おとなりさんと私。1月1日

注)下記リンクの続編です。
おとなりさんと私。


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 新年あけましておめでとうございます。今年一年、何卒よろしくお願いします。


 本当にあなたに出会えて良かった。このなめらかな手触り最高。


 これからあなたに、たくさんの喜びや反省、思いを綴っていきますので、よろしくね。


 さて、本日は1月1日。そう、元日。


 それだけでももちろんおめでたいことなんだけど、私にとっては新年よりも、もっともっとお祝いしたいことがある。


 あ、あなたには紹介がまだだったね。


 あのね、私のとなりの家には、そりゃあもうスペシャルかっこいい男の子が住んでいて、そのおとなりさんはなんと、去年から私の恋










 ピンポーン。









 来た!


 私は慌てて日記帳を閉じた。買ったばかりだからか、まだ手にはなじんでおらず、引き出しにしまいこむのにも少しモタクタとしてしまった。


 兎にも角にも、なんとか引き出しの奥にそれを押し込んで、「はーい!」と返事をしながら玄関へ向かう。


 鍵を開ける前に前髪を少し直して、呼吸を整えてから、鍵を回してドアを開けた。


「あ、よォ! あけましておめでとう!」

「こんにちは! あけましておめでとうございます!」

「時間、少し早かったか?」

「大丈夫です! ちょうどです!」


 そう言うと、エースさんは真っ赤にした鼻を掻いて「なら良かった」と笑った。かわいい。かわいすぎる。


「出かけてたんですか? カオが真っ赤」

「あァ、酒とか飲み物買ってきた」

「えっ、わざわざありがとうございます!」

「食いモンは***が作ってくれるって言ってたから、買ってきてねェけど」

「大丈夫です! たっくさん作りました!」

「おおっ! なんかもういい匂いする!」


 靴を脱いで部屋に上がりながら、エースさんは鼻をヒクヒクさせてヨダレを垂らした。かわいい。どうしようかわいい。


 にやつきそうになるのをこらえながら、私はエースさんをいつもの席に誘導した。昨年の誕生日パーティー以降、ここはエースさんの席になった。専用のクッションもある。


「おれ手伝わなくていいか?」

「大丈夫です! もうお皿に盛り付けるだけなんで」


 その言葉の通り、私は作り終えていたお料理を、タッパーからお皿に移し替えていった。


 どうかな。エースさんの口に合うかな。新しいメニューもあるから、少し緊張するな。


 お皿をテーブルに並べていくと、エースさんの目は宝石みたいにキラキラした。ついでにヨダレもキラキラしてた。


「ほんとにたくさん作ってくれたんだな。大変だっただろ、一人で」

「あ、い、いえ! あれもいいかこれもいいかとか試しに作ってたら、いつのまにかこんなになっちゃって」

「……」

「ぜ、全部食べられるかなって、今さら心配になってます、あはは」


 冷や汗を拭いながらそう言えば、エースさんは私の目を見て、やさしくほほえんだ。


「大丈夫だ。おれが全部食う。***が作ってくれたんだから」


 そう言ってうれしそうにゆるむ頬が、とてもくすぐったい。


 未だに信じられないが、この目の前のステキな男性は、私のことが好きなのだ。


「なっ、なら良かった! です! あっ、食べきれなかったら、持って帰ってもらってもいいですし!」

「いや、多分一瞬でなくなるから大丈夫だ」

「え」


 エースさんの胃の許容量に驚愕しながらも、私はグラスを持って定位置についた。


「で、では」

「おう」

「……あ、あの」

「?」

「はっ、ハッピーバースデー! エースさん!」


 思いきって声高らかに叫ぶと、エースさんのグラスに私のグラスを無理やり合わせた。


 はっ、恥ずかしい……! 声も裏返ったし。やっぱりあれだ。やめておけばよかった。


 エースさんが、ぽかん、としたので、居たたまれなくなって、私は思いきりグラスの中のシャンパンを煽った。


 すると、エースさんは照れくさそうにこめかみのあたりを掻いて、「ありがとう」と笑った。


 ……やっぱり、言ってよかった。かも。


 二人でへらへらと笑いながら、さっそく料理に手をつけていく。


 そう。今日はエースさんのお誕生日。


 昨年は1月1日が終わってからそれを知ったので、すっかり過ぎ去ってからのパーティーになってしまったけれど。今年はどうしても、当日にお祝いをしたかった。


 だけど、それを伝えたところ、エースさんはやはり人気者のようで、すでに当日の予定は朝から晩まで埋まってしまっていた。エースさんはそれを、本当に申し訳なさそうに私に詫びた。


 ダメ元で頼んでみたのですぐにあきらめはついたのだが、その翌日、エースさんは「当日空けたから一緒にいよう」と言ってくれた。


 申し訳ない、と思う反面、私を優先してくれたことが、とてもうれしかった。


 だから今日、私はなんとしてでもエースさんに楽しんで頂かなくてはならない。そのことに、全力を注がなくてはならないのだ!


 一人闘志を燃やしていると、エースさんから「うめェ、うめェ」と声がした。


「お、おいしいですかっ?」

「ああ! ***のメシが不味かったことなんてねェけど、今日は特別うめェ! あっ、これはなんだ? 初めてだよな?」


 ハムスターのように頬を膨らませて、エースさんはあるお皿を指差した。


「あっ、これはキッシュです! ほうれん草の!」

「きっしゅ? きっしゅっていうのか!」

「はっ、はい! お口に合いましたか?」

「これ、すっげェうめェ!」


 その言葉を表現するかのように、キッシュのお皿はほぼ空に近かった。他の料理も、半分近くがなくなっている。あ、あれ。足りなかったかな。5、6人前くらいあったんだけど。


 何はともあれ、私はほっと息をついた。すべてお口に合ったらしい。私は例のノートを取り出した。


「? 何書いてるんだ?」

「あっ、こっ、これは、あの、昨年も見せた"おとなりさんリアクションランキング"ノートです」


 まァ、去年は「見せた」っていうより、「見られた」って感じだったんだけど。


 表紙と中身を見せると、エースさんは「ああ! それか!」と目を丸くした。


「まだつけててくれたのか、それ」

「もちろんです! おかげさまで、今日の献立を立てる時にも大活躍でした」

「……」

「ええっと、キッシュは……そうだな」


 ハンバーグほどではなかったけど、カルボナーラよりは反応良かったかも。


 4位……いや、5位くらいかな。うん。


 おとなりさんリアクションランキングノートを更新していると、ふと、ノートに影がかかった。


 何事かとカオを上げれば、エースさんのカオがすぐ近くにあって、そのまま、チュッ、とキスをされた。


「……」

「……」

「わ、悪ィ」

「……」

「なんか、……かわいくて」

「いっ、いえいえっ! そんなっ! こちらこそありがとうございます! あはっ、あはははははっ」


 ほんのりカオを赤らめたまま、エースさんは再びご飯を食べ始めた。私はというと、不審な笑いをもらしながら、ノートに字を書きなぐった。手が震えて字が汚すぎる。全然読めない。もう後にしよう。


 ノートを本棚にしまって、私も食事を再開した。唐揚げをつまみながら、目の前のエースさんを盗み見る。カッコいい。カッコ良すぎ。


 付き合って、ほぼ一年。未だにこの人が私の彼氏だとか、信じられない。ましてや、一年間私に片想い(正確には両想いだったけど)してくれていたなんて。


 モデルさんや女優さんにも好意を持たれるような人が、なぜ私なのか。胃袋を掴むとなんちゃらって言うけど、あながち間違いではないのかもしれない。


 もっと料理の腕を磨かねば!


 盗み見ていた視線に気が付いたのか、エースさんは私を見た。「? なんだ?」と訊かれたので、私はかねてより気になっていたことを口にした。


「そういえば、あの、お友だち、大丈夫でしたか?」

「友だち?」

「あ、ほ、ほらっ、今日の先約はお友だちの方だったのに、その、私を優先してくれたので」

「ああ」


 そんなことか、というようなカオだった。エースさん本人はあまり気にしていないようだ。


「アイツら、あんまそういうの、気にしねェから」

「そ、そうなんですか?」

「あァ。それに、先月前もって祝ってもらったりもしたし、全然構わねェよ」

「な、なら良かったです」


 たしかに、先月のエースさん宅はすごかった。


 入れ替わり立ち替わり誰かが訪ねて来ていて、朝から晩までどんちゃん騒ぎ。その次の日は、決まってエースさんからお詫びの連絡が入っていた。「うるさくしてごめん」と。


 ほとんどが男性の声だったが、中には女性の声もあったりして。


 "エースチューしよー"とか"ホテル行こー"とか"好きー"とか"あーん"とか"ほーん"とか。


 べ、別に壁に耳とかつけてないけど。なんかそういうようなことも聞こえてきたりして。


 ヤキモキして眠れない夜も、実はあったりしたんだけど。


 チラリ、エースさんを見る。エースさんは、幸せそうにエビピラフを頬張っていた。


 ああ、幸せ。私、幸せ者すぎる。


 単純なもので、エースさん本人を目の前にすると、そんなことはどうでもよくなる。


 そう。今日は余計なことを考えるでない! エースさんに楽しんで頂くことのみ考えるのだ!


 決意を新たに拳を握っていると、エースさんが咳払いをして「あ、あのさ」と言った。


「はいっ?」

「あ、あー……あの」

「?」


 エースさんにしてはめずらしく、歯切れが悪い。何か言いにくいことなのかもしれない。


 まっ、まさかっ……別れ話っ?


 私は正座をして、エースさんに向き合った。


「あ、あの、その」

「はっ、はいっ」

「……た」

「た?」

「た、……誕生日プレゼント。なんだけど」

「あ、ああ! はい!」


 なんだ! 別れ話じゃなかった! よかったー!


「今日リクエストしたらくれるって、い、言ったよな?」

「あ、はい! もちろん! でも、そんなすぐに用意できる物なんですか? どこに売ってるんですか?」

「あー、いや。物じゃないから、買いに行くわけじゃなくて」
 
「へ?」


 ほうけた私の前で、エースさんは姿勢を正した。脂汗を垂らして、首から耳までが真っ赤だ。


「お、おれたち、付き合って1年経つし」

「は、はい」

「だから、その……おれたち、そろそろ」


 ピンポーン。


 エースさんの言葉を遮るようにして、玄関のチャイムが鳴った。


 しかし、鳴ったのは我が家のチャイムではない。


「い、今の……エースさんちのチャイムじゃないですか?」


 ピンポーン、ピンポーン。


 チャイムと一緒に、なにやらガヤガヤと複数の声がする。どうやら、エースさんの友だちが訪ねて来たらしい。


「や、やっぱり! エースさん、お友だちが来たんですよ! 早く行っ」


 なぜか私が立ち上がろうとしてしまって、それをエースさんが止めた。腕をぐいんと引かれたので、私はまたその場に座った。


「いい」

「えっ、いいんですかっ?」

「そのうちあきらめて帰る」

「で、でも、せっかく来てくれたのに」

「いいんだ。今日は***と過ごすって決めてる」

「エ、エースさん……」

「クリスマスも、忙しくて会えなかったし」

「そ、そんなこと」


 クリスマス会えなかったこと、気にしてくれてたんだ。


 一人感激していると、エースさんは改めて咳払いをして仕切り直した。


「だ、だから、その、……おれたち、付き合って1年になるし、もうそろそろ、その……」


『エースー!』

『いるんだろ、エースー!』

『ねェ、開けてよォ! エースー!』

『アイツ、寝てんじゃねェのか?』

『ええ? でもさっき電話したら出たわよ?』

『誕生日会しようぜー! なァ、エースー!』

『その後私たちとホテル行きましょー!』

『いいな、それ。おれも混ぜて』


 突然、エースさんはすくっと立ち上がった。「悪ィ。ちょっとだけ待ってて」と言い残して、ダッシュで玄関を出た。


『おまえらうるせェぞ! 近所迷惑だ!』

『おおっ! エースいるじゃねェか! って、なんでとなりから?』

『エースー! お誕生日おめでとう! チューしてあげる! チュー!』

『だあっ! 抱きつくなっ! マルコに今日は行くなって言われなかったかっ?』

『言われたー! でも来ちゃった!』

『来ちゃったじゃねェよ! あのなっ、おれは今日っ』

『エース! ハッピーバースデー!』

『お誕生日おめでとう! エース!』


 エースさんの怒号が聞こえなくなったので、私はソロソロと玄関へ近付いた。


 覗き窓から外を覗くと、たくさんのお友だちに囲まれたエースさんの笑顔が見えた。


 なんだかんだ言って、やっぱりうれしかったようだ。


 エースさんの笑顔が見られるのは、私だってうれしい。うれしい、けど。


 なんだかちょっと。ほんとにちょっとだけ、フクザツだ。


「いかん! いじけている場合ではない!」


 気を持ち直して、私は料理を一旦タッパーに詰めることにした。なんかエースさん、話あるっぽかったし。


 料理をタッパーに詰めながら、ふと考える。


 エースさんは、「今日は一日***といる」って言ってくれたけど。


 ほんとにいいのかな。夜くらい、お友だちに譲った方がいい気が。それに、ご家族だってお祝いしたいだろうし。


 ううん……。


 最後の料理を詰め終えたところで、ようやくエースさんが戻ってきた。もみくちゃにされたのか、元々天パーの髪がさらに乱れていた。


「ったく、アイツら。急に来て騒いで……悪いな、***。騒がせて……って、あれ? 食い物もう片付けちまうのか?」


 キレイになったテーブルを見て、エースさんが目を点にした。


「あっ、いえっ、一旦片付けて、ケーキ持ってこようと思って!」

「ケーキ? ケーキも用意してくれたのかっ?」

「はい! 今年はチョコレートケーキ作ってみました!」

「***、チョコレートケーキも作れるのか! すげェな!」

「あ、ははっ、ちょっと、自信はないんですけど……」


 片付いたテーブルの上に、ケーキの入った箱を置いた。


 中からホールのチョコレートケーキを取り出すと、エースさんは感動したように目を輝かせた。


「すげェ! うまそう! ***、すげェな!」

「あ、味は、もしかしたら期待外れかも」

「絶対そんなことねェ! 絶対うまい!」


 取り分けようとして、「どれくらい食べられますか?」と訊いたら、「とりあえず半分!」と元気に返ってきた。


 改めて手を合わせて、いただきます、と言うと、エースさんは大きな口でケーキを頬張った。


「うめェ! やっぱりうめェ!」

「ほっ、ほんとですか! 良かった! 実は今日の料理で、ケーキが一番自信なくて」

「そうなのか? 今まで食ったチョコレートケーキの中で、一番おいしいぞ!」

「! な、なら良かった!」


 ケーキの前にご飯を食べていることを忘れるくらい、エースさんは気持ちよくケーキを平らげていく。


 ああ、幸せ。ほんと。ありがたい。存在がもうありがたい。拝みたい。


 心の中でそっと手を合わせながら、私はある提案をした。


「エースさん、今日の夜は、お友だちかご家族と一緒に過ごしませんか?」

「……へ?」


 フォークをくわえながら、エースさんはキョトンとした。


「当日無理に空けてもらったし、私は十分祝わせてもらったんで、大満足です!」

「……」

「エースさんのお祝いしたいの、きっと私だけじゃないし」

「……」

「主役の独り占めは、やっぱりちょっと気がひけるというか」

「……」

「あっ、そうだ! その前にプレゼントだけ買いに行きましょう! あれ、そういえば物じゃないんでしたっけ?」

「……」

「エースさんのほしいものって、一体」


 エースさんは、そっとフォークを皿に置いた。ケーキの方は、もうすでになくなっている。


 いじけたように唇を尖らせて、エースさんは、ふいっ、とそっぽを向いた。


「独り占めしたいの、おれの方なんだけど」

「……へ?」

「なんか、おればっかり夢中で、……ちょっとムカつく」

「はっ、はいっ?」


 エースさんは、いじけた瞳のまま、私を控えめに睨みつけた。


「おれたち、付き合って1年だろ」

「? は、はい」

「……そろそろ限界なんだけど」

「は、はい?」

「ああっ、もうっ、だから!」


 エースさんはカオを真っ赤にしながら、私の前に正座した。


「おれたち、いつ、……エッチできますか」

「……は」

「……」

「あ、え、えっ、ええっ?」


 突然、発火したように身体が熱くなった。エースさんの至って真面目なカオと、大きな身体に圧倒された。


「なっ、なんでそんなことっ、突然っ」

「だ、だっておまえ、キスだけで、すげェうろたえるだろ」

「い、いやっ、だって、それはっ」

「だから、まだ早ェかな、とか、いろいろ考えてたら、いつのまにか半年、一年って来ちまって」

「……」

「でも、おれも、……そろそろ我慢無理だし」

「……」

「すげェ、……好きだし」

「……」

「すげェ、好きだから、……待ってって言うなら、待つけど」


 聞こえるか聞こえないかの声量で、エースさんは弱々しくそう口にした。


 なんだ。なんてこった。


 こっちとしては、まったく何にもされないから、てっきりエースさんにその気がないんじゃないかと密かに思い悩んでたんだけど。


「き、気付かなくて、す、すみません」

「……おう」

「キスは、その、……まだ、あんまり慣れなくて、その、にやけちゃうんです。すみません」

「……にやけてんのか、あれ」

「は、はい。すみません」

「……」

「あ、あの」

「……なに」

「エースさんがほしい誕生日プレゼントって、もしかして」


 その先を促すようにエースさんのカオを覗き込めば、エースさんは、カオを真っ赤っかにしながら、言った。


「うん。おれ……おまえがほしい」


おとなりさんと私。1月1日


ベタだろ。

……ベタですね。

……今日。

……はい。

……泊まっていい?


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