Another WORLD-2

 十時にオープンするこのお店は、十一時半から十三時半までの二時間がランチタイムで一番忙しい。お客さんでごった返しているホールを行ったり来たりしていると、まばたきと同じくらいのスピードで時間が過ぎていく。


 十四時を迎えたあたりでようやく客足が途絶える。一旦店をクローズすると、コックが作ってくれた賄いを全員で食べ始めた。


「今日も疲れたー!」

「っていうか、あの人また来たね!」

「あーいたいた! 〈オリーブオイルぬきで女〉!」

「なのにどうしていつもペペロンチーノ頼むんだろ」

「他の食べればいいじゃんねー。オーダーする時コックに頼むの気まずいんだからさー」


 賄いのハンバーグを食べながら少し変わった常連の客の話で盛り上がる。


 ペペロンチーノを頼むくせにオリーブオイルをぬいてほしいと頼む女性のことも、決して高価ではない食器を鑑定士のように手に取ってまじまじと見ていく老人のことも、それを休憩中にみんなで話題にあげることも、私はもちろん覚えている。仕事の手順やメニューのことだって、何を訊かれたって即座に答えられた。


 正直、朝までは違和感を引きずっていた感覚はあったが、夢中で身体を動かしていたらその感覚もすっかりなくなってしまっていた。


「そういえば! 今朝の新聞と言えば……」


 いつのまに新聞の話題に切り替わっていたのだろう。会話についていこうと、私は意識をみんなの方へと戻した。


「じゃーん!」


 仕事仲間のうち一番明るくてお調子者の男の子が、みんなに向けて紙の束を向ける。それを見たみんなが、わっ、と歓喜の声を上げた。


「今日の新聞に入ってた手配書だ!」

「しかも……えっ! 全員分ある!」

「すごい! これどうやって手に入れたのっ?」


 みんなが驚くのも無理はない。不定期で新聞に挟まれてやってくるこの〈手配書〉は、子どもたちが見る前に大抵大人たちが隠してしまう。かくいう私の親も、いつも寂しそうな悲しそうなカオをして、それをそっと引き出しの奥へしまっていた。


「ロー様かっこいい!」

「ルフィくんかわいい!」

「いやいや、やっぱり海賊狩りのゾロだろ」


 手配書をかわるがわる手にしながら、みんなが口々にそう言う。


 海賊の中で今圧倒的に人気なのは、〈最悪の世代〉と呼ばれる海賊たちだった。人の目を気にせず、自分たちの生きたいように自由に生きる――そんな意識が色濃い彼らは、あっというまに若者たちの人気者になった。彼らの生き方そのものが憧れ――そういうことなのだろう。


 すると、手配書を持ってきた男の子が、得意げなカオで一枚の手配書を胸の前で広げる。


 その手配書を見て、私は大げさではなく、息が止まった。


「出たー! 我らが故郷の星!」

「ユースタス“キャプテン”キッド!」

「すげェ……! 懸賞金三億一千五百万ベリー……!」

「でも、ちょっと怖いよね……」

「バッカだな。そこがいいんじゃんかっ」


 貸して貸して、私もおれも、と、みんながその一枚に群がる。


 ひとり微動だにできずにいる私に、みんなは羨望の眼差しを向けてきた。


「いいよなー***は! この〈最悪の世代〉と友だちなんてさっ」

「友だちどころか、昔はずっと一緒にいたもんね!」

「***がいじめられてると、必ずキッドくんが飛んでいってさー」

「そのスピードの速いのなんの!」


 みんなが思い出話に花を咲かせても、私は曖昧な笑顔を返すしかできなかった。
 




 キッドと私は、いわゆる幼なじみという関係だった。生まれた病院が同じで、家も隣同士。年齢も同じだったので、なんとなく私はキッドによく話しかけていた。キッドはやんちゃ坊主の代表みたいな男の子で、しょっちゅう怪我をするから、なんとなくいつも気にかけていたんだと思う。


 ある時からキッドは、***の番犬などと呼ばれ始めた。私の身に何かがあると、決まってキッドが駆けつけてくれる。年上の怖いガラの悪い男たちに絡まれた時だって、キッドはほんの少しも怯むことなく立ち向かっていった。


 いつだってキッドは、私を守ってくれていた。そばにいてくれていた――キッドが海賊になるまでは。


 はっと我に返る。考え事をしていたから、私は無意識に暗い方の道で帰ってしまっていた。


 お店が建ち並んでいる明るい道まで戻ろうか――そう考えて後ろを振り向いたけれど、思いの外結構歩みを進めてしまっていたみたいで、街灯が星屑のようにぼんやりと見えているだけだった。


 大丈夫、早足で帰ろう――そう考えて、私は暗い小道を進んでいった。


 まさかこの時の判断が、私の人生を大きく変えてしまうなんて――この時はまだ思いもしなかった。


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