08

「エースさん、今日は絶対にここから出ないでくださいね?」

「わかったわかった」


 玄関先で、私はそう力強く念を押した。


「じっとしてられない気持ちは分かりますけど……」

「だーいじょうぶだって! 信用ねェなァ」


 公園での前科がある。あまりそのへんは信用できない。


「分かりました。じゃあ行ってきますね、エースさ」

「エース」

「え?」

「エースでいい。***」


 うっ。その笑顔、反則。


「あっ、はっ、はい」

「敬語もいらねェ」

「え? あっ、は……じゃなくて。うん、わかった……エ、エース」


 どもりながらそう答えると、満足したようにエースは笑った。


「よしっ! 気をつけてな! ***!」


 ポンポンと、頭を優しく叩かれる。


 女子は一様に頭ポンポンに弱いというのが持論だ。


「い、行ってきます」


 なんだかむず痒いような気持ちになりながら、私は自宅をあとにした。





 会社に着くと、昨日の早退を心配されて良心が痛んだ。


 今日は真面目に頑張らなきゃ。


 私は昨日とは打って変わって職務に没頭した。





 お昼休みになって同僚にランチに誘われたが、今日はお断りした。少し状況を整理したかったからだ。


 エースが言っていた単語を、ひとつずつパソコンで検索してみる。


『グランドライン』

『イーストブルー』

『白ひげ海賊団』

『ひけんのエース』


 しかしどれを検索しても、検索間違ってませんか的な画面に辿り着いてしまう。


 いろいろ変換を変えて検索してみても、結果は同じだった。


「はァ……」


 椅子の背もたれに大きく寄りかかって、溜め息をついた。


 よし、いろんな可能性を考えてみよう。


 デスクの上にあった紙切れに、思いついたことを書いていく。


『エース外国人説』


 うーん。たしかに、顔立ちは日本人離れしてるよなァ。彫りも深いし。日本を知らないみたいだし。


 でも日本語を話してるんだよなァ。


 片言っぽいならまだしも、それはもうすらすらと。


 他の言葉が話せるのか聞いてみたけど、話せないって言ってたし。


 もっとよくわからないのは、エースは日本語が読めない。


 レストランのメニューも写真で選んだって言ってた。


 じゃあ見覚えのある文字は? と聞いたら、うちにあった洋画のDVDの背表紙を指さして、これなら読めると言ったのだ。


 それは英語だった。


 もうめちゃくちゃだ。


 それに……。


 財布から一枚、お札を出す。


 しかし、それには諭吉も英世もいない。


 書いてあるのは、アルファベットのBを崩したような絵。


 昨日エースから預かったものだ。エースはこれをお金だと言った。どうやら単位はベリーというらしい。


 先ほど一緒に検索してみたが、こんなお札が使われている国はない。


 しかも、エースは島のどこでもこの通貨が通用すると言っていた。


 船で旅をするくらいだから、そんなに狭い範囲を旅しているわけがない。


 でも国によって通貨は違うし、ましてやこんな見たこともないお金が万国で通用するはずがないのだ。もちろん日本も無理。


 それにいくら世界広しといえど、イーストブルーやらウエストブルーやらで海が4つに分かれている国なんて聞いたことがない。


 グランドラインなんていう海も存在しない。


 どうも『エース外国人説』は無理があるんだよなァ。


 紙切れに書いたその7文字に、横線を引いた。


 あとは……。


『エース空想を話している説』


 ……これはないと思う。多分、エースは嘘をついてない。


 万が一、嘘のつもりもなく空想を話しているにしても、詳細がしっかりしていてぶれがない。


 ほんとにありのまま、自分が経験してきたことを話しているに違いない。


 私はすぐにその結論に至り、迷うことなく線を引いた。


 あと考えられるのは……。


 実はひとつだけ、これらを矛盾なく説明できる説がある。


 エースと出会ってから、何度もそうなんじゃないかと感じていた。


 でも、それはあまりにも現実離れしすぎている。


 その思考に辿り着くたびに、必死で首を横に振ってきたけど。もしかしたらその疑問に、真正面から向き合うべきなのかもしれない。


 私は、ペンを走らせた。


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