不毛な恋の終わらせ方

 不毛な恋を終わらせる方法の一つとしてよくあげられるのが、〈新しい恋をする〉という方法だ。


 世の中には男性がごまんといて、言わずもがなその中には素晴らしい内面を持った人もたくさんいる。今の自分に合う人柄の人も。


 きちんと相手を知り、自分を知ってもらえば、立派に恋愛関係として成り立つ。少なくとも、叶う見込みのない不毛な恋をしているよりは、実りのある恋愛になり得るのではないだろうか。


 ――と、約三秒ほどの時間を要して、私はそんなことを考えていた。


「あの……***ちゃん? おれの話聞いてた?」

「え、えっ、あっ、は、はいっ」


 手放しかけていた意識をはっと引き戻して、私は慌てて背筋を伸ばした。


 すると、目の前の男子生徒は、「それで、どうかな?」と、再び私にそう訊ねてきた。


 告白をされた。いや、現在進行形で、されている。


 隣の隣のクラスの男子生徒に、帰り際に声をかけられて、連れられるがまま校舎裏までやってきた。


 すると彼は、簡単な自己紹介の後、「実は、前からかわいいなと思ってて」と、そう切り出したのだ。


 告白なんて、したこともなければされたこともない。私は頭の中が真っ白になって、それから冒頭の考察に至ったのだった。


 私はこめかみのあたりを掻きながら、「実は」と切り出した。


「私、今……好きな人がいて……」


 まさか、嘘をつくわけにもいかない。私は正直にそう答えた。


 それを聞いた男子生徒は、「えっ」ともらした。これで終わりかと思いきや、彼は数秒の沈黙の後、「付き合ってるの?」と食い下がってきた。


「いやっ、付き合っては……」

「告白は? 振られたりとか」

「いや、それも、まだ……」

「するつもりは?」

「……今のところは」


 ない、と、小さな声で私が言うと、男子生徒はにっこりと笑った。


「じゃあ、それでもいいよ」

「え?」

「好きな人、いてもいい。それでもいいから、付き合いたい」


 私はあぜんとした。まさか、そうくるとは思わなかった。どうしてそうまでして、と思う反面、そこまで言ってもらえて、うれしさを感じたのも事実だった。が――。


「いや、さすがにそれは……悪いですし……」

「付き合ってみて、もしかしたらおれの方がいいかもってなるかもしれないでしょ?」

「は、はァ……」

「おれのこと、ちゃんと知ってから、判断してもらいたいんだ」


 完全に思考のキャパシティを超えた。どう答えて良いか分からず、私は黙りこくってしまった。


 すると彼は、私の目の前でピースサインをした。そして、


「とりあえず、二ヶ月。二ヶ月だけでいいから、付き合ってみてよ。二ヶ月後、やっぱりソイツの方が好きだったら、その時はおれもあきらめるから」


 そう言われて、私はつい首をタテに振ってしまっていた。





 彼氏ができた。実感はない。


 あの後、とりあえず連絡先を交換して、何度かメッセージのやり取りをした。


 彼の文章の中には、「かわいい」や「好きだよ」の文字が羅列し、それを見るたびに私の胸の中はむず痒くなる。


 これが、男女異性交遊か――。そんなことを考えつつ、「おやすみなさい」でメッセージのやり取りを締めくくると、私はスマートフォンを閉じた。


 ベッドの上に仰向けになって、ぼんやりと天井を見上げる。


 ……キッドも、彼女とメールとかするんだろうか。


 「好きだよ」とか「かわいいよ」とか。彼女には、言うんだろうか。


 まったくもって、想像がつかな――。


 そこまで考えて、はっとする。私は激しくかぶりを振った。


 ダメダメ! キッドのこと考えちゃ! 彼に失礼じゃない!


 私は体を起こすと、再びスマートフォンを手にした。そして、メッセージアプリを開くと、


『好きになってくれてありがとう。よろしくお願いします。』


 と、彼にそうメッセージを送信した。


 再び布団に身を沈めて、考える。


 長い片思いを終わらせる時が、ついに来たのかもしれない――。





 それから二週間。彼とは、放課後や休日に外で待ち合わせて会うことが多かった。


 周りに冷やかされるのが照れくさいという理由で、校内で話をするのは控えようと、彼が提案してきたのだ。


 私にとってみても、その提案は有り難かった。初めてのお付き合いだったので、周りから好奇の目で見られたらと、不安だったからだ。


 二週間目の週末。映画を観に行った帰りに、彼は私を家の前まで送ってくれた。


 映画の感想を言い合っていても、その時の彼はどこか上の空で、私が「どうしたの?」と聞いても、「なんでもない」と言うばかりだった。


 そして、家の前で別れる直前、その理由が分かった。


 「じゃあ」と別れを告げようと、彼を見上げた瞬間、彼のカオがもう目の前に迫っていた。


 言葉を発する間も避ける間も無く、私は目を見開いたまま、ただただその流れを見ていた。


 そしてそのまま、二人の唇が触れ――。


 ガチャッ。


 突然、隣家からそんな音が聞こえてきて、私も彼も、ぱっと体を離した。


 隣家の玄関から出てきたキッドが、私と彼の姿を見て、尖った赤い目をまるくした。


 彼はまず、私の隣の家からキッドが出てきたことに、大層驚いたようだった。


 けれどすぐに、慌てたように「じゃあ」と言って、去っていった。


「……」

「……」


 取り残された私とキッドは、なぜかしばらくそのまま立ち尽くした。


 先に動き出したのは、キッドの方だった。彼は長い脚で数歩歩くと、庭に停めてあるバイクに跨ってキーを差した。


 私は軽く頭を下げてから、足早に自宅の玄関へ向かった。


 すると、玄関の扉を開ける前に、「男か」と背中の方から聞こえた。


「はっ、はいっ?」


 振り向くと、キッドの赤い瞳が、まっすぐに私を見ていた。


 思わず、呼吸を忘れてしまった。


「……あれ、おまえの男か」

「えっ、あ……」

「……」

「……うん」

「……」


 キッドは私から視線を外すと、「へェ」とだけ言って、エンジンを轟かせた。そしてそのまま、颯爽とバイクで立ち去っていった。


 それを無心で見送ると、私はようやく玄関の扉を開けた。


 家の中へ滑り込んで、後ろ手に扉と鍵を閉める。


 その瞬間、私は泣いていた。


 何の涙か分からない。なのに、ぼたぼたと、堰を切ったようにあふれ出した。


 好きな人ってすごい。好きな人って怖い。


 あんな、たった一瞬で――心、持っていくんだから。


「ファーストキスだったのに……吹っ飛んじゃったじゃん……っ、どうしてくれる……」


 袖口で涙を拭いながら、私は自分の浅はかさを呪ったのだった。


不毛な恋のわらせ方


 そんなものは、ありませんでした。


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