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「あっ、エース!」
「***っ!」
なんでっ?
いつもの待ち合わせ場所に行ったら、すでに***が待っていた。
仕事が終わったであろう時間から、まだ5分しか経っていない。
会社から待ち合わせ場所まで、10分はかかるって言ってたのに……。
その姿を見ると、髪は乱れて額にはうっすらと汗をかいている。化粧も崩れていた。
走ってきたんだ、きっと。昨日、おれがあんなこと言ったから……。
「運動不足だったから、ちょっと頑張って走ってみたよ」
そう言って、***は疲れたカオで笑った。
「……ごめん」
「へ? なんで? あ、遅れてってこと? でも、エースには10分かかるって言ってたし、もしかしたらもういるかなーくらいの軽い気持ちだったからいいんだよ」
だから気にしないで? と控えめにカオを覗かれる。
何してんだ、おれは。ほんとに。
エースは、***の髪に手を伸ばした。
そのまま抱き寄せたい気持ちをぐっとこらえて、髪の乱れを直してやる。
「ありがとう、***」
そう告げると、***は花がほころぶようにふわりと笑った。
なぜか、胸が痛くなって、呼吸が苦しくなる。
「エース、今日買いものして帰っていい? 冷蔵庫空っぽなんだ」
「あァ」
「今日なに食べたい?」
「……***が好きなもの」
「え?」
「今日は、***が好きなものを食べたい」
「え、いいの?」
ううんと、じゃあねー、と、***は真剣にメニューを考え始めた。
ああでもないこうでもないと唸る***の横顔を、エースはずっと見つめていた。
*
……何日経ったっけ。
窓から煌々と自分を照らす月を見上げながら、エースはぼんやりと考えた。
5日……いや、6日か。もっとかも。
いつのまにか、日を数えることを忘れてしまっていた。
帰りたいか帰りたくないかで問われたら、もちろん帰りたい。
オヤジのことも、仲間のことも気がかりだ。
……でも、
そこに、***はいない。
それを思うと、なんとも言えない気持ちになる。
……苦しくなる。
なんとなく***から離れたくなくて、***の眠るベッドに寄り掛かっていた。
昨日と同じように、***のまぶたに唇を寄せる。
昼間の情事の、繋がる瞬間より、
気持ちが高揚する。
少しだけ触れて、離れた。
薄く開かれた唇を指でなぞると、吐息が指に触れる。
あ、だめだ。止まんねェ。
息を殺して、
***の唇に、キスをした。
そのまま手を滑らせて、首筋、鎖骨、胸もとへ……。
触りたい、もっと。
首筋へ、カオを埋めようとした時だった。
「……う、ん」
***がそう唸り声をあげて、大きく身を捩った。
エースは我に返ると、弾かれたようにその手を引いた。
……おれ、今何しようとした?
昨日より抑え効かなくなってるじゃねェか。
ほんとにどうしたんだよ、おれ。昼間あんだけしたのに……。
『女ってね、だいたい分かるのよ。男に抱かれてるとき、…その人の心がどこにあるのか』
……もしかして。
おれは、女に触りたいんじゃなくて。
***に触りたいのか……?
……なんで?
エースは、***に視線を戻した。
だめだ。このままじゃ。早く、帰らないと。
なぜかはわからないけど、このままだと取り返しがつかないことになる気がする。
……帰れなくなる気がする。
身体じゃなくて、心が。
もう一度、帰れる手段をよく考えよう。
早く、離れなければ。
その気持ちとは裏腹に、エースは朝が来るまで***の寝顔を見つめていた。[ 24/35 ][*prev] [next#]
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