慌てんぼうのサンタクロース -Happy Merry Christmas!2012-
「おまえら! ***をいじめんじゃねェ!」
「げっ、キッドだ! 番犬がきたぞ!」
「誰が犬だゴラァ!」
「わあああ……! にげろー!」
「……ったく。……おい」
「うっ、ひっぐ」
「いつまでも泣いてんじゃねェよ、立てオラ」
「ぎっどっ……! ぎっどおおおおお!」
「おわっ……! だからおまっ、鼻水まみれで抱きつくんじゃねェ!」
「ぎっど……! サンタさん、いるよねっ?」
「……はァ?」
「サンタさんは、いるよねっ?」
「……おまえ、もしかしてそれでいじめられてたのか?」
「だっで、みんなそんなのいるわけねェだろって……」
「はァ……いるわけねェだろ、んなもん」
「……! ……っ、ひっぐっ」
「だっ……! ちっ、ちげェ! おれは会ったことがねェって意味だ!」
「っ、そっ、ひっく、そうなの? キッドはいい子じゃ、ぐずっ、ないもんね」
「……殺すぞ」
「私はいい子にしてるのに、どうしてきてくれないんだろう……」
「……」
「私もいい子じゃないのかな……」
「……」
「だがらっ、ザンダざんっ、うえっ、ぎてくれないのがなっ」
「……おまえ、窓の鍵開けてるか?」
「へ?」
「窓の鍵、開けてねェだろ?」
「ま、窓の鍵?」
「やっぱりな、原因はそれだ」
「どっ、どういうこと? キッド」
「おまえんち、煙突ねェだろ」
「うっ、うん、ない」
「なのに窓の鍵まで閉めてたら、ヤツはおまえの家入れねェだろ」
「……! ……あっ」
「そういえば去年、おまえの家の前でうろうろしてる赤いヤツ、おれ見たぜ」
「ほっ、ほんとっ?」
「あァ。……だから今年は絶対に開けとけよ。……必ず来るから」
「うっ、うん……! ありがとうキッド! ……あのね、キッド」
「あァ?」
「私、サンタさんよりキッドのほうが、ずっと、ずうっと、すきだよ!」
「……! うっ、うるせェ……! 気持ち悪ィこと言ってんじゃねェよ!」
「キッ、まっかっか! サンタさんみたい!」
「殺すっ」
「あははははっ」
「う、ん……」
チチチッ、という小鳥のさえずりで目が覚めた。
まるでドラマみたいなそのシチュエーションに、ちょっとうっとりしてしまう。そんな余裕があるのも、今日がきっと休日だからなのだろう。
窓の外を見ると、辺り一面真っ白な世界。
大人は雪を見るとよく嫌なカオするけど、私はなんだかわくわくする。
特に、こんな日は。
少しだけ起こしていた身体を再びベッドへ沈めると、ついさっきまでまぶたの裏に焼き付いていた光景を思い出そうとする。
どうして夢というものは、目覚めた途端、おぼろげになってしまうのだろう。
こんなふうに惜しく感じてしまうのは、きっと夢の内容のせい。
キッドの夢、だったなァ。
しかも、まだ私がキッドの隣にいられた頃の。
泣き虫だったあの頃は、よくいじめられてて、そのたびにキッドが助けにきてくれてた。
『キッドはヒーローみたいだね』って言ったら、首まで真っ赤にして『うるせェ! ヒーローなんて言われてもうれしくねェんだよ!』って怒鳴られたっけ。
あの頃の二人を思い出すと、頬が自然とゆるんでしまう。
今となってみれば、それも全部夢だったんじゃないかなって、たまに思うけど。
今やキッドは、他校にもキッドを慕う人や憧れている人がたくさんいる、カリスマ的存在。
華やかなお友だちも多くて、それに……女の人も。
こんな、平々凡々な私が隣にいられるような人では、なくなってしまった。
「はァ……ってダメダメ! せっかくのクリスマスなのにため息なんて」
こんなに楽しい日なのに暗い気持ちでいたらもったいない!
それに、今日は……。
机の上に置かれた赤地の布を見て、私は胸を躍らせた。
今日は、サンタさんが来てくれる。
高校生にもなってサンタさんを信じてる、なんて言ったら間違いなくドン引きされるけど。
でも、それでも私は信じてる。
キッドとのあの会話の数日後、キッドの言う通り窓の鍵を開けて寝たら、翌日用意した靴下の中には、ずっとほしかったおもちゃの指輪。
子どもの頃こそ最初はサンタさんだと信じていたけど、いつからか、これはきっと両親がしてくれているのだろうと思って二人に聞いてみた。
でも、二人の反応をみていると、どうもそうではないみたいで。
それ以来、毎年サンタさんは私のところへ来てくれている。
「そんなこと言ったら頭おかしいと思われちゃうけどね」
さァ、今日は早く起きなきゃ! 今日は家族でクリスマスパーティーだ!
普段なら恋しい布団をめくると、私は弾む足取りでリビングへ向かった。
*
「行ってきまーす!」
予約していたクリスマスケーキを取りに行くという任命を受け、もこもこのコートを羽織って玄関を出ると、冷たい空気が頬を刺した。
うう、さ、寒い。
思わず身を屈めて一歩歩き出した、その時、
カチャリ。
おとなりさんの玄関のドアも同時に開いた。
つられるようにその方を見ると――。
「あ」
「……おう」
そこには、暖かそうなロングコートに身を包んだキッドがいた。
「こ、こんばんは」
どうしてキッドと話す時にかぎってどもっちゃうんだろう。恥ずかしいな、もう。
「……出掛けんのか」
「えっ、あ、う、うん」
「……へェ」
「あ、キ、キッドくんもお出掛け?」
「……あァ」
「そ、そっか」
「……」
会話終了。なんとなく居たたまれない空気になって、私は再び歩き出そうとした。
「……男か」
「え?」
「……男」
「え、ええっ? ちっ、違うよっ。クリスマスケーキ取りに行くだけっ」
「……そうかよ」
まァ、どうでもいいけど、と付け足して、キッドはバイクのエンジンをかけた。
「あ、き、気を付けて」
「おまえ、まだ信じてんのか」
「え?」
バイクに跨りながら、キッドはこちらを見ずにそう問いかけてきた。
「サンタクロース。……まだ信じてんのか」
「え、あ……」
「……」
「……うん」
「……」
「……」
「……バカだな、おまえ」
「……」
「いるわけねェだろ、んなもん」
「……」
深く俯いているあいだに、キッドはエンジン音を轟かせながら、颯爽と去っていった。
*
「あわてんぼうのーサンタクロース、クリスマスまえーにやってきた」
家族パーティーを終えてお決まりのクリスマスソングを口ずさみながら自室に入ると、私は机の上に置いたままだったそれを、ベッドの横にぶら下げた。
自分で縫った不格好な大きい靴下を見つめながら、今日のできごとをぼんやりと考える。
『いるわけねェだろ、んなもん』
そんなこと、ない。だって、
キッドが「必ず来る」って、
そう言ってくれたから。
「……なんて、きっともう覚えてないだろうけど」
つきりと痛む胸を押さえながら、私はベッドの中に潜り込んだ。
そして、翌朝――。
「……あっ」
目が覚めて、一番最初に見たのは、もちろん靴下の中身。
そこには……
「わあっ、ずっとほしかった特大ベポ!」
クレーンゲームでしか取れない非売品のそれは、何回チャレンジしても手に入れることができなかった代物だ。
すごいすごいっ! サンタさんって、クレーンゲームも得意なんだ!
思わずぎゅうっとそれを抱きしめると、シャラリ、その首元から音がした。
不思議に思って、そこに目をやると……
「わ、あ……綺麗」
ベポの首元に窮屈そうに飾られたネックレスが、朝日に照らされてキラキラしている。
宝石を散りばめたみたいなその輝きに、私の心は一瞬で奪われてしまった。
「もったいなくて、つけられないや」
でも、今日は、少しだけ……。
ドキドキしながらそれを首に下げると、なんだか自分がお姫様になった気分。
何をあんなに落ち込んでたんだろう。今年もまたこうしてサンタさんが来てくれたし、それに、
クリスマスイブに、キッドの夢見て、キッドに会えるなんて。
こんなに幸せなこと、ないよ。
「ありがとう、サンタさん」
今年も、素敵なクリスマスを届けてくれて。
そんなことを思いながら、私ははらはらと舞う粉雪をいつまでも眺めていた。
慌てんぼうのサンタクロース
キッド、なんだその怪我は。クリスマスだからってはしゃぐガラか?
うるせェ、キラー。ほっとけ。(いきなり寝返り打ちやがるから焦って二階から落ちたんだよ、くそ……)[ 3/28 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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