26

 カタカタと、一心不乱にパソコンのキーを叩いた。


「どうしたの、***。今日はいつもよりしゃかりきだね」

「ははっ、しゃかりきって。……たまにはね」


 画面から目をそらさずに、私はそう受け答えた。


 集中してないと、考えてしまう。










『おれ、多分もうじき帰る』










 カタッ。


 ついに、指が自然に止まってしまった。


 ……エースが、帰る。いなくなる。


 会えなく、なる。


 そこまで考えると、私の思考は完全に停止してしまった。


 ……ほんとかな。エースって、ほんとに異世界から来たのかな。


 もしかしたら、違うかもしれない。そうだよ。だって、証拠があるわけじゃない。あくまで、私とエースの推論だもん。非現実的すぎるし。


 もっと現実的な、なにか……。


 たとえば、ほら。あれだ。


 ええっと……。


 どんなに考えても、ほかの可能性なんて思いつかなくて。


 明らかに非現実的なのに、エースは異世界から来たという推論の方がしっくりきてしまう。


 結局この日は、まったく仕事にならなくなってしまった。





 会社を出ると、全速力で走った。


 一秒も、惜しい。エースと会っていない時間が、もったいなさすぎる。


 呼吸が苦しいのも忘れて、ただひたすら走った。


 だけど、待ち合わせ場所に近付くにつれて、自然とスピードが落ちていく。


 ……いなかったら、どうしよう。


『もうじき帰る』


 その「もうじき」が……今日だったら。


 そう思ったら、完全に足が止まってしまった。


 見るの、怖い。


 もし、エースがいなかったら。


 心臓が、ドクドクと嫌な音を立てている。


 深呼吸をして、ゆっくりとカオを上げた。










「おう、***! 早かったな!」

「エース……」

「なんだよ、また走ってきたのか?」


 息を切らした私を見て、エースはふわりと笑った。


「また今日はすげェ乱れだな。直してやるからじっとしと……おわっ!」


 私は、思わずエースに抱きついていた。


 よかった。いた。


 エースが、いる。


 ぎゅうっと、力をこめてエースの背中を抱く。


「***っ……! おまっ、おまえっ、どど、どうしたんだよっ……!」


 そんな私の様子に、エースが明らかに動揺して狼狽えていた。


 し、しまった……!


 うれしくてつい!


 ど、どどど、どうしよう! なんか言い訳を!


「ごっ、ごめん! な、なな、なんか、た……立ちくらみ!」


 えええええっ! 無理! それは無理がある! こんなにがっつり抱きしめておいて!


 しかも抱きついたままだし! なんかもう引っこみつかないんだけど……!


 ほ、ほかになんか言い訳をっ、


「立ちくらみっ? だ、大丈夫か***! なんでだっ? そんなに忙しかったのかっ?」


 エースは私の肩を支えるように抱くと、おろおろと慌てだした。


 ええっ! し、信じた! 信じたよエース!


 あんなに私に警戒心うんぬん言ってたくせに!


 心配なんだけど! 海賊のくせに大丈夫なのエース! やっていけるのエース!


「たっ、大したことないの! ちょっと忙しくて、……そう! お昼ご飯食べてないやそういえば!」

「ほんとか! よし、すぐ帰るぞ! すぐ帰ってメシにしよう! あっ、おんぶするかっ?」

「えっ、だだ、大丈夫だよ! 歩ける歩ける!」

「そっ、そうか? よし、行こう!」


 そう言って、エースは私の手をとった。


 わっ、わわ……! 手……! エースと手つないでる……!


 ドキドキしながら、先を行くエースの背中を見つめた。


 いつか、いなくなる。


 この手も、いずれは……。


 大きくなっていくこの気持ちが、今にも溢れてしまいそうで。


 なんだかとても怖くなって、つないだ手にそっと力をこめた。


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