なんで俺こんなに我慢しなくちゃいけねーの?

せめてさぁ、自分のこと『僕』じゃなくて『俺』って人前で言いたいよ。


仕事だから上の指示に従ってるけどさ。


いつもニコニコしてなくちゃいけない『僕』。いい加減疲れるんだよね。みんな好き勝手いろんな表情出してるのにさ。


少なくとも人前で歌ったり踊ったりするのが好きだからこんな仕事続けてるんだと思う。

でも自分を偽ってまで…ってどうなんだろう。

そうまでしてずっとアイドルでいたいって思ってないんだけど。


ファンの人は虚像の俺を見て喜んでるんだろ?本当の自分じゃないのにキャーキャー言われるのも虚しいだけ。まぁ、励みになる場合だってあるけどさ。




義人もいっつもどーでもいいオーラが漂ってるしさ。

翔は相変わらずうるさくて自分勝手だし。

京介だって最近一段と女遊び激しいし?スクープ撮られてもよくうちの事務所揉み消すよなぁ。

なんとか今は一磨がみんなをまとめてくれてるけど、Waveもう解散してもおかしくないんじゃない?



そう思ってたんだけど、さ。



なんかメンバーが少しずつ変わっていったんだよね。

翔はうるさいのは変わんないんだけど、少し周りを見れるようになったっていうか。まぁ、前がガキすぎたんだけどね。

京介も少し角が取れた感じだし、何より女遊びが治まった気がする。精神的に落ち着いたのかな。

一番変わったのは義人だけどね。だって今じゃよく笑うようになったし。本人は無意識らしいけど。

一磨は少しほっとしたみたいだ。安堵の表情でコイツら見守ってるしね。





なんでコイツらが変わったかというと。





「あっ!**ちゃん!」

「**ちゃん、今日の格好可愛いね」

「……」

「おい!そろそろ行くぞ!じゃあね、**ちゃん」



**ちゃん、の存在。





翔の幼なじみらしくいつの間にか俺らに溶け込んでいた。翔と京介は**ちゃんに気があるのがバレバレだし、義人は**ちゃんをよく見つめてる。一磨は何も言わないけれど、その瞳はいつもより優しいんだ。


まぁ、かわいいよ?
だって歌えて演じれて人気もあるのに全く媚びたりしないし。
外見だってそこら辺の子と比べものにならないし。
わかるんだけどさぁ。


なんか納得いかないんだよね。天下のWaveが**ちゃんの手籠めにされてる感じで。

翔とかならまだしも、あの義人の鉄仮面を崩すなんて、どーゆーことなんだ?どんな魔法使ったんだろ。



そんなとき、楽屋のドアを叩く音がした。



「はい?…あ。」

「あ、亮太くん。お疲れ様!…翔くんは?」



うわ!
今一番会いたくない人ナンバーワン!


それでも俺は作り慣れた笑顔を浮かべる。

なんてったって、俺、アイドルだし?


「残念だけど、今俺しかいないんだよね〜」

「そっか…、終わったら楽屋来てって言われたんだけどな」

「…すぐ戻ってくるよ、上がって待ってたら?」


なんとなくそんな言葉が俺の口から滑り出た。ちょっと観察してみよーかなって思っただけ。

うん、それだけ。


「亮太くんの邪魔じゃない?またあとで来たほうが良いんじゃない?」


ああ、そのハの字に下げた眉で困ったように見上げられたら男はひとたまりもないよね。

京介と翔は絶対これにやられたんだ。


「まぁ、そうだね。でもいいよ?嫌じゃなければどーぞ?」


お邪魔します…と言って腰を降ろした**ちゃん。

招き入れちゃったけど、話題もない。


あ。


「**ちゃん、これ食べていいよ。差し入れでケーキもらったんだ」

「え、いいの?」


そんな急に輝かせた顔しちゃって。


「うん、でも食べすぎて太らないようにね〜」

「う…」



ピシッと音を立てて顔の表情が止まった。

へぇ、本当にいろんな顔するんだな。

ま、言わないけど。





ふと、視線を感じた。何かに気づいたようで不思議そうな顔で**ちゃんが俺を見てる。


「亮太くんって…いつも僕って言ってなかったっけ?」


一瞬顔が強ばった。でもそれはほんの一瞬で。

すぐにいつもの渇いた笑みを貼り付ける。


「ああ、たまに俺って言っちゃうんだよね〜。それがどうかした?」


そういや、さっき『俺』って言った。いつも仕事関係の人と合う時は仕事の『僕』になるのに。

なんで?


俺は動揺を悟られたくなくて、にっこりと笑みを浮かべた。



「………亮太くん」

「なーにー?」


いつもの軽い調子で答えると、**ちゃんはフォークを静かにテーブルに置いた。


「……笑わなくていいよ」



**ちゃんのよく通る綺麗な声が俺の脳に響いた。まっすぐに向けられた真剣な目に見入る。いつもふわふわしてるのに、**ちゃんの強さをその瞳に垣間見た気がした。


「疲れちゃうでしょ?ずっと笑ってたら…」


……何がわかる?

どんな思いで俺がWaveの三池亮太を演じているか。笑顔しか許されないキャラを守るのにいつも必死にならなきゃいけないのか。



「別に?僕は疲れないよ?」

「……」



**ちゃんは無言ですっと立ち上がると俺の隣に座った。

なに?同情?
そんなもんいらないんだけど。

細くて白い両手が俺に伸びてくる。


「…なに?」


少し身体を強ばらせながら笑顔で問いかけると。

俺の両頬はあたたかい**ちゃんの両手で包みこまれていた。



「は?」


ちょ、なに、この状況!
こんな風に他の男にもしてんの?



と思った瞬間。






「イ゛ッ!」



俺のほっぺたは思いっきりつままれていた。



「痛いっ!ちょっ!…イタッ!」


つままれた後に、ぐりぐりとほっぺたの肉を回される。

本当に痛くて涙目になった俺は、**ちゃんの腕を掴んだ。



「ちょっと!何すんのさ!」


睨みながらキツい口調で返すと、にっこりと笑った。


「あはは、亮太くん変な顔ー!」

「はぁ?」

「筋肉ほぐしてあげたの!凝り固まってるみたいだから」



そう言って俺の両手を優しくほどき、もう一度両手で頬を覆われて、
俺の口の両端を親指で少し引き上げた。



「これでまた、笑えるよ」






その言葉がストンと胸に落ちてきて、そこからあたたかいものがじわっと広がる感じがした。なんとも言い様のない気持ちが俺の中を支配する。


何かを払拭させてくれる笑顔を惜しみ無く俺に向けてくれた。その笑顔を見ていたらぎゅーっと胸が押し潰されそうで何が俺の中から溢れそうになる。



「きゃ!ちょっと亮太くんーっ!」


わしゃわしゃと髪の毛をかき混ぜた。

…照れ隠しで。


「仕返しっ!」

「もーっ!」


唇を尖らせて自分の髪を直すちゃんを見たら、すごく穏やかな気持ちになった。


「あ」


大きな瞳をまん丸にして、俺を見上げる。


「なに?**ちゃん?」

「亮太くんが笑った…」

「は?いつも笑ってんじゃん」


**ちゃんは目を見開いて視線を俺に向けたまま小さく横に首を振った。




「本当の、笑った顔…」




それを聞いた瞬間、熱くて沸騰しそうなくらい顔に熱が集まった。

バッと反射的に顔を背け、大きくため息をついた。



なんでこんなに俺を掻き乱すのさ?


ダメだ、俺。**ちゃんには敵わないや。みんな俺みたく思ってんのかな。


**ちゃんはさっき俺にあんなことしたくせして、なんだかオロオロしてるし。


『俺』って言わせたのも、きっと**ちゃんの空気が俺に作用したからなんだろうな。

いるだけで安心する存在ってすごくない?


こりゃ義人も堕ちるはずだわ。

ま、こればかりは仕方ないよね。



ねぇ、Waveのメンバー全員が君に骨抜きにされちゃったよ、**ちゃん。





君の手と君の言葉、何より滲み出る空気はすごいよ。

俺の刺々しい気持ちさえ浄化してしまうのだから。




ゆっくりと背けた顔を**ちゃんに向ける。


「亮太くん…?」


俺を『俺』に戻してくれた小さな手を握りしめて、**ちゃんの瞳をまっすぐに見つめる。





まだ腑に落ちないところもあるけど、Waveは**ちゃんに支えられてるみたい。

じゃあ俺は精一杯やるしかないじゃん?待ってるファンのためにも。

なんか一本取られたみたいで悔しいけどさ、俺の中のわだかまりを綺麗に消してくれたんだから。






俺は握ったその小さな両手に俺の力と想いをこめる。












「…ありがと。」




俺の言葉を聞いた**ちゃんは、今までで一番と言っていいくらいの綺麗な優しい笑顔をしていた。

俺の頬は久しぶりに自然に上がった気がした。








end


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