最後のチャイムがなって、先生が教室から出ていく。ざわざわと騒ぐ人混みの中から一人だけを探した。


「いっ…」
「一護く〜ん!」


私のと重なった声に後ろを振り向く。そしていつの間にか私の横をすり抜けていって。甘い、香水の香りが記憶に残った。


「ね、今日一緒に帰ろーよ!」


甘ったるい、鼻にかかった声。ヤダ、いっちゃん、行かないで。そう言いたいのに、私は動くことも、声をだすことも出来ない。


「あー…」


いつものように、うざったそうに髪をかきあげた。私と付き合ってるって知っていながら、いっちゃんに近寄ってくる女の子は後を絶たない。その度にいっちゃんは女の子をあしらうんだけど。


「みょうじ?」

「…あ、ハルくん」


後ろから肩を叩かれて、振り向いたら心配そうなハルくんがいて。あ、ヤバいかも、って思った。

すぐにいっちゃんの方を向けば視線が一瞬絡み合って、ほどけた。


「…いいぜ」

「えっ!ホント!?」

「ああ」

「やった!今支度してくるねっ」


いっちゃんの言葉に茫然とした。だって、いつもあんなに嫌がってたのに。私だけって言ってくれてたのに。

いっちゃんは私の顔とハルくんの顔をチラッと見て、教室から出ていった。私に何も言わずに。まるで、ハルと一緒に帰れば?とでも言ってるようだった。


「みょうじ、一護と何かあった…?」

「…、」


たぶん、いっちゃんの勘に触ったんだ。

私がハルくんに、勉強を教えてもらってたから。そうだよ、あの休み時間の後からなんかおかしかったもん。だから、早く仲直りしようと思ったのに、出来なかった。

そういうの、人一倍嫌う人なのに。


「う…ん…、ケンカ、かな」

「一護もコドモだからなぁ」

「…、」

「じゃあ今日は俺たちと一緒に帰ろ?」

「…え、」


や、それはマズイ気がする。バレたらもっといっちゃんを怒らせちゃうと思う。

ハルくんの笑顔は相変わらず眩しくて、今の私には光が強すぎて目を逸らしてしまった。


「今日は、私一人で帰るよ」

「えっ、みょうじ?」

「じゃあね!」


意外に頑固なハルくんから逃げるためには言い逃げしか私の選択肢にはなくて。慌てて教室を飛び出して、靴箱から外靴を取り出した。いっちゃんの外靴は、まだあるみたい。


「…はぁ、」


コン、と靴箱におでこをぶつけた。やりきれない気持ちが私の中で渦巻いている。どうやったら仲直り出来るだろう。でも、いっちゃん話聞いてくれるかな。


「…帰ろ」


一人で帰ろうととぼとぼと校門を出ると、ガシッと肩を掴まれて慌てて振り向いた。


「待ってよ…、みょうじ」

「ハ、ルくん…」

「なんで先行っちゃうの」

「や、あの…」

「クロフネと俺の家なんて目と鼻の先なんだから一緒に帰ろ」

「う…」


しょうがなく、うんって頷こうとしたら、ハルくんの背後に固まった。肩越しに見える二人の影に、目が、釘付けになる。

そんな私を見てハルくんも振り返った瞬間、ハルくんの顔色が変わった。


「…みょうじ、」

「う、ん、言わないで…」

「…うん」


ハルくんは、帰ろっか、と私の頭を撫でて背中を押した。私は何も言わずに、頷いてそこから右足を踏み出す。私はいっちゃんに絡み付いたその腕が、頭から離れなくて俯いた。幸い、目は合わなかったし、気づいてなかったみたい。

でも、触れて欲しくなかった。

いっちゃんは、私のなのに。


「…みょうじ…」

「なに…?」

「クロフネ通りすぎてるよ」

「あ、」


とぼとぼと歩いていたらいつの間にかクロフネが斜め後ろにあって、すごく恥ずかしくなる。ハルくんは困ったように笑って、じゃあね、と来た道を戻って行くその背中を私は見つめていた。


「ハルくん…、」


私が心配でクロフネまで送ってくれたんだ。それにこんなに歩くの遅いのに、歩幅も合わせてくれたんだ。

なんか、私ってダメだな。はぁ、とため息を吐いて扉を開けた。


「あ、おかえり、なまえちゃん」

「ただいま、マスター」

「ん?元気ないね?また一護?」

「マスター…」


なんでこんなに鋭いのかな、って思うくらいマスターはいつも当ててしまう。でも、なんか今日はモヤモヤし過ぎて、話す気分でもない。

無理矢理笑ってみせたら、マスターは眉を寄せて私の頭をポンポンと撫でた。


「ほら、着替えておいで?」

「はい…」


部屋へ続く階段を上がろうとしたら、バン!と扉の開く音が後ろからした。いつもはチリンっていうのに鳴らなくて、不思議に思って振り返ると同時に手首をすごい力で掴まれた。


「っ!」


グイグイ引っ張られて、階段でコケそうになりながらすごい勢いで部屋に連れ込まれてベッドに投げられた。また、バン!と閉まったドアに身体が跳ね上がる。


「いっちゃ…」

「なんだよ、アレ」

「あ、アレって…」

「なに、ハルに触らせてんだよ!」


ドアからスタスタと歩いてくるいっちゃんの形相は今まで見た中で一番怖い。雰囲気だって、いつものいっちゃんじゃない。怖くて、ズリズリと後ろに後ずさるけど。そんな抵抗もすぐに終わりを迎え、トンと背中に壁があたる。

目の前に迫ったいっちゃんがヒュッと腕を振り上げた瞬間に目をギュッと閉じた。ドン!と鈍い音がして目を開ければ。


「なに、触らせてんだよ…!」


両拳を私の顔の両脇に叩きつけて顔を歪ませたいっちゃんが、いた。

右手が私の頭を抱え込んでぐんといっちゃんとの距離がなくなる。

あ、と唇が触れそうになった。その瞬間、いっちゃんからあの香りがしてフラッシュバックする。


「やっ…!」


ドンッ、と思わず私はいっちゃんを突き飛ばしていて、サァと青ざめる。いっちゃんは、ベッドに後ろ手をついて私を睨み上げていた。でも、イヤ、だったんだ。


「いっちゃ…、」

「あー、そうかよ、俺は嫌なんだな」

「だって、そんな…、」

「ハルに優しくしてもらえば?」


ぐっ、と息が詰まった。その代わり、涙がとめどなく溢れだす。ポロポロと涙だけが落ちて、制服に吸い込まれていく。

いっちゃんは、きっと私を残して出て行ってしまう。引き留めたいけど、何も私は言えない。だって、いっちゃんの嫌がることを先にしたのは、私だから。


「…なまえ、」

「…っ」

「…悪い、ごめんな、なまえ」


出て行くと思ったのに、いっちゃんは私のそばに来て涙を掬った。それが、嬉しくて、でも、あの香りが邪魔して何も言えない。


「…お前が泣くなんて」

「…え、」

「泣いたの、こっち帰ってきてから初めて見た」

「昔みたいにそんな簡単に泣かないもん…」

「…、」


頭を撫でてくれるのは、嬉しい。でもその度に香りが放たれる。ヤダ。さっきの光景が、瞼に焼き付いてる。


「…いっちゃん、」

「ん?」

「…もう、他の娘と、帰らないで」

「…、」


頭を撫でていた手が止まって、両手が背中に回る。けど、いっちゃんの香りじゃない腕の中に収まるのは、絶対にしたくなかった。


「……。なんだよ」

「今は、ヤダ…」

「はぁ?」

「だって…、」


両手を胸に突き立てた私に、眉を寄せたいっちゃんは明らかに不機嫌になった。また、ジワリと浮かぶ涙に、いっちゃんはどうしていいかわからず私の目尻を撫でる。


「…なんなんだよ」

「だっ、て、香りが…」

「は?香り?」

「いっちゃんのじゃ、ない…」


なんとなく、恥ずかしくなって俯いた。なんか変態みたいに思われたかな。

するといっちゃんはセーターをバサッと放り投げて、ワイシャツ一枚になってくんくんと自分の匂いを嗅いだ。


「よし」

「わ、」

「これでいいだろ?」


思いっきり抱きしめられて、いっちゃんの肩に顔を埋める。うん、いっちゃんの、香り。私の好きな、香り。そっと、背中に両手を回してやっと、ホッと一息ついた。


「…うん、いっちゃんの香りだ」

「…、悪かったな」

「も、触らせないで、ね」

「…それ、俺のセリフなんだけど」


頬をなぞられて、その感触に目を閉じた。すると、唇がそっと重なって、そこからいっちゃんの熱が伝わってきて、だんだんと深くなる。

さっきとは違う、本当のいっちゃんの香り。それが私の気持ちを高める。キスをしながら髪の毛をすくのが、いっちゃんの癖。そっと、優しく、何度もすいた。私もそうされると、すごく安心出来る。


「……ハルほど勉強できねーけど、これから俺が教えてやる」

「う、ん…」

「だから、他の男に触らすなよ!」

「うん…」


あ、そういやマスターはいいのかな。さっきも頭撫でられたけど、親がわりみたいな人だし、大丈夫かなって言ったらほっぺを思いっきりつねられた。


「お前、なんもわかってねぇ!」

「えー…」

「お前は俺のモンだろ!誰にも触らすな!」

「…いっちゃんは?」

「…あ?」

「いっちゃんも私のものだから、触らせないで、ね?」


私だけそうやって束縛されるのは悔しいから、私もいっちゃんを束縛しようとした。何言われるだろう、とビクビクしてたら、私から右手が離れて行って、いっちゃんの口にあてられた。


「そ、んなかわいいこと言うなよ…」

「、え…、」

「ホント、かわいすぎ」


最初にいっちゃんが赤くなって、次に私が真っ赤になる。愛しそうに見つめられて、またゆっくりといっちゃんは髪をすいた。そしてお互い混ざり合うように何度も口づけを交わす。


「なまえ…」


キスの合間に何度も私を呼ぶいっちゃんが、愛しくてたまらない。ワイシャツ越しに体温と、速い心臓の音がダイレクトに伝わってくる。キュッとシャツを掴めば、私の頭を抱え込むいっちゃんの手が強くなった。

まだ、ほんのりと残るあの甘い香りが脳裏を刺激して悲しくなるけれど、目の前にいるいっちゃんの香りの方が強くて甘く、痺れた。











「…私も香水つけようかなぁ」

「は?なんでだよ」

「だって、」

「そのままでいいだろ、なまえは」


なんか、悔しいんだもん。いっちゃんにあの娘の香りが移ったのも嫌なんだもん。

って言ったら、いっちゃんは私をぎゅううッと抱きしめた。


「…、こうすれば、」

「え?」

「俺の香りがお前に移るじゃん」

「…!」

「だから、俺のものだって印だからいいんだよ、なまえは何も付けなくて」

「そ、っか…いっちゃんの香り、好きだから、嬉しい…」

「…、ホントお前って、」

「え、何?」

「…そんなに好きなら、もっと移してやるよ」

「え、…んぅっ」


この香りの意味は、私はやっぱりいっちゃんのもので、いっちゃんは私のものってこと。






end

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