「京介くん」
そんな綺麗な声で俺の名を呼ばないで
透き通った純白な君の声は
俺の汚れた身体まで払拭してくれるんじゃないかと錯覚してしまう。
女には困らなかった。
その代わり特定の女に打ち込むなんてありえない。
その時が楽しければいい。
そう思ってた。
でもいつも女を抱いたあとは虚無感が俺を襲う。
朝起きて、
愛想笑いを浮かべて手を振り、
帰ったら女を貪る。
それが日課だった。
毎日心は冷えきっていて、暗い闇だけが俺を取り巻く。
俺は生きているのかさえ疑問だった。
死んでいるのと同じじゃないか?
この先、何か楽しいことがあるのか?
ずっとそう思っていた。
**ちゃんに逢うまでは。
少しずつ闇に小さな光が見え始めたんだ。
君の笑顔を見ると少し救われる気がした。
『あっあぁん!ぁっ…京介ぇ…っ』
いつからだろう。
抱くときに君の顔を思い浮かべてしまうのは。
これが君だったら。
「声、出さないで」
頭の中で君の顔、君の声に溺れる。
あの声でどのように鳴くのだろうか。
想像するだけで俺の欲望は膨らんでゆく。
俺は、いざ本人を目の前にすると
うまく話せなかった。
他の女にしてきたことは当てにならない。
誰にだって本気になんてならなかった。
今ならわかる。
きっと傷つくのが怖かったんだ。
本気で言った言葉を拒絶されないか。
もし、拒絶されたら心が痛い。
そんなことは経験したくない。
だからお互いに傷つかない距離で関係を保っていた。
話しやすく、軽い冗談しか言わない。
そんな中西京介を演じていたのに。
いつの間にか君を目で追う。
くるくる変わる表情に魅せられて、
極めつけはその花のような笑顔。
こんなにも純粋な気持ちが俺にも残っていたなんて。
それと同時にわかってしまった。
恐怖、という感情。
相手に気持ちを伝えることがこんなにも怖いことなんて知らなかった。
緊張、興奮、
喉に詰まって声が出ないなんて。
以前の俺には皆無だったことばかり。
でもこれを乗り越えれば、
俺は良くも悪くも変わることができる。
俺を変えたのは紛れもなく**ちゃんだ。
「**ちゃん…」
楽屋に通してくれた彼女を震える手で抱きしめた。
「きょっ、京介くん!?」
驚く声を出すが、俺を突きはなそうとはしない。
受け入れてくれてると思って期待しちゃうよ?
「ちゃんと…聞いてくれる?」
「うん…」
俺の胸に顔を寄せるように静かに頷く。
意を決して全てを彼女にぶちまけた。
「俺…今まで女の子とはすごい付き合い方をしてきた。**ちゃんも知ってると思うけど、女遊びは酷かったんだ。
誰も好きになれない、自分を拒絶されたらと思うとすごく怖かった…だから本気にはならないって決めてた」
彼女は俺の腕の中で静かに聞いている。
「でも…**ちゃんに会ってから、傷ついてもいいから、**ちゃんが欲しいと思った。…身体だけじゃなく、心も」
声が震える。
俺の気持ち、届いてる?
「…好きなんだ…**ちゃんが…」
まわした腕にぎゅっと力が入る。
ねぇ、何か答えて?
俺の心臓破裂しそうなんだよ。
何も答えない彼女。
しばらく沈黙があり、背中に温かい温度が宿った。
背中には彼女の腕。
「京介くんの心臓…すごい音…」
「うん…こんなふうになったのは生まれて初めてだよ」
もう俺は君に嘘をつくことなんてできない。
一瞬の沈黙のあとの彼女は俺を見上げて、
「私も…京介くんのこと好きだよ」
瞳に涙を浮かべて笑うんだ。
「ほんとに…?俺のこと信じてくれるの?」
俺の昂った感情はすでに身体全体を震わせていた。
「うん…だって言葉では嘘をつけても、心臓は嘘をつけないよ」
そう言って俺の胸に耳を寄せる。
俺のことを信じてくれたことが無性に嬉しかった。
俺のしてきたことは過去の過ちだったとしても赦されないことだから。
「信じてくれて…ありがとう」
俺と**ちゃんの頬には雫が伝い、
なに泣いてるんだろうねって
お互いを見合せて笑いあった。
こんなことでも心が満たされる。
あの虚無感が嘘のよう。
今までのことは消せない過去。
でもあの闇から連れ出してくれた彼女にいくら言っても足りない感謝と償いをしよう。
君を喜ばせるためならなんだってする。
こんなにも誰かを愛しいと思ったのは初めてなんだ。
心の拠り所を見つけた今、
俺は絶対に君からは離れられない。
end