よくある、よくある

「なーんか***、やけに今日うれしそうじゃない?」

「へ?」


 体操服に腕を通していると、突然友達にそんなことを言われた。


「べ、べつにそんなことないよ」

「そう? 今日は朝からいつもよりハイテンションだしさァ」

「ははっ、そんな……気のせいだよ」

「そうかなァ?」


 訝しげな表情で首を傾げながら、友達は再び着替え始める。


 うーん。やっぱりバレてたか。


 密かに冷や汗を拭いながら、私は小さく息をついた。


 そう。私は今日、浮かれている。


 なぜかというと……。


「***! 早く着替えなきゃ! 今日はあの問題児クラスと合同授業なんだから!」

「あ、う、うんっ」

「アイツら待たせたりしたら、何されるかわかんないよ!」


 そう言って、友だちはせかせかと慌てながら身体を動かした。


 今日は、キッドのいるクラスと合同授業がある。クラスの離れている私たちは、一緒の授業を受けるなんてことはない。


 唯一受けられるとすれば、年に回あるかないかとされるこの合同授業だけだった。


 私はこのスケジュールを知った時から、今日という日を楽しみにしていたのだ。


「どうかサボりませんように……」

「***っ、なにしてるの? 早く行くよ!」

「あ、はーい!」


 胸を高鳴らせながら、私は弾む足取りで体育館へと向かった。





 体育館に着くと、私はすかさずその中を見渡す。


 だけど、あの赤はどこにも見当たらない。


「ユースタスたちは来てないみたいだね」

「う、うん……」

「このまま来なきゃいいね、***!」

「……」


 うれしそうな友人とは正反対のカオをしているであろう私。


 やっぱり、そうだよね。まともに授業を受けることのないキッドが、合同授業なんてかったるそうなものに出席するわけないよね。


 人知れず肩を落としていると、すぐ後ろから落ち着き払った声が聞こえてきた。


「早く入ってくれないか」

「……え?」


 その声に反応して後ろを見上げると、ストライプ柄の何かが目に入る。


「通れないんだが」

「え、あっ、ごめんなさい」

「……」


 慌てて道を開けると、その人は大きな身体を少し屈めて体育館の入口をくぐった。


 この人……確か、キッドの友達の……。


 ……と、いうことは、


 その後から続いて入ってきたその人を見て、私の心臓が音を立てて大きく膨らむ。


「……あ」

「……」


 その人は私を視界に入れると、少しだけ目を大きく見開いた。


「……よォ」

「お……おはよう」


 消え入りそうな小さな声でそう挨拶すると、キッドはストライプ柄の友人に着いて体育館の中へと入って行った。


 キッドたちが現れると、私のクラスの派手めな女の子たちがかわいらしく声を上げる。


 こんなに怖いのに、どうして人気者なんだろう。


 ……でも、来てくれた。よかった……。


 キッドの方を盗み見ると、気だるそうにストライプの友人と話している。


 体操服だ。キッドが体操服着てる。かわいい。


 にんまりゆるむ頬を押さえながら、私は授業の準備をする生徒たちの輪の中に入っていった。





 今日の授業はバレーボール。ネットを張り終わった私たちは、さっそくクラスごとに分かれて試合を始める。


 まずは、男子の試合だ。


 そして、相手チームのコートの中には……


「きゃあ……! 見てみて! キッドくんとキラーくんだよ!」

「カッコイイ……!」

「キッドー! 頑張ってー!」

「キラーくーん!」


 きゃいきゃいと、あちらこちらで華やかな声援が2人に掛けられる。


 残念ながら、私たちのクラスに対しては応援がない。私たちのクラスの女子ですら、大半がキッド側の応援に回っていた。


 お、おお……なんてこった。


「いいんだ……どうせおれたちなんて……」

「そうだそうだ……おれたちなんて人気でもバレーでもきっと負けるんだ……」


 ぐすぐすと涙を拭いながら、私のクラスの男子たちがコートに向かう。


「***! 私たちは自分のクラスを応援するわよ!」

「そ、そうだね」


 さすがにこれではちょっと可哀想だ。


 私はキッドを応援したい気持ちをぐっとこらえて、微力ながらも自分のクラスを応援しようと心に誓った。


 ピーッという笛を合図に、試合が開始される。


 やっぱり、というのもなんだが、キッドたちのクラスがどんどん点を取っていって、点数はみるみるうちに開いてしまった。


「キッドくんカッコイイ!」

「キラー! ナイストス!」


 最高潮に盛り上がるギャラリーとは裏腹に、私たちのテンションは下がっていく。


 あーあ、困ったなこりゃ。あっちチームは身長も高いから、それだけでも圧倒的に不利なんだよね。威圧感あるし……。


 ……それにしても。


 キッドほんとにカッコイイ……。


 涼しいカオをして汗を拭っているキッドに思わず見とれていると、友人が私の頭をぺんと叩いた。


「なにボヤッとしてるの、***! 応援しなきゃ!」

「あ、そ、そうだね。ごめん」


 お、うちのサーブは田中くんか。よーし。


「田中くん! 頑張って!」


 キッドたちへの声援には遠く及ばない私の声は、肝心の田中くんには届いていないようだった。


 うう、なにからなにまで負けている……。


 そんなことを考えていると、ふと、どこからか突き刺さるような視線を感じた。


 何の気なしにその方へカオを向けると――。


「……!」


 薄い眉を思いきりしかめた、キッドと目が合う。


 わ、わわ……!


 慌てて目を逸らして、しばらくしてから再びキッドを見ると、キッドの目も逸らされていた。


 気のせいかな。そうだよね、うん。


 そうは思ってみても、ドキドキと高鳴る鼓動は抑えられない。


 目が合ったかもしれないだけでこんなにドキドキしてるなんて、なんだか恥ずかしい。高校生にもなってこれじゃあ、そりゃあキッドみたいな大人っぽい人に相手にされるわけないよね。


 そんなことを考えながら人知れず沈んでいると、友人がツンツンと私の肩を小突いた。


「ねェねェ、田中のヤツ、さっきからユースタスに集中攻撃浴びてない?」

「え?」


 そう言われてコートに目をやると、確かに田中くんにばかりボールを打ち込むキッドの姿。


「ね?」

「ほ、ほんとだ。田中くん何かしちゃったのかな」

「よっぽどのことしたのよ、きっと。尋常じゃないもん」

「意外と根に持つからなァ、キッド……」

「え?」

「な、なんでもない!」


 こうして試合は、何かをしでかしたらしい田中くんの顔面にキッドの一撃が決まったところで幕を閉じた。





「バレーってやると楽しいんだけど準備と後片付けが大変よねェ」

「そうだね」


 そんなことを話しながら、クラスメイトとバレーボールのコートを片付けていく。


「少しは手伝ってほしいよね」


 そう言いながら友人が恨めしそうにじとりと睨み付けたのは、キッドとその仲間たち。


 その周りには、たくさんの女の子たちが群がっていた。


 すごいな。よくキッドに話し掛けられるな。


 怖くないのかな、いくら幼なじみ兼好きな人でも、私だってちょっと怖いのに。


 はァ。もしかしたら少しくらい話せたりするかなーとか思ってたけど……。


 「よォ」「おはよう」だけで終わってしまった……。


 私ってほんと根性なし。


 ……でもまァ、考えようによっちゃあ挨拶ができただけいいよね、うん。


 ……はァ。


 女の子たちの楽しげな声をバックミュージックに、私はネットを運ぼうと体育倉庫の方へと足を進めた。


 その時、


「***っ! 危ないっ!」

「へ?」


 突然、友人の危機迫った叫び声が聞こえてきたので、私は何の気なしにふいっと後ろに振り向いた。


 すると、今まさに私に向かって倒れてこようとしているポール。


「……!」


 とっさに目を瞑って、その衝撃に耐えられるように心の準備をする。


 ……が、


 待てど暮らせど痛みはおろか、倒れてくる気配もしない。


 不思議に思ってそっと目を開けてみると――。


「……!」


 私を庇うようにして、大きな背中が立ちはだかっている。


 小さい頃、よくこんなふうにして守ってくれたなと、つい思い返してしまった。


「キッド……くん」

「……怪我は」

「え」

「怪我」

「あ、な、ない……です」

「……」


 なんとかそう答えると、キッドはポールを運んでいた男子生徒をギロッと睨み付けた。


「気をつけろゴラァ! 怪我するとこだ!」

「はっ、はいィィィィィ……! すっ、すみませんっ……!」


 土下座でもしそうな勢いでその男子生徒が謝ると、キッドは大きく舌打ちをしながら去っていく。


「……あのっ」

「……!」


 私が声を掛けたことに驚いたのか、キッドは弾かれたようにくるりと振り向いた。


「あ、あの」

「お、おう」

「……あり……ありがとう」

「……おう」


 大きな身体でそう小さく答えると、キッドは今度こそ去っていった。


「***! 大丈夫?」

「……うん」

「それにしてもびっくりねェ! まさかユースタスが助けてくれるなんて!」

「……うん」

「あんな遠くにいたのにね。瞬間移動?」

「……」

「***? カオ真っ赤だけど大丈夫?」

「えっ、あっ、う、うん! 大丈夫……」


 ……ああ、もう。静まれ、心臓。


 燃えるように熱いカオを、熱を抑え込むように両手で包んだ。


 たった数十分、同じ空間にいられることを、何日も前から楽しみにしてたりとか、


 こんなことで、泣きたくなるくらい幸せを感じてしまうこととか、


 きっと、キッドからしたら鼻で笑われちゃうくらい、くだらないことなんだろうな。


 体育館から出ていく綺麗な赤を、高鳴る鼓動と、ほんの少しの胸の痛みと共にそっと見送った。


よくある、よくある


 一ヶ月前――。

 おっ、おいキラー! これ見てみろ! 来月合同授業なんてェのがありやがる!


 そうか。……ん? このクラスは寝癖女のクラスじゃないか?


 ご、合同か……そうか……。よし、仕方ねェな。まァめんどくせェけど出てやるか。あ、おいキラー。この日は朝から授業に出るぞ。


 ? なぜだ。合同授業は午後からだぞ。


 なに言ってやがる……万が一時間割が突然変わったりしたら大変だろうが!


 ……やはりおれにはおまえがよくわからない。


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