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「お好きなものどうぞ?」


 メニューを手渡されると、エースはそのまま黙り込んだ。


 ……うーん。


「おまえは?」

「私は……ケーキセットにしようかしら」

「んじゃ、おれも同じヤツ」

「あら、遠慮しなくていいのよ?」


 あんなに大きくお腹鳴らしておいて、と、またくすくす笑われた。


「いいんだ。メシは***が作ってくれるから」

「あら、妬けるわね」


 なんとなく、こっちで食べるご飯は***の料理がいい。


 そう思ったら、自然と空腹が去っていった。


 ***のカオを思い浮かべると、今朝の出来事が思い出されて、エースは小さくため息をついた。


「どうしたの? 浮かないカオして。彼女とケンカでもしちゃった?」


 そう言って、女はからかうような笑みを浮かべた。


「……べつにそういうんじゃねェよ、***は」

「あら、恋人じゃないの?」


 じゃあなんなの? と訊ねられて、エースは首を傾げた。


 おれと***って、なんだ?


 友だちってわけでもねェし……。


「……***はおれの恩人だ。世話になってる」


 考えあぐねた結果、とりあえずありのままそう話してみた。


「そう。じゃああなたは、さしずめ***ちゃんのペットね」

「ペ……!」

 ペット。否定できない。


「で? ご主人様とケンカでもしたの?」

「……噛み付きそうになった」


 そう言うと、女は目をまるくしてから、声高らかに笑った。


「あなた、おもしろいこと言うのね」


 ますます気に入っちゃった、と付け足して、目を細めてほほえんだ。


 初めて会った時より、雰囲気が柔らかく感じる。からかうように笑われても、あまり悪い気はしなかった。


「噛み付いちゃえばいいじゃない」

「世話になってんだ。んなことできねェ」


 運ばれてきたケーキを頬張りながら、唇を尖らせてそう答えた。


「ふうん……じゃあ」


 あの時と同じように、上目遣いで誘うようにエースを見上げた。


「他のエサに噛み付いてみない?」


 どう? と、細い首を横に倒して唇に弧を描く。


「……」


 ……迷う。


 もともと、自分の欲求に対して正直なタイプは嫌いじゃない。自分もそうだから。


 見た目もかなりど真ん中で好みだ。


 いつもなら、迷うことはないだろう。


 ……でも。


 ***が頑張って働いてるときに、そういうことをするのはいささか気が引ける。


 いや、だからといってこのままでいても本当に***に手を出してしまうかもしれない。


 ……正直、抱きたい。


 いやでもやっぱり……うーん……。





 閉じられたカーテンから、オレンジの日が射し込んでいる。


 ……何時だ?


 エースはベッドから上半身を起こして、時計を探した。


「……何時?」


 すると、そのとなりから掠れた声で同じことを聞かれる。


「5時半だ……大丈夫か?」

「ええ、なんとか。私、途中で気を失ったのね」

「あァ。悪ィ、無理させた」

「ふふっ、ほんとに。でも……よかったわ」


 そう言って、女はエースの脇腹に舌を這わせながらキスをする。


 行為に及んでから、もう5時間近く経っていた。


 エースはベッドから出ると、床に散乱した服を拾った。


「あら、ご主人様のお迎え?」

「あァ」

「ふうん……ねェ」

「なんだ?」

「家出しちゃいなさいよ。私が拾ってあげる。あなた、ほんとに気に入ったわ」


 女はベッドから出ると、エースの広い背中を抱いた。


「こんなによかったの……初めて」


 だから、ね?


 そう囁いて、いやらしくエースの背を舌でなぞる。


「いや、いい」


 エースは、その細い手首を柔らかく掴んで、自身から引き離した。


 エースがあまりにもきっぱりと言い放ったため、女は不貞腐れたようなカオをした。


「あらそう、かわいくないのね」


 それでも、エースの答えを察していたのか、それ以上は詰め寄らなかった。


 途中で数を数えるのも忘れて、何度も交わった。


 これで、うっかり***に手ェ出しちまうこともなさそうだな。


 そんなことを考えて、エースは安堵の息をついた。


「ふふっ」

「……へ?」

「女ってね、だいたい分かるのよ。男に抱かれてるとき、その人の心がどこにあるのか」


 エースは、女のその言葉の意図が分からずに、首を傾げた。


「さっさとご主人様にオイタして、追い出されちゃいなさい?」


 そしたら私が拾ってあげる、と、背伸びをしてエースの唇にキスをした。


 エースは頭に?マークを浮かべたまま、女の家をあとにした。


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