なんで、俺が。
姉さんに無理矢理入らされた芸能界。
俺は本さえあれば良かったのに。
話すことが苦手な俺は、人との接触を避けた。
そもそも相手を気遣うことなんて出来ないんだ。
俺は無愛想なのにアイドルグループに入れられた。いつも一人だった俺は五人で行動しなくてはいけないことに息苦しさを感じていた。
人との付き合いは面倒なんだ。
だからいつも自分だけの空間を確保する。
俺の聖域に踏み込んでこれないように。
今さら馴れ合いなんて必要ないんだ。
翔の幼なじみとかでいつの間にか他のメンバーに馴染んでいた彼女。
俺はいつもみたくバリアを張る。
一瞬二人きりになり、沈黙に耐え兼ねた発した彼女の言葉。
「…義人くんは本が好きなんだね」
「…ああ」
俺が本を好きな理由。
人と直接関わらなくてすむから。
本の物語に没頭する。
頭の中では自分は物語の主人公。
俺がテレビに映った俺自身を見ているような感覚。
自分が自分じゃない感覚を味わう。
俺は自分に納得がいかないから、こうやって現実逃避をするんだ…
誰とも話さなくていいんだ。
誰も俺に触れないで。
「義人くんは…一人が好きなの…?」
メンバーに言われるのは慣れているけれど、他の人に言われることはあまりなかった。たぶん話しかけるなという雰囲気を醸し出していたんだろうけど。
「私はいつも一人だから、グループっていいなぁって。ワイワイした雰囲気もそうだけど、みんなで助け合えるのって素敵だよね」
羨ましいなぁ…
そう言って彼女は少し寂しそうに笑った。
…羨ましい?
俺が?
…俺は君のほうが羨ましい。
みんなに笑顔をふりまいて、人を惹き付ける魅力。
周りにはいつも誰かいて羨望の的だと思うが…
……。
…俺はそうなりたいのか?
他人に関わりたくないというのは、さらけ出した自分を見られたくないからか?
…わからない。
俺は一人でいいんだ。
Waveだって別に…
「義人?どうした?」
はっと顔をあげると、心配そうに俺の顔を覗きこむ一磨がいた。
「…いや、何でもない」
いつもそうやって俺は人と距離を置く。
「…そうか?なんかあったら言えよ?」
一磨は優しい。
さすがリーダーだけあって、メンバーをまとめるのも上手い。
俺がまだここにいることができるのもこいつのおかげだと思う。
「…ああ」
自問自答してもでない答え。
俺は何故Waveを続けている?
別に他の仕事でも良かったじゃないか。
ここ最近の俺はおかしいんだと思う。
本を読んでいても内容が入ってこない。まず、ページをめくる手が進まない。
ふと顔をあげると、亮太がこっちを見ていた。
「…なんだ」
「いやー?いつにも増してぼーっとしてるなと思ってね」
亮太は勘がいい。いつも何かの変化に気づくのはコイツが一番最初だ。
「それ俺も思ってたんだよねー」
京介が軽いノリで口を挟む。じっと二人に見られて、本を読む気もなくした俺は席を立った。
「義人どこ行くの?」
「…自販機」
楽屋をあとにして、俺は飲み物を買いに向かった。
なんでこうも干渉しようとするんだ?俺のことくらいほっといてくれればいいのに。
俺は自販機の近くで立ち止まった。
自販機の横に黒い影が見えた。
あれは…
「……じょ…ぶ、……る」
か細い声が俺に届く。少しずつ近づくとその言葉もわかった。
「大丈夫…っ、まだ頑張れる…」
涙声で自分に言い聞かせている彼女がいた。
何があったのだろう。
失敗?嫌がらせ?
肩を震わせている彼女を見たら、なぜかほっとけなかった。
「…どうした?」
そっと肩に手を触れると、ビクッと反応して彼女の瞳は揺らいだ。
「あ…、義人くん…」
「…何があった?」
「ううんっ、何でもないの!ごめんなさい、こんなところ見せちゃって」
手で涙を拭い、無理矢理笑顔を作って見せる。それは強がりなのだろう。弱音を吐かない彼女に少し寂しいと思った自分がいた。
ふ、とこの間彼女が言っていた言葉が浮かぶ。
――――私は一人だから。
…彼女はきっと弱音を吐ける人がいないのだろう。いくらマネージャーがいたからといって、精神的な面までは彼女をサポートしきれないはずだ。そういった面では、グループの俺は彼女からしたら羨ましいのかもしれない…。
「…何があった?」
「義人くん…?」
彼女の腕を俺は無意識に掴んでいた。
「…君は一人じゃない」
「……」
俺を見上げた彼女の瞳には、また涙が溜まっていた。
あんなに明るい彼女でも、心の中では一人だったんだ。
…俺では彼女の役には立てないのか?
そう思ったら彼女を俺の腕の中におさめていた。
「よ、義人くん!?」
「…誰も見ていない。泣きたいのなら泣けばいい」
「……っ」
彼女の頭を胸に押し付け、腕に力を入れて抱きしめた。戸惑いながらも俺のシャツを掴み、肩を震わせ声を圧し殺して泣く彼女。こんな小さい身体でどれだけ我慢して頑張っていたのだろう。
「…頼ってくれていいから。あんたなら俺は迷惑だとか思わない」
自然と出た言葉。以前の俺なら考えられなかった言葉。
他人に関わるなんて面倒だった。…でも、彼女を見て守りたいと思った。これは誰に対してもじゃなくて、彼女だから。
俺よりだいぶ低い頭を撫でる。
誰かを
愛しい、なんて初めて思った。
「一人で泣くな…泣くときは呼んで」
「…う、ん」
涙でいっぱいになった瞳を俺に向けて笑う彼女を見たら、いろんなものが溢れそうになった。
彼女が苦しんだり悲しんでいたら、俺も一緒に共有したいと思う。
こんな気持ちは初めてだった。
「俺は…あんたが、**が好きだから。…覚えておいて」
気づいたら口から出ていた言葉。自分でも驚いたが彼女もびっくりしていた。でも、その言葉の返事というようににっこりと微笑んだ。
ほっといてくれなんて思ったくせに、ほっとけないと思うなんてな…。力になりたい、あいつらもこんな気持ちだったんだろうか。
俺はいつも好んで一人になっていた。
でもそれは、周りに誰か彼かいるから一人になりたいと思っていたのかもしれない。
もし、最初から一人ぼっちだったとしたら俺は一人でいたいと思わなかっただろう。
それだけ、俺の周りにいたやつらは鬱陶しくて俺を心配してくれるやつらばかりだったんだと気づいた。
心配する側になって、初めて気づくなんて…
「あっ!義人帰ってきた」
「義人おっかえり〜♪」
「お前おせーぞ!!」
「もうすぐリハだからな?」
なんとなくさっきとは景色が違って見える。鬱陶しいと思ってたこいつらも、俺には必要なやつらなのかもしれない。
「…ああ」
「「「「!!!」」」」
「?」
「よ、義人が笑った…」
「俺初めて見た…」
「義人…お前…」
「なになに!?なんかイイコトあった?」
「…笑ってないから」
いつも通りうるさいやつら。それでも…こいつらなりに心配してくれていたのだろうか。
Wave…ね。なんだかんだでここは俺にとって居心地の良い空間になっているんだな。一人が好きな俺でも、他人と共有する時間も大切だと気づかせてくれたのは…彼女のおかげと言っていいだろう。
こいつらと一緒にいるのも、たまにはいいのかもしれない。
「義人ー!始まるぞー!」
「…ああ。今行く」
end