き付けた腕を、お腹に回す。


ちょっ、お腹出てるからだめっ…


…じゃなくて!!


「こっ、こういうのは練習なしなの!!」

「は?練習?」

「だっ、だからっ、こういうのは直接本人にっ、」

「…だから言ってんだろ?」

「…………………は、」


…………………へ?


ぽかんとまぬけなカオをした私に、ポートガスくんが言った。


「好きだ、***。」

「…………………。」

「おれと付き合ってくれ。」

「…………………。」


ち、ちょっとまって、


あ、頭がついていかな、


「よかったおれ、勇気出して…***と付き合えるなんてうそみてェ、」

「ちっ、ちょっとまってポートガスくんっ、そっ、そうなると話がちがうっ…!」

「へ?な、なんだよ、話がちがうって…」


ポートガスくんの腕の力が緩んだのを見計らって、するりと滑るようにそれから逃れた。


「ごっ、ごめんなさいっ…!まっ、まさか、ポートガスくんの好きな人が、わっ、わっ、……………私だったなんて、ゆっ、夢にも思わなくて…!」

「は?なっ、なに言ってんだよ!だって、おれの気持ち知ってるって、」

「ち、ちがうひとだと思ったの…」

「なっ…!じ、じゃあ、つ、付き合ってくれるっていうのは…」

「……………ご、ごめんなさい…」


だって、あのポートガスくんだよ!?


高嶺の花すぎて、選択肢に入るわけない!


「そ、そんな…」

「あ、あの、ほ、ほんとにごめんなさ、」

「ダメだ。」

「…へ?」


突然、ポートガスくんはそうきっぱりと言い放った。


「ダメだ!!付き合ってくれるって言った!!約束守れよ!!」

「いやっ、ちょっ、ポっ、ポートガスくん落ち着いて、」

「これが落ち着けるか!!やっと…!!」

「え?」


そこで言葉をきって、ポートガスくんはずるずるとその場にしゃがみこんでしまった。


「やっと、……………振り向いてくれたと思ったのに…」

「ポ、ポートガスく、」


ゆっくりとカオを上げて、ポートガスくんはまっすぐに私を見つめた。


その熱い視線に、ドクドクと鼓動が高鳴っていく。


「好きなんだ。どうしようもねェ。」

「…………………。」

「大切にするから、おれのもんになれよ。」

「…………………。」


私は、ポートガスくんの傍にしゃがみこむと、不恰好に包まれたそれをポートガスくんに差し出した。


「あ、あの……………今日からお弁当、一緒に食べませんか?」

「え?」

「ポートガスくんのこと、もっといろいろ教えて?その、……………お付き合い、ちゃんと考えるから…」

「!!」


振り向いてマイハニー!


ダメだ!かわいすぎる!やっぱりいますぐ付き合え!


えええええっ!?


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