10
帰宅途中に、近くのスーパーに寄った。
今日は何作ろうかな。私だけならお弁当かなにかで済ますところだが、今はエースがいる。
「そうだ、今日はハンバーグにしよう!」
レストランでは、食べてる途中で連れ出しちゃったしな。
喜んでくれるかも。
うきうきしながら食材を選ぶ。
……いや、うきうきしながらはおかしい。
そうだ、浮かれてる状況じゃないんだから。これから考えなきゃいけないことたくさんあるんだから。
そう自分を叱責しながらも、足元はふわふわしたままだった。
*
「……ん?」
玄関のドアに手を掛けて、ふと異変に気付いた。
鍵が開いている。
おかしいな、閉めていったはずなのに。
エースにはここから出ないように言っておいたし、鍵を開ける必要は……。
……嫌な予感がする。
「エース!」
家に入って、嫌な予感が的中したことを悟った。
家はもぬけの殻だ。
なんとなく気付いてた。
エースって、じっとしていられないタチなんだ。
「おお、***! 早かったな!」
呆然としていると、悩みの種がへらっと笑いながら帰ってきた。
「エース……」
「悪ィ悪ィ。なんかじっとしてられなくてよ」
私の表情を読み取ってか、エースはそう先手を打ってきた。
「どこ行ってたの?」
「あァ、外から子供の声が聞こえてきたから一緒に遊んでたんだ」
そう言って、子供よりも子供みたいなカオで笑う。
そのカオを見てると、なんだか怒る気も失せてしまった。
……とりあえず、あとで鍵の掛け方だけ教えておこう。
「***! 腹減ったな! 夜飯はなんだ?」
「今日はハンバーグにするよ」
「本当かっ? ***すげェな! ハンバーグも作れるのか!」
予想通りの反応に、ついつい頬が緩んでしまう。
なんかちょっと、し、新婚さんみたい。……ってバカ!
「エース、先にお風呂入って……あ、そうだ」
私は紙袋の中から、男性用の下着を取り出した。
……買うとき死ぬほど恥ずかしかった。
「エース、こ、これでいいかな」
エースは私からそれを受け取ると、身体を捩って笑いだした。
「お、おまえ……! どんなカオして買ったんだよ!」
「そ、そんなに笑うことないでしょ!」
「はははっ! 悪ィ悪ィ! ありがとうな!」
未だにひいひい笑いながらも、エースは浴室に向かった。
まったくもう。
……頑張って美味しいハンバーグ作ろう。
*
二人でハンバーグを食べながら、明日の予定を立てることにした。
「とりあえず一番近くの海に行ってみようと思う」
ここから電車とバスを乗り継いで二時間くらいのところに、海がある。
「悪いな、***。なにからなにまで」
「いいよ。私も久しぶりに海に行きたいし」
なるべく、エースの曇ったカオは見たくない。
エースが気にしないように、私は極力明るく振る舞った。
「船、あるといいね」
「あァ……でも」
ハンバーグを口に運んでいたエースの手が止まる。
「多分、ねェと思う」
「え? な、なんで?」
あまりにもきっぱり言い切るもんだから、つい驚いてしまった。
「おれがいなくなれば仲間が必ず探しに来る。そこがどんなに広い島でも」
「……で、でもそれだけじゃ」
「それだけじゃねェんだ」
私の言葉を遮って、エースが強い口調で言った。
「これは、おれの感覚的な話だから根拠はねェんだけど……ここは多分、おれが今まで生きてきた場所じゃねェ」
その言葉を聞いて、ドキッとした。
「……どうしてそう思うの?」
「なんていうか、空気とか、匂いとか、人の雰囲気とか。今まで感じてきたものと全然違うんだ」
なんとなくだけど、と付け足してエースは言葉を切った。
「あのね、エース。私も今日、同じことを考えてたの」
「同じこと?」
「私たちの会話が噛み合わないのもそれなら説明がつく」
「どういうことだ?」
私は一呼吸おいて、自分が辿り着いた結論を述べた。
「エース……異世界からきたんじゃないかな」
「異世界?」
そうなんだ。それならすべて説明がつく。
私たちの会話が噛み合わないこと。エースの持っていた通貨が存在しないこと。時代背景が違うこと。ここの常識がまったく通用しないこと。
すべて、世界そのものが違うのであればすべて説明がつく。
どういうわけか、エースは異世界からやってきてしまったのだ。
エースは目を丸くしながら、私の話を聞いていた。
こんなこと言って笑われちゃうかななんて思っていたけれど、エースは至って真面目なカオで、「おれもそう思う」と呟いた。
「考えてみりゃおかしな話だ。船に乗ってた人間が一瞬でここに移動しちまったんだから」
「そうだよね……」
結論が出たところで、なにか解決策があるわけじゃない。
私たちは押し黙ってしまった。
い、いけない。エースのカオが曇ってる。
「エ、エースの船の船長さんってどんな人なの?」
「え? あァ……偉大な人だ。仲間もみんなオヤジを慕ってる。オヤジは海で一番の海賊なんだ! 仲間もみんないいやつでよ! あ、パイナップルみたいな頭したやつもいるんだぜ!」
エースの瞳に輝きが戻った。
うん。エースは曇ったカオより、こっちがいい。
「エース」
「?」
「きっと帰れるよ! 大丈夫! なんとかなる!」
エースに負けないくらいに笑って、そう言った。
「……あァ! そうだな!」
大丈夫だよ、エース。必ず私が、帰してみせるよ。
エースはその日も私が作ったハンバーグを、残さず綺麗に食べてくれた。[ 10/35 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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