24

「あっ、エース!」

「***っ!」


 なんでっ?


 いつもの待ち合わせ場所に行ったら、すでに***が待っていた。


 仕事が終わったであろう時間から、まだ5分しか経っていない。


 会社から待ち合わせ場所まで、10分はかかるって言ってたのに……。


 その姿を見ると、髪は乱れて額にはうっすらと汗をかいている。化粧も崩れていた。


 走ってきたんだ、きっと。昨日、おれがあんなこと言ったから……。


「運動不足だったから、ちょっと頑張って走ってみたよ」


 そう言って、***は疲れたカオで笑った。


「……ごめん」

「へ? なんで? あ、遅れてってこと? でも、エースには10分かかるって言ってたし、もしかしたらもういるかなーくらいの軽い気持ちだったからいいんだよ」


 だから気にしないで? と控えめにカオを覗かれる。


 何してんだ、おれは。ほんとに。


 エースは、***の髪に手を伸ばした。


 そのまま抱き寄せたい気持ちをぐっとこらえて、髪の乱れを直してやる。


「ありがとう、***」


 そう告げると、***は花がほころぶようにふわりと笑った。


 なぜか、胸が痛くなって、呼吸が苦しくなる。


「エース、今日買いものして帰っていい? 冷蔵庫空っぽなんだ」

「あァ」

「今日なに食べたい?」

「……***が好きなもの」

「え?」

「今日は、***が好きなものを食べたい」

「え、いいの?」


 ううんと、じゃあねー、と、***は真剣にメニューを考え始めた。


 ああでもないこうでもないと唸る***の横顔を、エースはずっと見つめていた。





 ……何日経ったっけ。


 窓から煌々と自分を照らす月を見上げながら、エースはぼんやりと考えた。


 5日……いや、6日か。もっとかも。


 いつのまにか、日を数えることを忘れてしまっていた。


 帰りたいか帰りたくないかで問われたら、もちろん帰りたい。


 オヤジのことも、仲間のことも気がかりだ。


 ……でも、


そこに、***はいない。


 それを思うと、なんとも言えない気持ちになる。


 ……苦しくなる。


 なんとなく***から離れたくなくて、***の眠るベッドに寄り掛かっていた。


 昨日と同じように、***のまぶたに唇を寄せる。


 昼間の情事の、繋がる瞬間より、


 気持ちが高揚する。


 少しだけ触れて、離れた。


 薄く開かれた唇を指でなぞると、吐息が指に触れる。


 あ、だめだ。止まんねェ。


 息を殺して、


 ***の唇に、キスをした。


 そのまま手を滑らせて、首筋、鎖骨、胸もとへ……。


 触りたい、もっと。


 首筋へ、カオを埋めようとした時だった。


「……う、ん」


 ***がそう唸り声をあげて、大きく身を捩った。


 エースは我に返ると、弾かれたようにその手を引いた。


 ……おれ、今何しようとした?


 昨日より抑え効かなくなってるじゃねェか。


 ほんとにどうしたんだよ、おれ。昼間あんだけしたのに……。


『女ってね、だいたい分かるのよ。男に抱かれてるとき、…その人の心がどこにあるのか』


 ……もしかして。


 おれは、女に触りたいんじゃなくて。


 ***に触りたいのか……?


 ……なんで?


 エースは、***に視線を戻した。


 だめだ。このままじゃ。早く、帰らないと。


 なぜかはわからないけど、このままだと取り返しがつかないことになる気がする。


 ……帰れなくなる気がする。


 身体じゃなくて、心が。


 もう一度、帰れる手段をよく考えよう。


 早く、離れなければ。


 その気持ちとは裏腹に、エースは朝が来るまで***の寝顔を見つめていた。


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