Another WORLD-11

 キッドに連れられてやってきたのは、食堂のようなところだった。木製のテーブルや椅子が乱雑に並べられていて、カウンターを隔てた向こう側には厨房が見える。漂ってくる香りも、潮の香りより料理の香りのほうが強くて、飲食店である故郷の職場を思い出した。


 船長室やお風呂場を見たときも思ったけれど、この船には清潔感がある。勝手な思い込みだけれど、海賊船といえば、もっとこう、汚れが溜まっていたり、虫やネズミが走っていたりと、不潔なイメージがあった。実際、私を買った海賊団の船は、床や柱にホコリやらゴミやらが溜まっていた。


 この海賊団は、船を大切に使っているんだろうな……。こんな緊迫した状況にも拘らず、私はまずそんな感想を抱いた。


「で?」


 くぐもった声がそう言う。


 何かで隔てたような音質から、私は〈殺戮武人〉の異名を持つ、キラーさんのほうを向いた。


「はっ、はい」

「キッドの知り合いということだが……おまえは一体、この船で何ができるんだ?」

「な、何、が……」


 思わず黙り込む。十数人の海賊と、その真ん中で椅子に座ってふんぞり返っているキッドの視線を一身に受けながら、私はようやく口を開いた。


「あの、ええっと……料理のお手伝い、くらいなら、少しできます」

「……」

「……あっ、あとっ、掃除、洗濯……おっ、おつかいっ、なんかもできますっ」

「……」

「それから、あの……」

「……」

「ええっと――」


 生み出される沈黙から、こんなことだけじゃだめなんだと悟る。とりあえずやったことのあることを苦し紛れに付け足してはみたけれど、私が日頃生活の中でやっていることなんて本当にこれくらいで、これ以上は雑巾のように絞っても何も出てこない。


 どうしよう。なんかもっと、特別なこととか……やっておけばよかった。このままじゃ、不採用になってしまう。


 故郷での就職活動を思い出して、だらだらと汗をかいていると、キラーさんの仮面の奥から、長く息を吐き出すような音が聞こえた。


「まァ、使い道がまったくないわけでもなさそうだ」


 キラーさんがそう言うと、心なしか他の海賊たちが肩の力を抜くような気配がした。


 キッドも、姿勢を崩してあきれたようにキラーさんを見上げる。


「だから、そう言ってんだろ」

「おまえの夜伽にしか使えないような女と比べたら、上出来だな」

「……うるせェ」


 よとぎ……? よとぎってなんだろう。


「女。名は?」

「はいっ。***、ですっ」

「***だな。おれはキラーだ。よろしく」

「よっ、よろしくお願いしますっ」


 キラーさんと、他の海賊たちに向けて慌てて頭を下げる。そして最後に、船長であるキッドのカオを見返してから、さらに深く頭を下げた。


 キッドが、立ち上がって食堂を出ていこうとする。キラーさんも、それに続いた。


「部屋はどうする」

「今考えてる。余りがねェからなァ」

「そういえば、おまえの部屋の前にある倉庫、空いてたな。少し狭いが、あそこなら掃除をすれば――」


 そんな会話をしながら、二人が食堂を出ていく。


 他の海賊たちも、雑談をしながら三々五々はけていった。


 あっ、あれっ? ええっと、私はどうしたら――。


 ひとり取り残されてまごまごしていると、厨房のほうから、***ー、と、間延びした声に呼ばれた。


「はっ、はいっ」

「とりあえず、今から夜飯の準備だ」

「――! はいっ」

「エプロンとか、女用あんのか?」


 私の横を通り過ぎていった海賊がそう言う。


「ねェなァ。とりあえず余ってんの使ってくれ。そのへんにある」

「はっ、はいっ。お借りします」

「それは、お頭の服か?」


 今度は、厨房の奥で鍋をかき混ぜている海賊にそう訊かれた。


「えっ、あ、はい」

「お頭、赤いシャツとか持ってんだな」

「いっつも黒だよな」

「Tシャツなんて、着てんの見たことあったか?」

「あー、たまに夏島に上陸したときとか――」


 屈強な海賊たちが、まったりと雑談をしながら料理に勤しんでいる。新参者の私を邪険にすることも、歓迎することもなく、マイペースに、それぞれの海賊生活を再開した。


 い、意外。血の気が多い船長のいる海賊団だから、もっと、こう、粗雑な人が多いと思ってた……。


 兎にも角にも、そんなアットホームな雰囲気に包まれて、私は身構えることなく、キッド海賊団に自然に溶け込むことができた。





 十数人分の夕食をいっきに作るということが、こんなに重労働だとは思わなかった。しかも、さすがは筋骨隆々な海賊たち。一人前の量で満足するはずもなく、結局一人につき二〜三人前を作ることになった。


 数人がかりで作ることおよそ二時間。海賊たちの夜ご飯はようやく完成した。


 食堂の窓から見える空は、いつのまにかとっぷりと日が暮れている。


 続々と海賊たちが食堂に現れて、あっというまに賑やかになった。


「***、おれたちも食おうぜ」

「あっ、はい」


 一緒に夕飯を作っていた海賊の一人にそう声をかけられて、私はエプロンを外した。渡されたお皿に、自分の分のご飯を盛りつけていく。


 確かに、海賊ってなんか、お腹が空く。攫われてからいい扱いを受けていなかったので、ご飯も粗末だったからかもしれない。私は、いつも食べている、1.5倍の量をお皿に乗せた。


 みんなに連れられて、空いてる席に座る。


 座ってから、きょろきょろと食堂内を見回した。


「どうした? ***」

「あ……あの、キッ――じゃなくて、せ、船長は来てないのかなって」


 キッドの姿がなかったので、そう訊ねる。


 船長なんて呼んだら、違和感がするかもしれないと思ったけれど、案外舌にしっくりと馴染んだ。やっぱり、船長らしい風格がキッドにはあるからだろうか。


「あァ、キッドの頭はいつも、気分で食う時間決めてるんだ」

「そ、そうなんですか」

「あァ。朝昼晩っていう概念がねェからな。腹が減ったときに、満足するまで食う」

「なるほど……。キラーさんも?」

「キラーは、みんなで飯は食わねェ。いつも部屋で一人で食ってるから、今も――ほら、アイツが部屋まで運んでくんだ」


 そう言って、食堂の出入り口へ目配せする。


 見ると、船員の中で一番若手そうな海賊が、ご飯の乗ったお皿片手に食堂を出ていくところだった。


「そうなんですか……」


 そうか。もしかしたら、仮面を取った姿を人に見られたくないのかもしれない。あまり深く追求するのはやめよう。


「***は、頭とガキの頃一緒にいたんだろ?」

「あ、はい」

「へェ! お頭って、子どもの頃ってどんな感じだったんだ?」

「やっぱり生粋のワルって感じ?」

「それとも、意外とクッソまじめだったとか?」


 矢継ぎ早に四方八方からそう訊かれて、私は慌てて過去の記憶を引っ張り出した。


「ううん……。最近のキッドをあまり知らないからあれですけど……多分、今のままちっちゃくした感じです」

「やっぱり!」

「あのお人がまじめなんて、合わねェもんな」

「子どもの頃からあの性格か。さぞ友だちが少なかっただろう」

「子どもに馴染むのは、ガハハッ。無理だなァ」

「誰よりも優しいんだけどな」


 その言葉にはっとして、そう発言した彼を見る。


「やっぱり……今でも優しい、ですか?」


 そう訊ねると、海賊たちは目をまるくした後で、相好を崩した。


「キッドの頭は、優しいぜ」

「あァ。優しい」

「甘ったるい優しさじゃねェし、敵には容赦しねェけど」

「おれたち仲間には、すこぶる優しいぜ」


 聞いていて、胸が熱くなる。


 そっか。そういうところは、やっぱり変わらなかったんだ。そっか……。


 無意識に頬を緩めていると、何やらたくさんの視線を感じる。それに気づいてカオを上げると、みんながにやにやとして私を見ていた。


「なっ、なんですか?」

「そうかー。***はそうなのかー」

「なっ、なにがっ」

「まァまァ照れるなって。わかるぜ。おまえの気持ち」

「わっ、私の気持ち? いやっ、待ってくださいっ。私はべつにっ」

「おれたちだって、キッドの頭には惚れ込んでるもんなァ」

「――! わっ、私はそんなっ」


 私の声は無視して、海賊たちは陽気に、豪快に笑う。


 それを見ていたら、なんだか私まで楽しくなってきて、まァいいや、とか思って、一緒に笑った。


「そういや、お頭の優しいエピソードが、もう一つ」


 私の目の前に座っている男性が、人差し指を立ててそう言う。


「おまえと一緒に売られてたヤツらな、解放されたぞ」

「えっ」
「それから、おまえと一緒に船でヒューマンショップまで運ばれてきた女たちも」

「ええっ」


 あまりの驚愕と嬉しさで、表情が固まる。


 じゃあ、あのブルートーパーズの瞳の彼女も、人魚の彼女も。


 みんなみんな、助かったということなのか。


「ど、っ、どうやって……」


 涙ぐみながら訊ねると、みんなは得意げに笑いながら言った。


「キッド海賊団にかかりゃあ、そんなの。朝飯前だ!」





 夕飯を食べ終えてから、またお風呂を借りた。料理を手伝ったので、髪や肌が油臭かったからだ。


 お風呂から上がると、私はキッドを探した。どこで休めばいいのかを訊ねたかったということもあるけれど、今の私はこの船のどこであろうとも、居場所があるだけでありがたい。この船の中なら、たとえ隅っこの床の上でも、キングサイズのベッドのようだ。


 それはいいとして、私にはもう一つ、キッドに大切な用があった。


 お礼を言いたい。みんなのこと……。


 奴隷にされそうな女性たちや、奴隷として買われていった人たちを助けてくれたこと。


 キッドの指示だったはずだ。だって、彼が船長なのだから。


 初めて見たときはおどろおどろしいと思っていたヴィクトリアパンク号の中を、我が家のように歩き回る。けれど、どこを探してもキッドはいないので、私は、ううんと唸り声をあげた。


 中にいないってことは……外かな。


 そんなふうに考えて、私は甲板へ続く扉のほうへ向かった。


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