いつ以来だろう。胸の奥で小さな火が燻っている感覚は。あまりに久しぶりすぎて、それが何なのかわからなかったんだ。

だから、見て見ぬ振りをした。気のせいだと、自分の気持ちに向かい合おうとせずに目を背けて。








また、チリチリと胸の奥で何かが焦げる音がする。なぜこんなにも息が苦しくなるのだろう。浅い呼吸に気づき深呼吸をする。酸素を肺に取り込もうとするけれど、全く入っていった感じはしない。

何故、だなんて俺にはわからない。ただいつものように、仕込みをしながらお客さんの様子を見て、そしてあいつらの遠慮ない注文を聞くだけ。

ただ、それだけ。

何も変わらない。


「ねぇマスター、なんか今日機嫌悪くない?」

「ん?そうか?」

「うん、負のオーラが出てる」


肘を立ててついた両手に顎を乗せながら俺の顔をじっと見つめる理人。よく見てるなぁ、と思いながら苦笑した。というかこいつらにわかってしまうくらい態度に出てたのか、俺は。


「そんなことないよ。明日は雨だからお客さん来ないだろうなぁって思ってただけ」

「雨降ってなくてもお客さん来ないじゃん」

「おーい、それを言うなって」


変に大人の世界に染まってしまった理人は、本当はすごく純粋だ。ふとした時にその純粋さを見せる。今、曇りのない黒い瞳で俺を見つめるように。


「マスターが違うって言うなら違うんだろうね」


だけど僕はそうだと思ってるんだけど。

そう言いたげな口調だった。理人は俺から視線を外し、みんながいる方を見つめる。そして少しだけ複雑な表情をして溜息をついて目を伏せた。


「別に隠さなくたっていいのにね」

「…ん?」

「ハルくんとなまえちゃん」

「あー…」


俺も二人の方へ目を向けると、なまえちゃんの楽しそうな笑顔が目に入った。少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて、その好意の眼差しをハルに向けている。ハルはハルで愛しい大事なものを見る目だった。

どっからどう見ても好き合ってる雰囲気を出しているこの二人は、何故か付き合ってることを口にしない。

幸せそうな顔してる。それはついこの間学校から帰ってきた時からで、何があったかは聞かないでいた。想像はついたけれど、なまえちゃんの口から直接聞くのはなんとなく憚られたから。

他のやつらもそうらしい。リュウは気づいてないのかもはしれないけれど、他の三人は確実に気づいていて、特に一護なんかはイライラを隠そうともしない。


「青春だねぇ…」


そう、他人事のように言ってみたのだけれど。その言葉に何故か痛みを覚える自分がいて少し戸惑った。

拗ねる理人と、不機嫌を露わにする一護、興味のなさそうなタケ、相変わらず猪突猛進のリュウ、そしてお互いに頬を染めるハルとなまえちゃん。


「マスターそんなこと言ってたらおっさんくさいよ」

「俺はオジサンであってもおっさんではない」

「だからオジサンもおっさんも僕らからしたら変わんないってー」


こうやってしがらみに囚われず素直に気持ちを表面に出せるこいつらが羨ましいだなんて思わない。思ってはいけない。

こいつらは俺の弟分みたいなもので、なまえちゃんは俺の娘みたいなもの。どちらも大事なことには変わりはない。

けれどこの靄のかかったような、晴れない気持ちなんなんだ。


「あのマスター、ココアもう一杯もらっても大丈夫ですか?」


ふと顔を上げると、カウンターのそばで両手でカップを持つ申し訳なさそうに眉を下げるなまえちゃんがいた。

いつも遠慮しないでと言ってるのにも関わらず、今でもこうやって気を遣うなまえちゃんに思わず苦笑した。


「遠慮しないでって言ったでしょ?なまえちゃんはいい子だね。あいつらにも少しは見習って欲しいよ」


クスクスと笑いながらお願いします、と差し出されたカップを受け取った。その笑顔に自然に手が伸びて、クシャリと頭を撫でるとなまえちゃんは少し赤くなって顔を俯かせた。


頬が緩む。少しでもなまえちゃんが俺を意識してくれてるのだと思うと、嬉しい。

はた、とそこで矛盾に気づいた。

かわいい娘のようだと思っていたのに、意識されて嬉しいだなんて一体俺はどうしたんだ。俺はなまえちゃんの保護者であって、異性の対象ではないのに。


「ありがとうございます、マスター!」


ラム酒入りのココアを受け取ったなまえちゃんは、カウンターから離れ、定位置とも言えるハルの隣に戻っていく。離れていく一抹の寂しさを抱えながら俺はシンクのカップとスポンジを手に取った。


ドアの隙間から吹き込む冷たい隙間風が一人身の身体に染みる。目の端に映る二人の姿が歪んだ気がした。


寂しいのは、娘がお嫁に行ってしまった感覚だからだ。決して、断じて、違う。なまえちゃんは俺にとって娘なんだ。娘だと、思いこまなければならない。大事な、預かってるお嬢さんなんだ。疚しい思いなんて、


「……マスター、」

「ん?」

「…やっぱりなんでもなぁい」


今度は理人が俺を見て苦笑して、またコーヒーに口をつけた。


胸は痛まない。悲しくもない。寂しくはあるけれど、これは保護者として。複雑な思いは、なまえちゃんが娘のようにかわいくて仕方ないから。


必死で自分にそう言い聞かすけれど、あははと楽しそうななまえちゃんの笑い声を聞いたら何故か胸が苦しくなった。














この気持ちがなんていう名前かわからないなんて嘘だ。自分自身が認めたくないだけ。そうやって俺はいつものようにみんなの前で笑って知らん顔する。


大人になんてなりたくないよ。


そう言った理人の言葉がやけに耳に残った。





end

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