22

「おはよう、エース!」

「……おはよう」

「どうしたの? なんか疲れてない? 眠れなかったの?」

「……」


 眠れなかった。


「いや、大丈夫だ」


 そう? と言って、***はキッチンへ向かった。


 ……一睡もできなかった。


 ***がうーんだのはーんだの言って寝返りを打つたびに、***の体勢が気になって気になって……。


 気付いたら朝だった。


 ……なぜだ。


「エース、野菜切る?」


 キッチンからひょっこりとカオを出して、爽やかな笑顔で問いかけられた。


 エースはそれと真逆のカオで、こくりとだけ頷く。


 ***の横に立つと、***にカオを覗きこまれた。


「大丈夫? なんか顔が蒼白いよ?」


 心配そうに眉を寄せて、上目遣いでエースを見ている。


 ……かわいい。


 その表情と、見えそうで見えない胸もとに釘付けになってしまう。


「エース?」


 ……あ。


「あ、あァ、悪い。ほんとになんでもないんだ」


 心配させないように、いつもの笑顔でそう答えた。


 ***は安心したようにふわりとほほえむと、炒めていた食材に視線を戻した。


 その様子を、気付かれないように見つめる。


 ***って私服はあんま露出しねェけど、寝間着は大胆なんだよな。


 肉付きいいし。二の腕柔らかそー。


 ああ、触りてェ……。


「エース!」

「はいっ! ゴメンなさいっ!」


 バ、バレたっ?


「なにが?」

「……え?」

「野菜。切り終わったならちょうだい?」

「……あ」


 手元を見ると、野菜たちがすでに形を変えていた。


「あ、あァ、悪い」


 び、びっくりした……! 身体びくぅってなった。


 ***はというと、エースの切った具材をフライパンに入れている。


 どうやら不審には思われなかったらしい。エースはほっと息をついた。


 どうした、おれ。


 なんかおかしい。


 どうも***をエロい目で見てしまう。


 ついこのあいだまではそんなことなかったのに。


 しかし……マズイな。


 考えてることが昨日よりエスカレートしてる。


 今ちょっとでも気抜いたら、無意識に身体に触っちまいそうだ。


 エースは強く頭を振った。


 しっかりしろっ! おれっ!


 ***はダメだ。***だけは。


 こんなに世話になっといて恩を仇で返すわけにはいかねェんだ。


 気をしっかり持て! となりにいるこれはじゃがいもだ!


 いや、それはそれで失礼だが。


 とにかく女じゃないと思え!


 じゃがいもじゃがいもじゃがいもじゃがいもじゃがいもじゃがいもじゃがいもじゃがいもじゃがいもじゃがいもじゃが


 ……ん?


 違和感を感じてカオを上げると、***の冷たい手のひらがエースのおでこに当てられていた。


「エースやっぱりおかしくない? 熱はないみたいだけど……わっ」


 エースは、***の身体を引き寄せていた。


 柔らかい胸が、エースの腹に当たる。


「エっ、エースっ? どどどっ、どうしたのっ」

「わ、悪い!」


 エースは慌てて手を離した。


 ***の瞳が動揺で揺れている。


 しまった……! 触られたからつい……!


「ち、ちょっと立ちくらみしちまって……!」


 いやいや無理があるだろ、それは。


 あんなにしっかり抱きしめといて。


 マズイマズイ。他になんか言い訳を


「立ちくらみっ? 大丈夫っ? 無理しなくて良かったのに!」


 手伝わせてごめんね? と、***はおろおろしている。


 い、今の信じたのかっ? ダメだろおまえ!


「いや、大丈夫だ! ほんと! 実は腹減って死にそうなんだよ。メシ食えば治るから!」

「そうだったの? じゃあ早く食べよう!」


 そう言って、***は慌てて朝食をテーブルに並べ始めた。


 ……心配だ。激しく心配だ。このままじゃいつか騙されんぞ、コイツ。


 これはおれがいるうちになんとかしなければ。


 エースは固く心に誓って食卓についた。





 ***を送った後、エースは街をぶらついた。


 うーん、やっぱり最近女抱いてねェから溜まってるんだな。


 このままじゃダメだ。


 ***に危害が及ぶ前になんとかしないと。


 あっちの世界だったら、ナースの一人二人誘って処理するんだけどな。


 だれかテキトーに声かけるか。


 でもこの時間じゃ子連れの母ちゃんしかいねェ。


 人妻はダメだ。人のモノには手を出さない主義だ、こうみえても。


 こうなったらちょっと寂しいが、一人で処理を


「あら? あなた……」


 一人で悶々と考えこんでいたら、どこかで聞いた声がした。


「……あ」

「偶然ね、こんなところで」


 以前と同じ甘い匂いが鼻腔をくすぐる。


「ドウモ」


 ***を侮辱した女だ。あまりいいカオはできない。


「図書館で彼女さんを悪く言ったこと根に持ってるの?」


 綺麗な細い指で口許に触れて、くすくすと笑った。


 ……やっぱ好みだ。


「今日は一人?」

「あァ」

「ふうん……よかったらお茶でもしない?」


 おごるわよ? と言ってつやっぽく首をかしげた。


 冗談じゃない。


 だれがこんな失礼な女と。


 ぐうー。


「……」

「……」


 ……おれのバカ!


「ふふっ、おいしいイタリアンのお店、知ってるんだけど?」


 空腹に負けて、エースはお願いしますと頭を下げた。


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