25

「いいか、***。男はな、惚れた女じゃなくてもそういうコトができる」

「……」


 ただいま、朝の5時です。


「……エース、その話は今じゃなきゃダメかな。私あと1時間は眠れるんだけど」

「ダメだ」


 エースはきっぱりとそう言い切った。


 どうしちゃったのこの子。


「そもそもおまえには警戒心がなさすぎる! 不審な男を平気で拾う、その男と一つ屋根の下でぐーすか眠る……あげくその格好!」


 そう言って、私のパジャマを指さした。


「肌を出しすぎだっ! バカ者!」


 ええ……そんな今さら……。


「だ、大丈夫だよエース。私こう見えても意外としっかりしてるんだよ」

「……」


 そう言うと、エースが眉間にしわを寄せて私を睨んだ。


な、なぜ。


「とにかく! おまえは今日から長袖、長ズボンで過ごせ!」

「や、やだよ、暑い」

「ダメだ! それから、金輪際、男は拾わないこと!」

「……これから先、異世界の男性に出会うことはないと思うけど」

「わかんねェだろ。万が一がある」


 ないよ。どんな万が一。


「***」


 困り果てていると、突然、真面目な声で名前を呼ばれた。


「なっ、なに?」

「おれは、おまえが心配でならねェ」

「……え?」


 エースにまっすぐに見つめられて、息が苦しくなる。


「おまえは警戒心がないし、お人好しすぎる」

「……」

「……なんで、おれなんかの話を信じちまうんだよ」

「エース……」

「この世界に海賊はいねェけど、悪いヤツだっているんだろ? その時に、自分で身を守れるような女でいてほしいんだ、***には」

「……」

「おれは、いつまでもここにいられねェ」


 そう言うと、エースはゆっくりと目を伏せた。


「おれには、おまえを守れない」

「……」

「だから、おれは……」

「エース」


 大きな黒い瞳の奥に、弱々しく笑う私が映った。


「私は、エースだから拾ったんだよ」

「……」

「エースだから、信じたんだよ」

「……」

「だから、心配しなくても大丈夫」

「***……」


 エースは何かを耐えるように深く俯くと、自分の両頬を叩いた。


「エ、エース?」

「いや、なんでもねェ。……***」

「ん?」

「……ありがとう」

「……ははっ、エースってお礼言ってばっかり」

「違いねェ」


 そう言って、二人でカオを見合わせて笑い合った。


「よしっ! エース! 早起きしたし、朝ご飯たくさん作ろうか!」

「おおっ! それいいな!」


 狭いキッチンに、エースと二人して肩を並べた。


「でもさ、なんでわざわざ起こしてまで朝に話したの? ゆっくり話したいなら夜でもよかったのに」


 笑いながらエースに問い掛けると、思いもよらない答えが返ってきた。


「……おれ、多分もうじき帰る」

「……え?」

「いや、例によって根拠はねェんだけどよ」


 そう言って、エースは困ったように眉をハの字に寄せた。


「まァ、そう信じたいっていうのもある。いい加減帰らねェとな。だから言えるうちに言いてェことは言っておかねェとって思っ……***?」


 心が、ひやりとした。


 エースの直感はだいたい当たると、知っているからだ。


 え……ちょっと待って。


 ……もう? もう、帰っちゃうの?


 エース、


 ほんとに、いなくなっちゃうの……?


「***?」

「……あ」

「どうした? やっぱ眠いか?」

「う、ううん! 大丈夫」


 ……私、今何考えた?


 間違ってるよ。


『良かったね』

『早く帰れるといいね』


 ほら。


 早く言わないと。


「……エース」

「ん?」

「……良かったね。早く帰れるといいね」


 ちゃんと笑えてるかな。笑うって、こんなに難しかったっけ。


「……あァ、そうだな。ありがとう、***」


 そう言って、いつものように笑うエースが、なんだか今はとても哀しかった。


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