16

「***……***!」

「え? あ、エース……」

「ここもうそろそろ終わりじゃねェのか?」

「へ? ……あ」


 周りを見ると、皆帰り支度を始めている。


 館内には、閉館を知らせるアナウンスが流れていた。


 もうこんな時間か。気付かなかった。


 本を棚に戻して、エースと一緒に図書館をあとにした。





 あんまり収穫はなかったなァ。


 いっそ宇宙人を見たとか、幽体離脱をしたとか、はたまた河童を見たとか。


 異世界に行ったとか、そういう類いの話はなかったな。


 自然と溜め息がもれる。


 あ、そういえば最近この辺に大きな本屋ができたな。結構マイナーな本もあるって、友だちが絶賛してた。


 ……行ってみようかな。多分まだやってるよね。


「エース、ちょっと本屋さんに寄っていい?」

「本屋?」


 好奇心旺盛なエースのことだ。答えは分かりきっていたが、念のため了承を得ようとそう尋ねる。


 しかし、エースの答えは意外なものだった。


「うーん……今日はもういいよ、***」

「……へ?」


 予想に反したその言葉と低めの声に、私はわずかに動揺した。


 あれ? 疲れさせちゃったかな。


「エース、疲れちゃった?」

「いや? おれはべつに」


 おれはべつに? じゃあ、なんで。


 エースの横顔を覗きこむと、たしかに疲れは滲んでない。むしろ、なんだか機嫌良さげに見える。鼻唄なんか唄っちゃって。


「エース、なんかいいことでもあったの?」

「ん? ……あァ」


 エースは私を見下ろして、口の端を上げた。


「イイ女がいた」

「……はい?」


 そうですか。それは良かったですね。


「あ、エースの前に座ってた人でしょ? モデルさんみたいな」

「あァ、あれじゃねェ。あれよりもっとイイ女」

「……へェ」


 ……いたっけ、そんな人。


「***」

「え?」


 気付いたら、数歩後ろでエースが立ち止まっていた。


「エース? どうし」

「おれ、拾われたのがおまえで良かった」


 そう言って、エースはふわりと微笑んだ。


「……な、なに、い、いきなり、そ、そんな。ひ、拾ったって、ね、猫じゃあるまいし」


 だめだ。動揺が前面に出てる。どもりすぎて余計に恥ずかしい。


「はははっ、そりゃそうだ」


 エースは、立ち止まっていた私を追い越して歩いていく。


 ……どうしよう。カオのにやけが治まらない。


 周りの人にばれないように俯きながら、小走りでエースの横に並んだ。


「……エース」

「ん?」

「私も……拾ったのがエースで良かったよ」


 そう言うと、エースはくしゃっとカオを崩して笑った。


 目の前に並んだふたつの影が、なんだかいつもより近い気がして。


 私はまた、カオがにやけてしまった。





「***! なんかいいことでもあったの?」

「へ? な、なんで?」

「最近***、見るからに生き生きしてるもん! 彼氏できたんでしょ! ねェねェ!」


 となりの席の同僚に、ぐいぐいと詰め寄られる。


「そ、そんなんじゃないよ」

「ええ? ほんとにー?」

「ほんとほんと!」


 苦笑いしながらそう答えると、同僚は渋々引き下がった。


 彼氏、ねェ。


 エースのカオが浮かんで、慌てて首を振る。


 なに考えてるの。エースはこっちの世界の人じゃないんだから。いずれ帰っちゃうんだし。


 そうだよ、それにあっちに恋人がいるかもしれないんだし。


 あんなにカッコいいんだから恋人の一人や二人、いたっておかしくない。


 ……船に、女の子って乗ってんのかな。


 エースは海賊だから、ずっとその船に乗ってるわけでしょ? もし乗ってたら、一緒に暮らしてるようなもんだよね。


 ……いいなァ。うらやま、


 ……しくない! べつにうらやましくなんてないよ!


 大変だよ? エースと一緒に暮らすなんて。


 すっごい食べるしカギも掛けずに出掛けるしジッとしてられないし上半身裸だし。


 ……でも、楽しいだろうなァ。


 毎日エースと一緒……


 ……ってバカ!


「***、大丈夫? 百面相にも程があるんだけど」

「……ごめん」


 なんか疲れた。いっきに考えすぎた。


 ……あんまり、馴れ合うのも考えものかな。きっと、離れるとき辛くなる。


 どうしよう。


 たとえばこれが10年くらい続いて、10年後とかにいきなりいなくなられたら。もしくはそれ以上とか。


 それだけ一緒にいたら軽くもう夫婦だよね。


 あ、でもそんなに長い間帰れなかったらエースももうあきらめるかも。


 ……。


 なに考えてるんだ、私。最低だ。


 しっかりしなきゃ。エースの頼りは、私しかいないんだから。


 帰りにあの本屋さんに寄ってみよう。


 昨日は行けなかったし。


 自分の中の黒い感情を押し殺して、私は仕事を再開した。


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