臆病者が、一人
「悪い、なんか食うもんくれ。」
「…………………。」
ただいま、放心中です。
そのまま5秒ほどお待ちくださいませ。
「……………おーい、聞こえてっか?」
「はっ、はい…!!し、失礼致しましたっ…!!お、おつまみ的なアレでいいでしょうか…」
「あァ、頼む。」
エース隊長はそう答えると、近くにあった椅子に座った。
も、もしやそこでお待ちになる感じで?
私はくるりと身を翻すと、なんてことないように冷蔵庫に向かった。
……………どうしよう。
どうしようっ…!!
エっ、エっ、エっ、
エース隊長がすぐそこにっ…!!
思わぬできごとに、私の胸はドクドクとすごい音を立てて加速していく。
時を遡ること、夜中の三時。
なぜか小腹が空いて目が覚めてしまった私は、散々迷ったあげくキッチンへと向かった。
こんな時刻だ、キッチンなんかに誰もいるはずもない。
真っ暗なキッチンに入って、ドアの近くにあるスイッチをパチリと押すと、眩しくなる視界。
さて、なんか食べものあるかな。
そんなことを考えながら、一歩進んだその時…
『お、先客がいたか。』
その声に驚き振り向いたところで…
―…‥・冒頭に戻ってください。
「…………………。」
「…………………。」
どどどどどどうしようっ…!
なっ、なにかしゃべらないとっ…!
なにか話題をっ…!
「……………おまえ、」
「へっ、へいっ!」
ぎゃあああああっ…!!
へっ、へいって…!!
動揺しすぎてついっ…!!
はっ、恥ずかしいっ…!!
「おまえもこんな夜中になんか食いにきたのか?」
「へ、は、え、いやっ…」
マズイっ…!
女がこんな夜中になにか食べるなんて思われたら引かれるかもっ…!
「いっ、いやっ、私はっ、そのっ、お水なんかをちょっと頂こうかと思いましてですね…」
そのしどろもどろな言い訳に重なって、私のお腹から、ぐぅ、となんとも情けない音が鳴った。
「…………………。」
その音がエース隊長のお耳に届いてしまったらしく、エース隊長は目をまるくしている。
き、消えてなくなりたい…
「ははっ…!おまえおもしれェな!」
そう言って、エース隊長は眉をハの字にして楽しそうに笑う。
……………う、わっ…
初めてこんなに近くで目の当たりにしたエース隊長の満面の笑みに、私は思わず視線をそらした。
胸が、なにかに掴まれたように、ぎゅうっと苦しくなる。
いつもは綺麗なナースさんや夜のお姉さんたちに尻ごみして、話し掛けるなんて到底できなかったけど…
今はここに、私とエース隊長だけ…
この機会を生かせなければ、もうチャンスはない…!!
なんとか、少しでもエース隊長のお記憶に残るように頑張らなければ…!!
私はエース隊長に気付かれないように鼻息を荒くしながら、大きく深呼吸をした。
「あ、あの…」
「ん?なんだ?」
「あっ、え、っと、そのっ、……………エっ、エース隊長の好きな女性のタイプってどんな人ですか!?」
「す、好きな女性のタイプ?」
ぎゃあああああ!!
なんだその質問!!
ただ私が知りたいだけじゃん!!
なぜそんなことをいま?的な、ぽかんとしたエース隊長の様子に冷や汗をかきながら、なんとか言い訳をと試行錯誤していると…
「うーん、……………どっちかっつーと、キレイ系よりかわいい系。」
「へ、」
「あと、香水より石鹸の匂いとかするほうが好きだな。」
「あ、あの、」
「それから、大人っぽいよりは愛嬌のある女がいい。」
「…………………。」
お、おお…
すんなり答えてくれた…
でも、意外だな。
エース隊長がいつも相手にしてる女の人たちって、どっちかっていうと綺麗系の大人っぽい香水の似合う女の人なのに…
好きになる人はまた別ってこ、
………………………。
…………………待てよ。
キレイ系よりかわいい系、香水よりも石鹸の匂い、大人っぽいより愛嬌のある女の人って…
ま、まさか、……………私、とか…!!
だってだって、船に乗ってるナースさんたちはみんな綺麗系の大人っぽい人たちばっかりだし…
私はどっちかっていうと綺麗系よりかわいい系だし(正確には特にどっちでもない)、香水はつけないし(お金ないから買えないだけ)、クールっていうよりは愛嬌あるし(笑い上戸なだけ)…
わ、もしそうだったら、どうしよう…!!
あのエース隊長が、……………ずっと憧れてたエース隊長が…
私のことを好きで、……………両想いだったら…!!
勝手な自惚れでドキドキと胸を高鳴らせていると、エース隊長が私に声を掛けた。
「ところで、」
「えっ、はっ、はいっ…!!」
まさかっ、まさかっ…!!
『おまえが好きだ』、とか…!!
「おまえ、……………名前なんていうんだ?」
「…………………へ、」
「いや、そういや名前知らねェなって思って…」
「…………………あ、え、と…………………***、です…」
「***か!」
以後よろしく、と、丁寧にお辞儀をしたエース隊長に、半ば放心状態で頭を下げる。
な、なんだ…
初めて話すわけじゃないし、名前くらい知ってくれてると思ってたんだけど…
…………………なんだ…
好きな人の名前を、知らないわけがない。
先程までの浮かれた気持ちはどこへやら、カオから火が出るほど、自惚れていた自分が恥ずかしい。
名前も知られていなかったなんて。
そりゃそうだよね…
エース隊長のかわいいっていうのは、一般的なかわいいとはレベルが違うわけで…
そういえば、最近入ったナースさんは妖精みたいなかわいい系だったな…
もしかしてエース隊長、あの子のことが好きなのか、
「どうした?」
「あっ、いっ、いえっ…!すみません…!」
エース隊長に声を掛けられて、私は慌てて再び手を動かした。
「こんなものでもいいですか?」
「おォ!うんまそうだな!ありがとう!」
そう言って、ニッカリと笑ったエース隊長。
…………………なにをそんなに落ちこんでたんだろう。
好きな人の笑顔をこんなに近くで見られて、しかも名前も覚えてもらえるなんて…
それだけで、十分しあわせだよね。
「じゃあ、おまえも早く寝ろよ、」
「あっ、あのっ…!」
「ん?」
お皿片手に去っていくその後ろ姿に、勇気を出して声を掛けた。
「あのっ、……………そのっ、」
「?」
「お、……………おやすみなさい…」
「あァ、おやすみ、***。」
振り向き様にニッコリ笑って(カッコいい)エース隊長は爽やかに去って行った。
「はぁ…」
ほんとは、今度島に着いたら一緒にご飯でも、って誘いたかったんだけど…
やっぱりそれはまだハードル高いよね。
でも…
『おやすみ、***。』
これからゆっくり、エース隊長に近付いていけたらいいな。
お腹が空いていたはずなのに、なんだか胸がいっぱいになって、
私は暖かい気持ちのまま、キッチンをあとにした。
臆病者が、一人?
(よし…!!やっと自分で名前聞けたぞ…!!頑張った、おれ…!!)
(とりあえず、マイナス5kg!!頑張るぞー!!)[ 11/22 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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