さよなら、片想い
「***、たのみがある。」
「あしたにしてくださいおねがいします。」
さーてそろそろ眠ろうかなと思ってベッドにもぐり込んだところで、ドアがノックされた。
こんな時間に訪ねてくるなんて、一人しかいない。
思ったとおりのそのカオを見て、ねたフリをしてればよかったと心底思った。
そして、冒頭にもどる。
「とりあえず聞けって!」
「やだっ!私もうねむい!」
ドタバタすること小一時間。
なんかもうそうしてる時間がもったいない気がして、しかたなくエースを中に入れた。
「………なんですかエースさん。」
「好きな女ができた。」
「……………は。」
「だ・か・らっ!好きな女ができたの!」
……………え。
い、
いま、なんて。
ほわんと放心していると、エースが私のカオをのぞきこんできた。
「おーい、聞いてっか***。」
「へ、あ、いや、あ、ご、ごめん。」
………好きなひと。
エースに。
「………だ、だれ?」
聞きたくないけど、
聞きたい。
エースのカオを見ずに、こわごわ問いかけた。
「このまえ入ってきた新人のナースいるだろ?アノ子!」
「……………ああ…」
1ヶ月くらいまえにモビーディック号が迎え入れたとてもかわいらしいナースさん。
まわりのセクシーなナースたちの中で、清楚でふわふわしたいかにも女の子という感じのその子は、すぐさま隊員たちをトリコにした。
「いやーこのまえよ、たまたまその子に手当てしてもらったんだけどよ!それがたどたどしくてかわいいのなんのってよ!」
「…うん。」
「そしたらまっかなカオしてよ!なんて言ったと思う!?」
「さ、さぁ…わかんない。」
そのテンションについていけずに少しぶっきらぼうに答えるが、エースはその私のようすには気付かないようでへらへらと笑っている。
「私、エースさんのファンだったんですだってよぉ!」
「…………………。」
「だからうちのナースになってくれたんだと!」
「………そっか、よかったね。」
あんなかわいい子が、エースのファン。
…っていうか、それってもう両思いなんじゃ。
どくどくと、身体全体が嫌な音をたてている。
エースに、恋人ができる。
頭の中がまっしろになって、もはやエースの話は耳に入ってきていない。
「それでよ、おまえにたのみがあって………***?」
「…………………。」
「………おい、大丈夫か?」
「………やだ。」
「…え?」
「ごめん、できない。」
「ど、どうしたんだよ***」
「ごめんエース。もう出てって。」
そう言ってぐいぐいとその広い背中をおした。
「な、なにしたんだよ…おれなんかヘンなこと言ったか?」
「そうじゃないよ、ごめん。とにかくいいから出てって。」
ヤバいヤバい。
はやく。
わたわたしているエースをなんとかドアの向こうへ追いやると、それと同時に涙が溢れた。
………よかった。
間に合った。
「っ、」
やだよ。
どうして。
ずっと、
………ずっと、好きだったのに。
エースと私はいわゆる同期だ。
同期といっても、エースのほうが少し早いんだけど、すぐに気が合って仲良くなった。
それからずっと、私はエースに恋してる。
でも、言えなかった。
エースが私をそんなふうに思っていないことを知っていたから。
エースはモテるし、まだ若いから、いろんな女のひとと遊んでるのは知ってる。
それだってすごく嫌だったけど、
それでもたぶん、エースは恋をしたことはなかった。
身体だけならまだしも…
心を持っていかれたら、もうどうにもできない。
「よりによってあんなかわいい子なんて…」
しかも性格も良いんだよな、あの子。
いじらしくて、女の私でも守ってあげたくなっちゃうような。
ナースとしての仕事もきちんとこなしてるって、たしかだれかが褒めてたっけな。
それに比べて私は…
「しがない雑用係だもんなー…」
エースだって、強くてたよりになるから隊長になった。
どんどんおいていかれてるような気がしてつらかったけど、それでもエースはずっとかわらず接してくれた。
やさしかった。
………好き、だったのに。
「二人が付き合うのも時間の問題だなー…」
………離れよう、エースから。
この広いモビーディック号では、会おうと思わなければ会わずにいられる。
恋人同士になった二人を近くでみてるのは、つらいよ。
「さよなら、エース…」
こうして私は、エースから離れることを決意した。
―…‥
「***ちゃん!こっちもたのむ!」
「はーいっ!」
先日行った島で、なにやらたくさんの財宝を見つけたとかで、今夜は宴をするらしい。
私たち雑用係は朝からその用意に追われていた。
「宴かぁ…」
やだな。エースに会いそう。
エースと距離をおいてから、数週間がたった。
エースとこんなに長い間カオを合わせなかったことはない。
エースが血眼になって毎日私をさがしていると、いろんな隊員にすれ違うたびに言われた。
仕事がないときは、どうやら私の部屋を訪ねているらしい。
エースは勝手に部屋に入ることはないから、居留守を使ったり部屋にいなかったりで会うことはなかった。
エースが、私に会いたいと思ってくれている。
そんなことでよろこんでしまう自分が憎い。
いつだったか、エースを遠目で見かけた。
となりには、かわいらしく笑うあの子。
二人がおやじさん公認の仲だとうわさがたってから、もうずいぶんたつ。
そうして、あっけなく私の長い片想いは終わりを告げたのだった。
「こんなもんか、終わってみると。」
どうなるのかな、私たち。
いつか、エースのこと好きじゃなくなって…
また、元どおりになれるのかな。
………会いたいな、エースに。
首を大きくふって、ぺしんと頬を叩いた。
バカ。未練がましいな、私。
「よしっ!働かなきゃ!」
そう気合いを入れ直して、ふりかえったときだった。
「!」
そこには、見なれたシルエット。
「……………よォ。」
どくんと一つ、身体がはねた。
「あ…」
どうしよう。
……………エースだ。
「な、なんか久しぶりだね。ど、どうしたのこんなところで…」
しどろもどろになりながら、エースの目を見ずに言った。
「久しぶりだねじゃねェだろ。………おまえ、おれのこと避けてんだろ。」
「………そ、そんなわけ…」
…やっぱりバレてる。
あんなに逃げ回ってたらあたりまえだけど。
「………おまえに話があんだよ。」
「話…?」
もしかして…
付き合いましたっていう報告…?
……………やだ。
ぜったいやだ。
エースの口からなんて、聞きたくない。
「エース、悪いけどいま私ちょっと時間なくて」
「すぐ終わる。」
「あっ!そうだっ!私さっき呼ばれて」
「***。」
「…………………。」
「聞いてくれ。………たのむから。」
やだよ。ずるいよ。
なんで…
なんで、そんな切なそうに言うの。
コツコツと、エースが私に近付いてくる。
うつむいたまま、エースを見れずにその時を待った。
コツンっ…と、目の前でエースが止まる。
その瞬間、身体がぐいっと引かれた。
引かれて収まった先は、エースの腕の中だった。
「エっ…エースっ!!ちょっ、なっ、」
「………つらい。」
「………え?」
それは、いつも元気なエースから発せられたとは思えないほどの、よわよわしい声だった。
「………おまえに会えねェの………つらい。」
「エース…」
ぎゅうっと、私をだきしめる腕に力がこもる。
「おまえがいないと………メシがマズイ。」
「…………………。」
「どんな景色見てても、なんにも感じねェ。」
「…………………。」
「サッチがヘンなカオしてても、笑えねェ。」
「…それはちょっとサッチがかわいそう」
気付いたら、涙がポタポタとエースの肩におちていた。
「おまえがいないと…」
スッと腕の力を抜いて、私を見つめた。
「おれが、おれでいられなくなる。」
「………エース…」
「***………おれ………おまえがすきだ。」
「…………………。」
「…………………。」
「…………………。」
「………なんとか言えよバカ。」
…うるさいな。
答えなんて、わかってるくせに。
何年いっしょにいると思ってんの。
それを証明するように、エースはいつもみたいに笑って、やさしいキスをくれた。
さよなら、片想い
なァ、早くおまえもすきだって言えよー。
ちょっ、もう少しまって!なんかちょっとまだ恥ずかしいっ!
(……………かわいい。)[ 1/22 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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