32

 それから、1ヶ月後。


「ウーロンハイおかわりっ!」


 ほどなくして運ばれてきたそれを、勢いよく煽る。


「ちょっと***ハイペースすぎじゃない? 大丈夫?」


 いつもの様子と違う私に、同僚が不安げに眉を寄せた。


「だーいじょうぶだって! これくらい」

「そう? ならいいけど……」


 いささか納得のいかない様子の同僚に気付かないフリをして、再びグラスに口をつける。


「しっかし最近***は付き合いいいよな!」

「そうよねェ、ちょっと前までなにかに理由をつけて断られてたしー」


 他の同僚たちが、口々にそう言った。


「はははっ、ごめんごめん。これからはまた声かけてよ」

「もちろんよ! やっぱり***がいないとつまんないもんねェ」

「でも大丈夫なの? そんなに出歩いてたらあのイケメン彼氏に怒られちゃうんじゃない?」

「……」


 その一言に、持っていたグラスをテーブルに置いて深く俯く。


「あ、あれ?」

「……***?」


 ただならぬ私のオーラに、同僚みんながしんと黙りこくった。


「ま、まさか、***、わ……別れちゃったの?」

「……」

「***……」

「……ぷっ。あはははっ!」


 突然笑い出した私を見て、みんなの目がまるくなる。


「なんてカオしてんの、みんな」

「***! だって!」

「そうだよ! いきなり黙るから!」


 ごめんごめんと、大げさに目尻を拭った。


「みんななんか勘違いしてるけど、あの人はそういうんじゃないの」

「ええっ? 彼氏じゃなかったの?」

「じゃあなんだよ?」


 あの日と同じように、矢継ぎ早にそう問われる。


「うーん、なんていうか……旅人? みたいな」

「はァ? なんだそれ?」


 私のその言葉に、みんな眉をしかめた。


「旅人って……やっぱりあの人、日本人じゃなかったの?」

「たしかに外国人ぽかった! 背も高かったしねー!」

「……まーいいじゃん、あの人のことは! もういないし」


 そう言いながら、私はついにグラスの中を空にした。


「え、もういないの?」

「……うん」

「自分の国に帰っちゃったってこと?」

「うん、まァ、そんなとこ。あっ、ウーロンハイくださーいっ!」

「なーんだ。ちょっと狙ってたのにー」


 そんな同僚の一言にみんな笑いながら、自然と話題は別のものにそれていった。





「なーに無理しちゃってんの?」

「え?」


 なんのことを言われているのか分からずに、私は目をまるくした。


 ふわふわと、頬にあたる生暖かい風が心地よい。


「旅人さんのことよ」

「……あァ」


 この子とは家の方向が同じなので、飲み会の帰りはだいたいいつも一緒に帰路につく。


 二人の手には、いつもは買わない高めの缶ビール。


 これもいつものお決まりだった。


「寂しいんでしょ?」

「うーん……そりゃ少しはね」


 そう答えながら、ビールをぐいっと流しこんだ。


「もう会えないの?」

「……難しいかな。……すごく遠いの」

「……そう」


 細かいことは、詮索しない。この子といて、居心地のいい理由のひとつだ。


「ほんとに生き生きしてたんだけどなー。近頃の***」

「ははっ。隣の席だと分かりやすいよね」

「隣じゃなくても分かりやすいわよ」


 すでに中身は空なのか、缶ビールを揺らしながら言った。


「……でも、これでよかったのかも」

「え?」

「私ね、困らせるようなこと言っちゃって」

「困らせるようなこと?」

「うん。……遠回しに、帰らないでみたいなことを言っちゃったんだ」

「……」

「もしかしたら、もっと長く一緒にいたら……もっと困らせるようなこと言っちゃってたかもしれない」

「***……」


 夜空を見ると、まるい月が浮かんでいる。


 あの日も、今日みたいに月が出てたな。


「もしさっ、もし、また会えたら……なんて言う?」


 黙りこんだ私を見かねたのか、少し明るめの声でそう問いかけてきた。


「もしまた会えたら……か」










 そんな日は、きっと来ない。










「そうだなァ。とりあえず、困らせるようなこと言ってごめんね、かなァ」

「うんうん、そっかそっか。あとは?」

「あと?」


 ……あとは、


「……野菜を切るときはもう少し力を抜くように」

「はァ? なにそれ!」


 そう言って、同僚は大笑いする。


「だってね、すごいんだよ! あの人が切ると、野菜の身がこんな小さくなっちゃって!」

「うそでしょうっ?」


 ジェスチャーでその様子を再現すると、よりいっそう大笑いされた。


「はははっ。でも、ま、あれだ! いい思い出になったよ! あんな人にはなかなか出会えないからね! 楽しかった!」


 小さく、乾いた笑いがもれる。


「楽しかったなー……」

「***……」


 俯きながらそう呟くと、思いっきり背中を叩かれた。


「いっだ!」

「元気出しな! よしっ! 明日は合コンに行こう! イイ男はあの星の数ほどいるんだよ!」


 そう叫んで、夜空の星を指さす。


「……うん、そうだね。……よし! 明日は合コンだっ!」

「おおっ、その意気よ! ***!」

「おおっ!」


 二人で大笑いしながら、暖かい明りのもれる道をゆらゆらと歩いていった。


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