かわいいかわいい、僕の彼女。背なんか僕より頭1つ分以上小さくて、手を握ればその僅かな力で握り返してくれるんだ。サラサラの髪の毛だって、風になびけば見とれてしまうくらい綺麗。
だから、
「今日ね、一護くんがー…」
とりあえず、うん、って頷くけど。僕のいない所で男が周りにいるなんてホント気が気じゃないのに、僕と一緒にいるのにいっちゃんの話なんかフツーにするし。いっちゃんというか、他の男の話。なまえちゃんは僕に意地悪してるのかと思うほど、そういうことに気づかないで話すんだ。
「…りっちゃん?」
「…ん?」
「りっちゃん、今日、なんか変」
眉を寄せて、僕を見る。あ、今はなまえちゃんの瞳には僕だけが映ってる。
「なまえちゃんがいっちゃんの話ばっかりするからさぁ」
「え!」
「僕、拗ねちゃうよ?」
サァ、と赤くなったから、ん?と顔を近づけて覗き込んだら目を逸らされた。
「なまえちゃん?」
「…だって……、」
「?」
「りっちゃんと手つないで帰るの初めてじゃないのに、緊張するんだもん、」
「…」
「幼なじみとしてだったら緊張しないかなとか、一護くんとかハルくんとかの話すれば大丈夫かな、とか考えたりして、」
なんだか、支離滅裂な答えが返ってきたけど。
「…要するに僕にドキドキしすぎちゃったってこと?」
「…っ!」
今度は顔が真っ赤に染まって、涙目になりながら泣きそうになってる。そんな顔、ズルいじゃん。肯定してるようなものだよ?
「なまえちゃんズルい!」
「…え?」
「そんな顔されたら、僕、怒れない…」
「お、怒らないでください…」
つないだままの左手に、なまえちゃんの意思で急に力が籠められて、背筋がピンと伸びた。なまえちゃんは緊張するって言ってるけど、僕だって緊張するしすごくドキドキする。
「りっちゃん…?」
「…早く帰ろ?」
「うん?」
「クロフネじゃなくて僕んちね」
「え?」
「だってクロフネにいるとみんな来るからイイコト出来ないしー」
「え、ちょっと、りっちゃん!?」
「あれ?なまえちゃん顔赤いけど何されるんだと思った?」
「〜〜っ!」
ああ、もう。こうも僕の意地悪にこうやってまんまと嵌まってくれるんだもん。ホント、みんなに見せたくない。こんななまえちゃんは僕だけが見れればいいんだ。
「ねー…、今日クロフネに帰んなきゃ、ダメ?」
「な!だ、ダメ!絶対ダメ!」
「えー…」
わかってるよ、言ってみただけ。母さんだって何言うかわかんないし、そんなこと出来ないってわかってる。ただ、なまえちゃんを閉じ込めて置きたいんだ。
「そんなのわかってるけどさぁ、」
「う、うん」
「やっぱり、クロフネに帰したくない」
「え、」
「だっていっちゃんとか、タケ兄とかー、」
いつの間にか僕の家に到着していてドアを開けてなまえちゃんを押し込んだ。母さんは今日ピアノ教室だから、あと二時間は戻ってこない…と。
「閉じ込められたら、いいのに」
「りっちゃ…」
「僕だけのものでいてよ」
そっと、唇を重ねた。切なくて、少し泣きそうになったから、誤魔化したキス。でも、したかったのは本当。
「……りっちゃ…、」
「あ、ごめん、ここ玄関だったね?僕の部屋、行こ?」
潤んだ瞳で見上げるから、自制するのにすっごく大変なんだけど。まさかこんな玄関でするわけにはいかないし。
パタンとドアを閉めて鍵をかけた。なまえちゃんが僕の部屋にいると、本当に僕だけのものになった気がする。邪魔ものがいない僕たち二人しかいない、世界。
「り、りっちゃ…」
「なに?なまえちゃん」
「あ、あの…」
なまえちゃんを見れば、その小さな身体を更に小さくして震えていた。オオカミに食べられる前のヒツジみたい。ううん、ヒツジだ。僕が今からオオカミになるから。可愛すぎて、なんだか食べるのがもったいない。
シュル、とネクタイを解くとその音に反応してなまえちゃんの肩が跳ねた。
「なまえちゃん、震えてるよ…?」
「や、だ、だって」
じりじりとにじり寄る。あと少しでベッド、というところまで追い詰めた。赤くなりながら慌てるなまえちゃんをじっと見つめる。
「…イヤ?」
「…や、じゃないけど、ホラ、一護くんとか、みんな心配して探しに来ちゃうから、クロフネ行こうよ」
その言葉にカチンときて、僕はなまえちゃんの腰を引き寄せて頬に手をかけた。制服ごしに感じる体温とか、すごくドキドキするけどそれはきっとなまえちゃんも同じで。案の定、首筋まで真っ赤になって焦ってる。
「そんなに僕と二人が嫌なんだ?」
「りっちゃ…!」
「…僕はなまえちゃんと一緒にいたいのに」
「あ…」
ごめん、となまえちゃんの口が動きそうになったから、僕ので塞いだ。ごめん、なんて言葉聞いたら僕が惨めになるじゃん。
「…なまえちゃんがいけないんだからね!」
唇を離して見つめれば、なまえちゃんはトロンと溶けそうな顔をしてて本当に危なくて自分を保つのにいっぱいいっぱいだった。
「もー!なんて顔してんのさ!」
「えっ」
「ますます帰したくなくなっちゃったでしょー!?」
無意識だから、本当にコワイ。だから僕はいつだって不安なんだ。こんなふうに他の男にもやってるかと思うと本当に心配。
はぁ、とため息をつけば、ブレザーがちょいちょいと引っ張られる感じがして目線を戻す。
「りっちゃん、ごめん、ね?」
「……、」
だからさ、上目遣いとか、やめてよ。僕だって、男なんだよ?好きな娘にそんな顔で見つめられたら、抑えてたものが溢れるんだけど。
「無自覚ってコワイ…」
「えっ、なに?」
「…ね、本当にごめんって思ってる?」
「お、思ってる、よ!」
「じゃあさ…、」
肩をグイッと抱き寄せて、耳元で囁いた。ぎゅっと目を瞑って肩をビクつかせながら耐えてるなまえちゃんが可愛くて口元が緩みそうになる。
「…え、」
「呼べない?」
「だって、りっちゃんはりっちゃんで…、」
「いっちゃんは一護くんって呼ぶのに?」
「だって一護くん怒るんだもん…」
「じゃあ僕もなまえちゃんと口きかなーい!」
「えっ!?」
そんなのこの僕が出来るはずもないのに、呼んで欲しい一心でそう言った。ちゃん付けなんて、なんだか女の子みたいだし、昔の名残が感じられるから、ずっと思ってたんだ。もちろん、なまえちゃんにりっちゃんって呼ばれるのはキライじゃないんだけど。それに、いっちゃん達への嫉妬もちょっと混じって。
「ね、なまえ」
「…っ」
「なまえの特別だっていう、証をちょーだい?」
「…、」
そしたら、きっと不安になんてならないから。いや、やっぱりなると思うんだけど、でも、なまえに想われてるんだって証が欲しい。いっちゃんやタケ兄にはない、僕だけの特別な何か。
「なまえ、」
目を泳がせて、戸惑いながら僕を見つめたその濡れた瞳に一瞬捕らわれる。
その瞳や恥じらった表情や仕草が、僕を好きって言っている。
急に今まで以上になまえが好きという想いが僕の中から溢れ出して、胸が苦しくて息が出来なかった。
きっと、なまえのせいで息が止まっちゃうかも、なんて、本気で思った。
「…理、人……」
その声が瞳が君の全てが僕を虜にする
「……、」
「…呼んだ、よ?」
「…もう一回、呼んで?」
「り、理人…?」
「…もう、ダメ」
「だ、ダメって……んっ」
僕が仕掛けたけど、こんなの絶対なまえが悪い。可愛すぎるんだもん。なんだか、初めてなまえに呼ばれた自分の名前がひどく大切なものに思えた。
「りっちゃ……」
「…今度から理人って呼ばなきゃダメだよ?」
「えっ」
「みんなの前でも、だからね!」
「…り、ひ…!」
全部言わせる前に口を塞いだ。うっすらと開けた隙間から見たなまえの顔はピンクに染まっていて、もう、マスターのところに本当に帰したくないよ、ホント。
そのままゆっくりとベッドに押し倒す。キュッと僕のシャツを掴むその小さな手に嬉しくなりながらまた瞳を閉じた。
策士、策に溺れる、って僕のことかも。
end