23
「お好きなものどうぞ?」
メニューを手渡されると、エースはそのまま黙り込んだ。
……うーん。
「おまえは?」
「私は……ケーキセットにしようかしら」
「んじゃ、おれも同じヤツ」
「あら、遠慮しなくていいのよ?」
あんなに大きくお腹鳴らしておいて、と、またくすくす笑われた。
「いいんだ。メシは***が作ってくれるから」
「あら、妬けるわね」
なんとなく、こっちで食べるご飯は***の料理がいい。
そう思ったら、自然と空腹が去っていった。
***のカオを思い浮かべると、今朝の出来事が思い出されて、エースは小さくため息をついた。
「どうしたの? 浮かないカオして。彼女とケンカでもしちゃった?」
そう言って、女はからかうような笑みを浮かべた。
「……べつにそういうんじゃねェよ、***は」
「あら、恋人じゃないの?」
じゃあなんなの? と訊ねられて、エースは首を傾げた。
おれと***って、なんだ?
友だちってわけでもねェし……。
「……***はおれの恩人だ。世話になってる」
考えあぐねた結果、とりあえずありのままそう話してみた。
「そう。じゃああなたは、さしずめ***ちゃんのペットね」
「ペ……!」
ペット。否定できない。
「で? ご主人様とケンカでもしたの?」
「……噛み付きそうになった」
そう言うと、女は目をまるくしてから、声高らかに笑った。
「あなた、おもしろいこと言うのね」
ますます気に入っちゃった、と付け足して、目を細めてほほえんだ。
初めて会った時より、雰囲気が柔らかく感じる。からかうように笑われても、あまり悪い気はしなかった。
「噛み付いちゃえばいいじゃない」
「世話になってんだ。んなことできねェ」
運ばれてきたケーキを頬張りながら、唇を尖らせてそう答えた。
「ふうん……じゃあ」
あの時と同じように、上目遣いで誘うようにエースを見上げた。
「他のエサに噛み付いてみない?」
どう? と、細い首を横に倒して唇に弧を描く。
「……」
……迷う。
もともと、自分の欲求に対して正直なタイプは嫌いじゃない。自分もそうだから。
見た目もかなりど真ん中で好みだ。
いつもなら、迷うことはないだろう。
……でも。
***が頑張って働いてるときに、そういうことをするのはいささか気が引ける。
いや、だからといってこのままでいても本当に***に手を出してしまうかもしれない。
……正直、抱きたい。
いやでもやっぱり……うーん……。
*
閉じられたカーテンから、オレンジの日が射し込んでいる。
……何時だ?
エースはベッドから上半身を起こして、時計を探した。
「……何時?」
すると、そのとなりから掠れた声で同じことを聞かれる。
「5時半だ……大丈夫か?」
「ええ、なんとか。私、途中で気を失ったのね」
「あァ。悪ィ、無理させた」
「ふふっ、ほんとに。でも……よかったわ」
そう言って、女はエースの脇腹に舌を這わせながらキスをする。
行為に及んでから、もう5時間近く経っていた。
エースはベッドから出ると、床に散乱した服を拾った。
「あら、ご主人様のお迎え?」
「あァ」
「ふうん……ねェ」
「なんだ?」
「家出しちゃいなさいよ。私が拾ってあげる。あなた、ほんとに気に入ったわ」
女はベッドから出ると、エースの広い背中を抱いた。
「こんなによかったの……初めて」
だから、ね?
そう囁いて、いやらしくエースの背を舌でなぞる。
「いや、いい」
エースは、その細い手首を柔らかく掴んで、自身から引き離した。
エースがあまりにもきっぱりと言い放ったため、女は不貞腐れたようなカオをした。
「あらそう、かわいくないのね」
それでも、エースの答えを察していたのか、それ以上は詰め寄らなかった。
途中で数を数えるのも忘れて、何度も交わった。
これで、うっかり***に手ェ出しちまうこともなさそうだな。
そんなことを考えて、エースは安堵の息をついた。
「ふふっ」
「……へ?」
「女ってね、だいたい分かるのよ。男に抱かれてるとき、その人の心がどこにあるのか」
エースは、女のその言葉の意図が分からずに、首を傾げた。
「さっさとご主人様にオイタして、追い出されちゃいなさい?」
そしたら私が拾ってあげる、と、背伸びをしてエースの唇にキスをした。
エースは頭に?マークを浮かべたまま、女の家をあとにした。[ 23/35 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]