05

 ぼんやりして仕事が進まなかったことをいいことに、具合が悪いと嘘をついて会社を早退した。


 良心が咎めたが、気になったままじゃミスもしちゃうし、却って迷惑かけちゃうしね、うん。と自分にひたすら言い聞かせた。


 エースさんを探そう。やっぱり、気になって仕方がない。


 あんなふうに出会ったのも、なにかの縁だし。


 どうなったのか見届けないで悶々と考えるのも気持ち悪いし。


 細かいことはもうあとで考えよう。


 それにしても……どこを探そうか。


 エースさんの話の中でやたら海やら船やら出てきたから、とりあえず海に向かってみよう。


 海に行くにはどうしたら……。


 ああでもないこうでもないと考えながら早足で歩いていると、通りかかったレストランの前に人だかりができていた。


『なにあれ。死んでるの?』

『それにしてもなんであんな状態で……毒でも盛られたのか?』

『うそやだ、殺人?』

『っていうか、どうして上半身裸なの?』


 構わず通り過ぎようとした時に、そんな通行人の会話が聞こえてきた。


 ……聞き捨てならないキーワードが聞こえたんだけど。


 ……上半身裸?


 慌てて黒だかりの人を掻き分けて中を覗いた。


 オレンジのハットに、癖のある黒い髪。そして、背中の不敵に笑う刺青。


 間違いない。昨日の夜、見送った背中だ。


 私は慌ててレストランの中へ走った。


「エースさん!」


 エースさんは両手にフォークとナイフを持ったまま、ハンバーグの乗った皿にカオを突っ込んでいた。


「エース……さん?」


 身体を揺すってみるが、ピクリともしない。


「お、お知り合いの方ですか?」

「え、あ、ええっと、ま、まァ……」


 店長さんらしき中年の男性が、かなり狼狽えながらそう問い掛けてきた。


「め、召し上がっている最中に突然このような状態になられて……お声をお掛けしても反応がないものですから……」


 レストランの中は、そんなエースさんの様子に騒然としていた。


 そして、こんな騒音の中でも、エースさんが動き出す気配はまったくない。


 ま、まさか、本当に、


 死


「うーん……」


 そこにいた全員の動きが止まって、エースさんに視線が集中する。


 すると、エースさんはむくりとカオを上げて、一言。


「あァ、寝ちまった」

「……え」


 えええええええっ!


 レストラン中が、そんな驚愕の叫び声で埋め尽くされる。


 ね、寝てた? 寝てたって言った?


 周りの人たちも、皆口を開けて唖然としている。


「んんん? あれっ、***じゃねェか! どうしたんだ? おまえもハンバーグ食いにきたのか?」


 そう言ってエースさんは、ソースまみれのカオでのんきにへらっと笑った。


「お、お客様、だ、大丈夫ですか?」


 先程の店長が、おそるおそるエースさんにそう声を掛ける。


「あァ、驚かせて悪いな。癖なんだ。食いながら寝るの」


 どんな癖! わからない! もうこの人わからない!


 周りの人たちも、店長さん同様、釈然としない様子で私たちを見ている。


 ま、まずい。


 もしかしたら警察とか来ちゃうかも。


 上半身裸だし言動怪しいし上半身裸だし……。


「す、すみません……! お騒がせしました! この人、極度の暑がりでっ、そのっ、それでたまにこうやって突然寝ちゃうんです……!」


 なにがそれでなんだ。まったく繋がっていない。


「さァ、エースさん! あとはうちでゆっくり休みましょう! 冷房ガンガンにしてきたんで!」

「今日そんな暑くねェだろ。大丈夫かおまえ」


 大丈夫かはそっちだ! 空気読んでくれ!


 居たたまれなくなり、即座に会計を済ませエースさんの腕を強引に引っ張って店を出た。


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