10

 帰宅途中に、近くのスーパーに寄った。


 今日は何作ろうかな。私だけならお弁当かなにかで済ますところだが、今はエースがいる。


「そうだ、今日はハンバーグにしよう!」


 レストランでは、食べてる途中で連れ出しちゃったしな。


 喜んでくれるかも。


 うきうきしながら食材を選ぶ。


 ……いや、うきうきしながらはおかしい。


 そうだ、浮かれてる状況じゃないんだから。これから考えなきゃいけないことたくさんあるんだから。


 そう自分を叱責しながらも、足元はふわふわしたままだった。





「……ん?」


 玄関のドアに手を掛けて、ふと異変に気付いた。


 鍵が開いている。


 おかしいな、閉めていったはずなのに。


 エースにはここから出ないように言っておいたし、鍵を開ける必要は……。


 ……嫌な予感がする。


「エース!」


 家に入って、嫌な予感が的中したことを悟った。


 家はもぬけの殻だ。


 なんとなく気付いてた。


 エースって、じっとしていられないタチなんだ。


「おお、***! 早かったな!」


 呆然としていると、悩みの種がへらっと笑いながら帰ってきた。


「エース……」

「悪ィ悪ィ。なんかじっとしてられなくてよ」


 私の表情を読み取ってか、エースはそう先手を打ってきた。


「どこ行ってたの?」

「あァ、外から子供の声が聞こえてきたから一緒に遊んでたんだ」


 そう言って、子供よりも子供みたいなカオで笑う。


 そのカオを見てると、なんだか怒る気も失せてしまった。


 ……とりあえず、あとで鍵の掛け方だけ教えておこう。


「***! 腹減ったな! 夜飯はなんだ?」

「今日はハンバーグにするよ」

「本当かっ? ***すげェな! ハンバーグも作れるのか!」


 予想通りの反応に、ついつい頬が緩んでしまう。


 なんかちょっと、し、新婚さんみたい。……ってバカ!


「エース、先にお風呂入って……あ、そうだ」


 私は紙袋の中から、男性用の下着を取り出した。


 ……買うとき死ぬほど恥ずかしかった。


「エース、こ、これでいいかな」


 エースは私からそれを受け取ると、身体を捩って笑いだした。


「お、おまえ……! どんなカオして買ったんだよ!」

「そ、そんなに笑うことないでしょ!」

「はははっ! 悪ィ悪ィ! ありがとうな!」


 未だにひいひい笑いながらも、エースは浴室に向かった。


 まったくもう。


 ……頑張って美味しいハンバーグ作ろう。





 二人でハンバーグを食べながら、明日の予定を立てることにした。


「とりあえず一番近くの海に行ってみようと思う」


 ここから電車とバスを乗り継いで二時間くらいのところに、海がある。


「悪いな、***。なにからなにまで」

「いいよ。私も久しぶりに海に行きたいし」


 なるべく、エースの曇ったカオは見たくない。


 エースが気にしないように、私は極力明るく振る舞った。


「船、あるといいね」

「あァ……でも」


 ハンバーグを口に運んでいたエースの手が止まる。


「多分、ねェと思う」

「え? な、なんで?」


 あまりにもきっぱり言い切るもんだから、つい驚いてしまった。


「おれがいなくなれば仲間が必ず探しに来る。そこがどんなに広い島でも」

「……で、でもそれだけじゃ」

「それだけじゃねェんだ」


 私の言葉を遮って、エースが強い口調で言った。


「これは、おれの感覚的な話だから根拠はねェんだけど……ここは多分、おれが今まで生きてきた場所じゃねェ」


 その言葉を聞いて、ドキッとした。


「……どうしてそう思うの?」

「なんていうか、空気とか、匂いとか、人の雰囲気とか。今まで感じてきたものと全然違うんだ」


 なんとなくだけど、と付け足してエースは言葉を切った。


「あのね、エース。私も今日、同じことを考えてたの」

「同じこと?」

「私たちの会話が噛み合わないのもそれなら説明がつく」

「どういうことだ?」


 私は一呼吸おいて、自分が辿り着いた結論を述べた。


「エース……異世界からきたんじゃないかな」

「異世界?」


 そうなんだ。それならすべて説明がつく。


 私たちの会話が噛み合わないこと。エースの持っていた通貨が存在しないこと。時代背景が違うこと。ここの常識がまったく通用しないこと。


 すべて、世界そのものが違うのであればすべて説明がつく。


 どういうわけか、エースは異世界からやってきてしまったのだ。


 エースは目を丸くしながら、私の話を聞いていた。


 こんなこと言って笑われちゃうかななんて思っていたけれど、エースは至って真面目なカオで、「おれもそう思う」と呟いた。


「考えてみりゃおかしな話だ。船に乗ってた人間が一瞬でここに移動しちまったんだから」

「そうだよね……」


 結論が出たところで、なにか解決策があるわけじゃない。


 私たちは押し黙ってしまった。


 い、いけない。エースのカオが曇ってる。


「エ、エースの船の船長さんってどんな人なの?」

「え? あァ……偉大な人だ。仲間もみんなオヤジを慕ってる。オヤジは海で一番の海賊なんだ! 仲間もみんないいやつでよ! あ、パイナップルみたいな頭したやつもいるんだぜ!」


 エースの瞳に輝きが戻った。


 うん。エースは曇ったカオより、こっちがいい。


「エース」

「?」

「きっと帰れるよ! 大丈夫! なんとかなる!」


 エースに負けないくらいに笑って、そう言った。


「……あァ! そうだな!」


 大丈夫だよ、エース。必ず私が、帰してみせるよ。


 エースはその日も私が作ったハンバーグを、残さず綺麗に食べてくれた。


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