07

 ピピピッ。


 音量5にしている携帯電話のアラームが、けたたましく鳴った。


 ほぼ無意識に近い状態で音源を探しあて、アラームを止める。


 スヌーズ機能にしてあるから、また10分後に起こしてくれるだろう。


 そんなことを考えながら二度寝をしようと体制を180度変えたとき、それは目に入った。


 ……。


 ……あれ。


 何あれ。誰あれ。


 目の前の綺麗な寝顔に心の中でそう問い掛けてみても、無論、相手は答えてくれない。


 返ってくるのは、規則正しい寝息だけだ。


 まっ、まさか私っ、酔った勢いで……!


 いや、私に限ってそれはない。


 自分で言うのもなんだが、身持ちは固い方だ。鉄のパンツ履いてるんだから。


 そういうのは好きな人とするもんです。


 ……いや、そうじゃなくて。


 あれ、なんかどっかで見たな。知ってるな、この人。


 だれだっけだれだっけだれだっ、


 ……あ。


思い出した。


 ひけんのエースさんだ。そうだそうだ。


 ぐっすり寝たからちょっと寝惚けちゃったよ。あはははっ。


 ……ダメじゃない?私。


 たしかに悪い人ではなさそうだけど。


 仮にもまったく知らない人、しかも男性を泊めて、のんきにぐーすか寝てるなんて。鉄のパンツが聞いて呆れる。


 念のため服を見直してみたけど、特に異変はない。


 再びエースさんに視線を戻した。


 よほど疲れているのか、死んだように眠っている。


 昨日あれからまたいろいろと話を聞いたが、やはりどれもこれも空想だと思ってしまうような内容ばかりで。


 それを信じろというほうが、おそらく無理な話だ。


 ……でも。


 目の前の、あどけない寝顔を見つめた。


 エースさんを起こさないように、そっとベッドから出る。


 もちろん、一緒には寝てない。エースさんには客人用の布団に寝てもらった。布団あって良かった。


 とりあえず、会社に行かなきゃ。


 私は手短に支度を済ませ、朝食を作った。エースさんも起きたら食べるだろう。


 今日いろいろ買ってこなきゃな。


 食材と、日用品と……あと下着もあったほうがいいよね。


 え、下着? 私が買うの?


 そんなことを考えていたら、小さな唸り声が聞こえた。


「……***?」

「あ、エースさん起きました? おはようございます。朝ご飯食べませんか?」


 そう問い掛けると、寝惚けたカオでコクリと頷いた。


 ピョンッとはねた寝癖がかわいくて、思わず笑ってしまった。





「とりあえず私は会社に行ってきます」


 こんがりトーストされたパンをかじりながら、私はエースさんにそう告げた。


「かいしゃってなんだ?」


 相変わらずエースさんは、話すときもご飯を食べることを休まない。今日はパンくずが散乱している。


「か、会社? ど、どう説明したら……あの、私は働いてまして」

「そうか、***は働いてるのか」


 偉いな、と、エースさんは感心したようにうんうんと頷いた。


「エースさん、明日海に行ってみませんか?」

「海?」


 よほど海に愛着があるのか、寝惚け眼だった目がいっきに輝きを増す。


「はい。もしかしたら乗ってた船あるかもしれないし……今のところそれくらいしか思い付かなくて。私明日明後日休みなんで」

「……」

「……エースさん? どうかしました?」

「……昨日」

「え?」

「昨日、街中を歩きながら仲間を探した」

「……」

「もしかしたら、もう島に着いてて……おれ、寝惚けてここに上がりこんじまったのかもしれねェって思って」


 ポツリポツリと語るエースさんの声が、少しずつ小さくなっていく。


「でも、仲間は一人もいねェし……街のヤツらに聞いても、白い目で見られて……だれもなにも答えてくれなかった」

「……」

「そのうち自分でもおれがおかしいのかとか考えちまって……不安だったんだ」

「……エースさん」


 ……どうしよう。なんて声を掛けてあげたら。


 それほどまでに、エースさんの声は弱々しかった。


「……***」


 突然名前を呼ばれて、慌ててカオを上げる。


「おまえはおれの話……信じてくれるのか?」


 綺麗な黒い瞳が、不安で滲んでいる。


 私は、しばらく言葉を詰まらせてから、口を開いた。


「正直……エースさんの話の内容はまだ信じられません」


 私のその言葉に、エースさんが俯いて、長いまつげが揺れる。


「……でも」

「?」

「エースさんのことは信じます」


 真っ直ぐ見つめて、そう答えた。


 嘘ではない。出会ってまだ三日くらいだし、いきなり家にいた不審者だし、言ってることのほぼすべてが空想っぽいし、上半身裸だけど。


 それでも。


「***」

「はっ、はい」

「……ありがとう!」


 それでも、この太陽みたいな笑顔を信じたい。


 そう、強く思ったから。


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