20
終電に揺られて、お酒の染みこんだ頭でぼんやりと考える。
がっつり参加してしまった。
なるべく早く帰りたいという私の願いは、社長への接待(?)と同僚たちの尋問によってあえなく叶わぬ夢と化してしまった。
エース、ちゃんとご飯買えたかな。
一緒に買いものしたこともあるし多分大丈夫だったとは思うんだけど……。
席はガラガラだが、なんだか落ち着かなくて座る気になれない。
電車で20分のこの距離が、今日ほど長く感じたことはなかったかもしれない。
ドアが開いたのと同時に、ホームへダッシュした。
定期もしっかり手に握って、すぐに通せるようにしてある。
改札を出ると、私はふらふらの足取りで小走りした。
*
息を切らしながら家の前まで辿り着くと、ゆっくり鍵を回した。
「た、ただいまー……」
小さな声で、囁くように言ってみる。
室内は真っ暗だった。
寝ちゃったかな。
少しがっかりしたような気持ちになりながら中へ進んでいくと、月明かりに照らされる大きな背中が見えた。
ちょうど私に背を向けるかたちになっているため、エースの表情は見えない。
見えないけど、なんとなくわかる。
……怒ってらっしゃる。
「エ、エース? た、ただいま」
「……」
「お、起きてたんだね。ご飯ちゃんと買えた?」
「……」
「あ、あの、お、遅くなってごめんね? ちょ、ちょっといろいろあって」
「……」
無視してるエース! 無視されてる私!
え、なぜにっ? どうしよう! そんなに怒らせるようなことした?
「エ、エース?」
もしかして座ったまま寝てるのかと思ってカオを覗き込んだが、そうではなかった。
思いっきりカオをプイッてされた。
「エ、エース。な、なんか怒ってる?」
ドキドキしながら訊ねてみた。
だって、エースが怒るとか。あんまり予想がつかない。
いつも、太陽みたいに笑ってるのに。
「……遅ェ」
ようやく聞こえてきたその声は、地を這うように低い。
背中がひやりとした。
「あ、ご、ごめんね? ちょっといろいろあっ」
「おれとの約束の方が先だったのに」
「え、と……それもちょっといろいろあってね」
「迎え……行ったのに」
「……エース」
エースの声が、なんだか弱々しくて。胸を掴まれるように痛くなってしまった。
「***はなにも分かってねェ」
「……え?」
「おれは……いつ帰るかわかんねェんだぞ」
「……」
「ずっとここにいられるわけじゃねェんだ」
「……」
「いつか……会えなくなるんだぞ」
「エース……」
「そんな……そんな、いつでも会えるようなヤツらを優先すんじゃねェよ」
「……」
ああ、そうか。やっとわかった。エースの、最近の行動の理由が。
喉の奥が、熱くなっていくのがわかる。
溢れそうなそれを必死にこらえて、私はエースの前に座った。
「エース……ほんとにごめん」
エースに向かって、ぺこりと、丁寧に頭を下げた。
「それから……ありがとう」
そう言うと、エースがようやく私を視界にいれた。
「……ん」
エースが、微かに笑って短くそう頷く。
いつもの、太陽みたいな笑顔ではなかったけど、
なんだか、うれしくて。切なくて。
思わず、抱きしめてしまおうと、手を伸ばしかけた時だった。
ぐうー。
「……」
「……」
あれ。今のってまさか……。
「エース……もしかして、ご飯食べてないの?」
そう問うと、エースは罰が悪そうにカオを背けた。
「……なんか作るよ! なにがいい? エースの食べたいもの、なんでも作る!」
エースは拗ねたような目で私を見ると、すぐにそらして答えた。
「チャーハン。一番最初に食ったヤツ」
「うん、分かった! お肉多めでいっぱい作るね! ……一緒にやる?」
そう言うと、エースはこくっと頷いた。
二人で一緒にキッチンに立つ。
今まで感じた中で、一番暖かくて。
一番切ない気持ちになった。[ 20/35 ][*prev] [next#]
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