お別れバースデー---01.01.2012---
「そういえば、エースの誕生日っていつなの?」
夕食後、二人で茶碗を洗っている時に、ふと***がそんなことを尋ねてきた。
「おれの誕生日は1月1日だ。」
「へェ!すごい!縁起いいねェ!」
***は驚いたように目をまるくして、エースを見上げた。
「ははっ、……………たしかに縁起はいいな。」
「?……………エ、エース?どうかした?」
突然、トーンをおとしたエースに、***は少し不安げに眉を寄せる。
「ん?あァ、いや、悪ィ。なんでもねェ。」
「そ、そう?」
1月1日。
エースの誕生日という記念日と共に、母親の命日でもある。
そのため、エースはどこか、自分の誕生日を祝ってもらうことに罪悪感のようなものを感じていた。
「あ、か、海賊でもだれかの誕生日にはみんなでお祝いしたりするの?」
「あァ、する!うちの船は人数多いからなァ。ほぼ毎日だ!」
「へェ…!なんかおもしろそうだね。海賊船の誕生日会って。」
「おお、楽しいぞ!あァ、そういやこの前なんてな…」
そんな話をしながら、夜は更けていった。
―…‥
「おまたせ、エース!」
「おう、おつかれさん!よし、帰るか!」
「あ、エースごめん。私ちょっと寄りたいところあるんだけどいい?」
いつものように***を迎えにきたエースに、***はそんなことを口にした。
「寄りたいところ?べつに構わねェが…」
「ありがとう、すぐ終わるから!」
「?」
なぜか***はにこにこと笑みを浮かべながら、いつもの帰り道から少しそれた道を歩き出した。
―…‥
「エース、ちょっとここで待ってて!」
「あ、あァ…」
あるところまで来ると、***はそそくさと小走りして行ってしまった。
……………なんだ?
エースが不思議に思いながらしばらく待っていると、***が袋に入った大きめの箱を抱えて戻ってきた。
「おまたせ、エース!さ、帰ろう!」
「***、なんだ?その箱…」
「な、なんでもないよ!よし、行こう!」
そう言って慌てて歩き出した***に、エースは頭にはてなマークを浮かべながら、帰路についたのだった。
―…‥
「ふぅ、食った食った!今日もうまかった!」
「はい、お粗末さまでした。」
エースがいつものように後片付けをしようと立ち上がったところ、***が慌ててそれを止める。
「あっ…!ごめんエース!ちょっとそのまま待ってて!」
「へ?」
エースの答えも聞かず、***はそそくさとキッチンへ向かう。
……………なんか今日の***、落ち着かねェな。
どうしたんだ?
そんなことを考えていると、***があの例の箱を持って戻ってきた。
「はい、エース!」
「へ?」
「これ、エースに。」
突然、***はその箱をエースに差し出した。
「お、おれに?」
その問い掛けに、***はにこにこと笑いながらコクリと頷く。
……………なんだ?
エースは***に促されるがまま、箱に手を掛けた。
そこに入っていたのは…
「…………………ケーキ?」
その中には、かわいくデコレーションされたホールケーキが入っている。
そしてその上には…
『Happy Birthday Ace』と書かれたチョコレート。
エースはますます訳がわからなくなって、眉を寄せて***を見た。
「***、……………おれ今日誕生日じゃねェぞ?」
「うん、そうなんだけどね、」
そう言いながら、***はケーキと一緒に入っていたロウソクをケーキに刺していく。
「私、多分お祝いできないから、……………エースの誕生日。」
「……………あ…」
「1月はまだ先だし、それまではきっと……………エースいないでしょう?」
「…………………。」
それはそうだ。
そんなに長くは、こっちにいられない。
……………いては、いけない。
「でもさ、せっかく出会えたから、私もエースの誕生日お祝いしたいし。……………お礼も言いたくて。」
「礼?おれに?」
そう問うと、***は小さく首を振った。
「エースのお母さん。」
「お、おれのおふくろに…?」
目をまるくしたエースに、***はふわりと微笑んだ。
「『エースを生んでくれて、ありがとうございます』って。」
「……………***…」
「だれかの誕生日って、そんなふうに改めて思える日なんだよね、きっと。」
そう言って、***はとてもうれしそうに笑った。
「…………………。」
……………考えたこともなかった。
……………『ありがとう』なんて。
苦しめて悪かった、とか。
おれを生まなければ、死なずにすんだかもしれない、とか。
ただただ、
懺悔ばかりで。
そんなことを考えていると、ロウソクに火をつけ終わった***が室内を暗くする。
「な、なんかひとりで唄うのって恥ずかしいけど…」
そう照れたように笑うと、***はとても綺麗な声で、ハッピバースデートゥユーと唄い出した。
「ハッピバースデーディアエースー…ハッピバースデートゥユー…」
唄い終わると、***はエースの方へケーキを寄せる。
エースは少し戸惑いながら、思いきり息を吸いこむと、勢いよく吐き出した。
火がゆらゆらと揺れながら、そのかたちを失っていった。
「おめでとう、エース!」
ひとしきり拍手をしたあと、***の動きが、なぜかピタリと止まる。
「***?どうし、」
「……………エース、」
「え?」
「生まれてきてくれて、ありがとう。」
そう言って、ふわりと笑った***が、
とても、綺麗で。
…………………あァ、
おふくろに似てる。
そんなふうに、ふと思って、
エースは、会ったこともない母親と***を重ね合わせた。
「…………………。」
エースは、テンガロンハットを深くかぶり直した。
「エ、エース?」
「……………いや、……………***、」
エースは、俯いたまま、***を見ずにポツリと呟くように言った。
「…………………ありがとう。」
「……………エース…」
***は、うん、と小さく答えると、わざと大きく声を張り上げた。
「よし!じゃあケーキ食べよう!エース4分の3いけるよね!」
「……………おう!」
エースがいつものように笑うと、***もとてもうれしそうに笑いながらキッチンへ向かった。
『生まれてきてくれて、ありがとう。』
…………………もし、
もし、おふくろが生きていたら、
おふくろも、***と同じように、
そう言って、
笑ってくれただろうか。
楽しそうにケーキを切る***に目を向けると、エースは頬を緩めた。
これから、誕生日を迎えるたびに、
おれはきっと、おふくろと同じように、
***のことも、思い出すんだろうな。
…………………でも、
その頃には、
お別れバースデー
その頃には、もう、
君も、『思い出』のなか。 [ 35/35 ][*prev] [next#]
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