Another WORLD-8

 眼前に現れたその船の大きさと不穏さに、私は息を呑んだ。まず最初に目についたのは、がぱりと大きく口を開けた、死んだ魚のような装飾だった。船体を支えるように船の底部分から肋骨が伸びていて、死して尚、辱めを受けているような、私からすれば趣味のいいとは決していえないデザイン。けれど、海賊船のデザインとしては、これが〈正解〉にも思えた。


 潮風に煽られて、帆が膨らんだりへこんだりする。そのコミカルな動きのせいで、彼とお揃いの髪色をした海賊マークが笑っているように見えた。ばたばたと風になびくその笑い声が、歓迎なのか、嘲笑なのか、今の私にはわからなかった。


「来い」


 放心して立ち止まった私の体を、キッドは力任せに引いた。柔らかな砂浜によろめきながら、なんとか足を前へ前へと動かす。


 引きずられながら、私はキッドの横顔を見上げた。


 別人のようだった。あの頃のキッドとはもう、似ても似つかない。もしも、手配書を見ていなかったら――私は、彼がキッドだと、果たして気付けていただろうか。少し冷静になって考えてみれば、それは難しいような気がした。


 船に近付けば近付くほど、その大きさに圧倒される。私を買った海賊団の船をじっくりと見たわけではなかったが、あの船よりもおそらく五倍は優に大きい。


 船体に、縄梯子がかけられている。この高さの船の縄梯子としては些か頼りのない、細く、古びた縄。登っている自分を想像しただけで、脚が小刻みに震え始める。登っていける気がしない。


 カオを蒼ざめさせていると、キッドがおもむろに私の脇腹を抱え込んだ。


 悲鳴を上げる間もなく、私の体はキッドと共にふわりと浮き上がった。キッドがジャンプをしたのだ。内臓が、ひゅんと体の中を移動する感覚。子どもの頃に乗った、ジェットコースターの感覚を思い出した。


 着地の気配がして、目を開ける。視界に飛び込んできたのは、数人の海賊たちだった。


「なんだ? それは」


 この中の、誰かから発せられた声。どこからの声なのか、一瞬わからなかった。


 それがわかったのは、キッドがその人の方向へ向き直ったからだった。


 キッドが答える。


「拾いモンだ」

「拾いもの? またおまえは……」
 金色の、ボリュームのある長い髪を揺らして、その仮面の海賊は首を横に振った。どうやら、呆れているらしい。ため息を漏らした口元が隠れているから、彼が喋ったことに気付けなかったのだ。


 キッドは、彼の非難の声を無視して、船内へと続く扉のほうへ歩いていった。もちろん、私を引きずりながら。


 半開きの扉を蹴るようにして開けると、薄暗い廊下を歩いていく。廊下にも海賊が数人いて、皆一様にキッドと私を不可思議そうに交互に見遣っている。


 廊下を歩いているあいだ、キッドは無言だった。赤い瞳と唇を、ただ前方へ向けている。


 キッドが無言なのに、私がべらべらと喋れるはずもない。聞きたいことも、話したいこともたくさんあったけれど、今は呼吸と共にすべて飲み込んだ。


 ある扉の前で、キッドが立ち止まる。今度は蹴ることなく、きちんとドアノブを掴んで開けた。


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