14

 朝食を作りながら、ネックレスのことを考えていた。


 どういうことなんだろう。


 エースの世界では、『日本』が存在しないのに、エースは日本で作られたものを持っていた。


 それがなにを意味するのか


「***! まだか?」

「……うん。もうちょっと待ってね」


 なんて緊迫感のない人だ。本人もこうなら腹の虫も緊迫感がない。


 あんなに真面目な話をしていたのに、それはエースの腹の音で遮られた。


 っていうか、まだ5時前なのにお腹空くってどんだけ。


 朝食を作り終えてテーブルに戻ると、エースはネックレスを見つめていた。


「……できたよ、お待たせエース」

「おおっ! ありがとう!」


 ネックレスを丁寧にテーブルに置くと、エースは「いただきます」と手を合わせていつもの勢いでご飯を食べ始めた。


「そういえばエース、試してみたいことがあるって言ってなかったっけ?」


 そう言うと、ハムスターのように頬を膨らませたエースが私を見た。


「また同じような条件で、高いところから飛んでみたいんだ」

「飛ぶ?」

「ほら、おれがこっちに来たとき船の段差につまづいて落ちたって言っただろ?」

「あ……」


 そういえばそうだった。


「でけェ船だから、結構高さあるんだよ。だから同じくらいの高さから飛んで落っこちてみてェんだ」

「そっか。その時とまったく同じことをすれば、逆に今度はあっちに戻れるかもしれないってことか」


 そういうこと、とエースは頷いた。


「……なんで起こしたの?」

「?」

「いや、てっきり私になにかしてほしいことがあるんだと思ったんだけど」


 それを試すだけなら、エース一人でできる。


「だからしてもらっただろ?」

「? なにを?」


 そう言うと、エースは朝食を指さした。


「もし帰れたら、もう食えねェだろ? ***の飯」


 そう言って、口の端に食べかすをつけながら笑った。


「そ、そっか」

「そうだ」


 それに黙っていなくなったら感じ悪ィじゃねェか、とエースは付け足した。


 ……そっか。


 もしかしたら、これがエースとの最後の食卓になるかもしれないのか。


「……エース、おかわりいる?」

「いるっ!」


 嬉しそうに頬張るエースのカオを、気付かれないようにずっと見つめていた。





「だっ、大丈夫なの? エース」

「だァいじょうぶだって、これくらい」


 す、すごい高いんだけど……!


 朝食の後で、エースと私は比較的人通りの少ない土手にきていた。


 エースは川を望める橋の上から、のんきにひらひらと手を振る。


 早朝とはいえ、あんなところから飛ぼうとするところなんて、万が一誰かに見られたら通報されかねない。


 私はハラハラしながらも、顛末を見届けるため、橋から少し離れた川沿いでエースを見上げた。


「よしっ!」


 そう一息はくと、エースは橋の手すりにヒョイッと乗っかった。


 あっちの世界の人の身体能力ってどうなってるんだ。


 エースの手には、あのネックレスが握られている。


「行くぞ、***」

「う、うん」


 手が震える。


 エースは、勢いをつけて橋の上から飛んだ。


 とっさにカオを覆う。


 ……。


 ……ん?


 そっと目を開けると、目の前には見事に着地をしたエース。


「……」

「……」


 二人でカオを見合わせる。


「も、もう一回試してみたら?」

「……そうだな」


 それから何度もエースは試してみたが、結果は同じだった。


 そのうち人通りが多くなってきたので、やむなく実験は打ち切りとなった。





「……元気出して、エース」

「……あァ」


 見るからに気落ちしている。


 エースにしてみたら、これに賭けてたんだろう。すっかり朝の元気をなくしてしまっていた。


 そのカオを見て、申し訳ない気持ちになる。


 エースが帰れなくて、ほっとしてしまった自分がいたのだから。


 そんな自分が恥ずかしくなって、エースに負けないくらい俯いてしまった。


「……タイミングがあるのかもな」

「え?」


 カオを上げると、エースがいつものように笑って私を見ていた。


「考えてみたら、初めて***に会った日も窓から飛んだろ? あんときだってポケットにこのネックレスが入ってたんだ」

「あ……」


 そっか。うちは二階だから、この橋と同じくらいの高さがある。


 もしネックレスを持ったまま飛びこむだけで済むなら、その時エースは帰れてるはずだ。


「多分こっちとあっちが繋がる、なんつーか……空間みたいなのができてるときじゃないとダメなのかもな」

「……そうかもしれないね」


 考え込むようにまた俯いたら、背中をバシっと叩かれた。


「いだっ!」

「んなカオすんな! ***! 大丈夫だ、そのうち帰れっから!」


 そう笑いながら、尚も背中を叩き続ける。


 ……バカ。私がエースに気を遣わせてどうする。


「そうだね。またしばらくよろしくね、エース!」

「あァ! またうまい飯よろしくな!」


 二人で笑い合って、しばらく川の流れを見つめていた。


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