すれ違いラバーズ 1/2-ラブレター、とんでった続編-
生まれて初めて、彼氏ができた。
友だち思いで、優しくて、兄弟を大切にしていて、よく食べて、よく寝て、スポーツもできて、人気者の男の子。
半年前のことだった。ひょんなことから、私と彼――エースくんは、付き合うことになった。
人気者の彼と、目立たないタイプの私。同じ高校とはいえ、ともすれば卒業まで一言も言葉を交わさないなんて可能性もあったであろう二人が恋人同士になってしまうのだから、人生というものは何が起こるか分からない。
私は、この高校に入学した時からすでに、エースくんのことを知っていた。私の通っていた中学でも彼は有名だったし、高校に入学してからも、エースくんの話題はそこらかしこで耳にした。
私は、エースくんのことが好きだった。憧れ、にも近かったんだと思う。
まっすぐで、自分の意見をはっきりと言えて、自分の思った通りに突き進んでいくエースくん。自分に自信のない私には、彼はいつもキラキラと輝いて見えた。
そんな、目立たず、控えめに生きてきた私が、どうしてエースくんのようなキラキラした男の子と付き合うことになったかというと――実は、自分でも未だによく分からない。
もちろん、きっかけはあったのだけれど、そのきっかけのどこに、エースくんが私を好きになる要素があったのかと問われれば、今だに私は首をかしげてしまう。
けれど、一緒にご飯を食べたり、デザートを食べたり、何かを食べたりしていると、エースくんはたくさん笑ってくれる。それだけで幸せだ。
私は、エースくんのおかげで、楽しいスクールライフを送れていた――
――はずだったのだが。
*
ある日の昼休み。一人廊下を歩いていると、周囲で黄色い声が上がった。
「見て見てっ! エースくんとローくんだ!」
その声につられて、その方向を見る。すると、数メートル向こう側から、エースくんと、彼の友人であるトラファルガー・ローくんが歩いてきた。
やった……! エースくんだ!
私はとっさに、物陰に隠れた。この、物陰から彼を盗み見るスタイルは、なぜか付き合ってからも変わらない。恐るべし、陰キャの習慣。
「ああ、もう……眼福……」
「単体でも破壊力すごいのに、二人って……」
「二物も三物も与えられすぎ」
「ほんと、不公平よねー」
周囲の女の子たちが、口々にそう言う。私はその一言一言に、いちいち頷いた。
ああ……今日もかっこいい……。拝んでおこう。
エースくんのいる方向に向けて合掌をしていると、エースくんとローくんに駆け寄る女の子の姿が見えた。
そして私は、その女の子に見覚えがあった。あの子は、確か――。
「あ。あの子だっけ? エースくんと朝帰りしたっていう子」
「あー、そうそう。まだエースくんのこと狙ってんだー」
「でも、あの二人ヤったんでしょ?」
「いやいや、一回ヤったくらいではさー、エースくんとは付き合えないでしょ」
「モテる男はみーんなヤリチンなのよ」
その会話を耳にしながら、私は周囲を見渡した。こんな会話、先生が聞いていたら怒られそうだ。まァ、シャンクス先生なら、喜んで会話に混ざりそうだけど。
「エースくんが、『二週間セックス我慢したらおれは死ぬ』って言ってんの、聞いたことある」
「その後ローくんが『おれは三日』って言ってたよね」
「あははっ、ヤリチンー」
「でもかっこいいから許せる」
「ねー」
そんなことを話しながら、女の子たちは女子トイレの方へと歩いていった。
……。
二週間……?
私のカオから、血の気がさあっと引いていった。
付き合って……半年たってるんですけど……。
*
平日の放課後のパンケーキ屋は、高校生や大学生の女性たちで溢れ返っていた。
けれどこのお店は、私たちが通っている高校からは、結構距離が離れている。ちらっと見渡した感じ、同じ高校の同級生はいなさそうだった。
……落ち着こう。
かわいらしいパンケーキ屋で一人、眉を険しく寄せながら、私は腕組みをした。
――ない。確かに私たちは、付き合って半年がたつけど、未だにまぶたにチュー以上のことはない。確かにない。
けれど、だからって、落ち込む必要はあるだろうか。いや、ない――とは言いきれないが、そんなに深刻に考えることも、ないのではないだろうか。
なぜなら、相手はエースくん。優しく、思いやりがあり、近しい人との付き合いを、大切にするタイプ。
エースくんの人柄を鑑みて、私は「彼女だから大切にしてくれている説」を推すことにした。
いや、うん。きっとそう。きっとそうだ。エースくんなら十分あり得る。
だから、そんなに落ち込むことは――
「腹でも壊してんのか? ***」
その声に、はっと目を開くと、エースくんが心配そうな表情で私のカオを覗いていた。
「こっ、壊してないよっ! お疲れ様!」
「ならいいけど。すっげェ険しいカオで唸ってたから何事かと」
眉をハの字にして笑いながら、エースくんは私の前の席に座った。
「待たせて悪かった。帰りがけに友だちに捕まってよ」
「私も少し前に来たばっかりだから大丈夫! ……あっ、はいこれっ。メニュー」
「おおっ、種類いっぱいあるんだな」
パンケーキのメニューに目を落としながら、エースくんは表情をキラキラとさせた。ついでによだれもキラキラとしている。かわいい。
「しょっぱいのとかもあるんだよ、エースくん」
「しょっぱいの? パンケーキなのに?」
「うん。ほらっ、ベーコンとかソーセージが乗ってたり」
「それもいいな! っていうか、写真載ってねェんだな」
メニュー表を、ぺらぺらと表裏に返しながら、エースくんはそう言った。
それを聞いた私は、待ってましたと言わんばかりに、スマートフォンを取り出した。
「写真あるよ!」
「え?」
「ほら、SNSで写真アップしてる人がたくさんいるんだ」
そう言いながら私は、世のパンケーキ好きたちがアップしてくれたこのお店のパンケーキの画像を、エースくんに見せた。
「へェ! すげェな、***! さすがっ」
エースくんに褒められて、テーブルの下で密かにガッツポーズをする。
エースくんが、私のスマートフォンを操作してパンケーキの写真を見ていると、突き刺してくるような無数の視線を感じた。
ちらりと、店内を見やる。客のみならず店員までもが、エースくんを盗み見ていた。
さ、さすがエースくん。どこにいても、視線で釘付けになっている……。
「これとかうまそうだなっ」
「えっ? あ、ああっ、ほんとだっ。ええっと、これは……"旬のフレッシュフルーツパンケーキ"だって」
「? なんで分かるんだ?」
「えっ? ほら、ここにタグが」
「へええ!」
SNSを一切やらないエースくんは、感心したようにそう頷いた。
よかったー! 昨日の夜、タグの予習をした甲斐があった!
結局、"旬のフレッシュフルーツパンケーキ"と"パンケーキとふわとろオムレツセット"を、二人で半分こしようと決めた。
パンケーキをオーダーして待っている間、エースくんが私に向かって訊ねた。
「***、今日も歩いてこの店まで来たのか?」
「えっ? うん、そうだよ!」
そう答えると、エースくんはなぜか眉間に皺を寄せた。
「歩きだと遠かっただろ。おれはチャリだからいいけど」
「あ……でも、音楽聴きながらだと、結構あっという間だよ!」
「……」
エースくんは、運ばれてきたコーラを口に含んだ。何かを考え込んでいるような、そんな素振りだ。
ストローから唇を離すと、エースくんは言った。
「せめて、高校の少し近くで待ち合わせしねェか?」
「え?」
「そうすれば、二人で一緒に歩いていけるし。学校の奴らに見つからないところ、どっかあるだろ」
「そ、そうかもしれないけど……」
そう――実は、私たちが付き合っていることは、学校では秘密にしている。私がそうしたいと、エースくんに提案した。
エースくんはとても人気者なのに、その彼女が私だと知ったら、みんながっかりしてしまうかもしれない。それに、今まで目立たずに生きてきたもんだから、エースくんと付き合うことでみんなの視線を浴びるかと思うと、正直怖かった。
私の提案を聞いて、エースくんは最初、理解できなさそうなカオをしていたが、***がそうしたいならと、最終的には了承してくれたのだ。
エースくんが、眼球を左右に彷徨わせて、言った。
「心配なんだよ。ふつうに」
「……えっ」
「夕方に、***一人で長距離歩かせるの」
「……!」
やっ……!
「優しい……!」
「はァ? ふつうだろ。んなの」
エースくんは、照れたように頬を染めて、視線を横へ流した。
「じゃ、じゃあ、これからは、高校出てすぐの、公園で待ち合わせでどうかな?」
「……公園に一人も危ねェな。その近くのコンビニは?」
「了解です!」
そう元気に返事をすると、エースくんは困ったように笑った。
やっぱり。エースくんは優しい。とても大切に思ってくれている。
"あの件"もやっぱり、「彼女だから大切にしてくれている説」で、ほぼ間違いはないだろう。
あー、よかった! これからも、エースくんに喜んでもらえるように、おいしいお店のリサーチ力を磨いておこう!
すっかり安心しきった私に、エースくんが小さなため息をついたことは、私には知る由もなかった――。
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[mokuji]
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