26
カタカタと、一心不乱にパソコンのキーを叩いた。
「どうしたの、***。今日はいつもよりしゃかりきだね」
「ははっ、しゃかりきって。……たまにはね」
画面から目をそらさずに、私はそう受け答えた。
集中してないと、考えてしまう。
『おれ、多分もうじき帰る』
カタッ。
ついに、指が自然に止まってしまった。
……エースが、帰る。いなくなる。
会えなく、なる。
そこまで考えると、私の思考は完全に停止してしまった。
……ほんとかな。エースって、ほんとに異世界から来たのかな。
もしかしたら、違うかもしれない。そうだよ。だって、証拠があるわけじゃない。あくまで、私とエースの推論だもん。非現実的すぎるし。
もっと現実的な、なにか……。
たとえば、ほら。あれだ。
ええっと……。
どんなに考えても、ほかの可能性なんて思いつかなくて。
明らかに非現実的なのに、エースは異世界から来たという推論の方がしっくりきてしまう。
結局この日は、まったく仕事にならなくなってしまった。
*
会社を出ると、全速力で走った。
一秒も、惜しい。エースと会っていない時間が、もったいなさすぎる。
呼吸が苦しいのも忘れて、ただひたすら走った。
だけど、待ち合わせ場所に近付くにつれて、自然とスピードが落ちていく。
……いなかったら、どうしよう。
『もうじき帰る』
その「もうじき」が……今日だったら。
そう思ったら、完全に足が止まってしまった。
見るの、怖い。
もし、エースがいなかったら。
心臓が、ドクドクと嫌な音を立てている。
深呼吸をして、ゆっくりとカオを上げた。
「おう、***! 早かったな!」
「エース……」
「なんだよ、また走ってきたのか?」
息を切らした私を見て、エースはふわりと笑った。
「また今日はすげェ乱れだな。直してやるからじっとしと……おわっ!」
私は、思わずエースに抱きついていた。
よかった。いた。
エースが、いる。
ぎゅうっと、力をこめてエースの背中を抱く。
「***っ……! おまっ、おまえっ、どど、どうしたんだよっ……!」
そんな私の様子に、エースが明らかに動揺して狼狽えていた。
し、しまった……!
うれしくてつい!
ど、どどど、どうしよう! なんか言い訳を!
「ごっ、ごめん! な、なな、なんか、た……立ちくらみ!」
えええええっ! 無理! それは無理がある! こんなにがっつり抱きしめておいて!
しかも抱きついたままだし! なんかもう引っこみつかないんだけど……!
ほ、ほかになんか言い訳をっ、
「立ちくらみっ? だ、大丈夫か***! なんでだっ? そんなに忙しかったのかっ?」
エースは私の肩を支えるように抱くと、おろおろと慌てだした。
ええっ! し、信じた! 信じたよエース!
あんなに私に警戒心うんぬん言ってたくせに!
心配なんだけど! 海賊のくせに大丈夫なのエース! やっていけるのエース!
「たっ、大したことないの! ちょっと忙しくて、……そう! お昼ご飯食べてないやそういえば!」
「ほんとか! よし、すぐ帰るぞ! すぐ帰ってメシにしよう! あっ、おんぶするかっ?」
「えっ、だだ、大丈夫だよ! 歩ける歩ける!」
「そっ、そうか? よし、行こう!」
そう言って、エースは私の手をとった。
わっ、わわ……! 手……! エースと手つないでる……!
ドキドキしながら、先を行くエースの背中を見つめた。
いつか、いなくなる。
この手も、いずれは……。
大きくなっていくこの気持ちが、今にも溢れてしまいそうで。
なんだかとても怖くなって、つないだ手にそっと力をこめた。[ 26/35 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]