足りない。




全然足りない。













「ぅあっち!」

ほとんど灰に変わった煙草はとうとう俺の指まで焼きつくそうとしたみたいだ。

どれだけ長い間指に挟んだままだったのだろう。








「夏輝ー!」

「あ?」


後ろから冬馬に呼ばれて振り返ると秋羅も一緒にいた。


「お、お前そんな恐い顔すんなよ…」

「なっきーは愛しの歌姫と全然会えなくてやさぐれてんだって!」

「そっ、そのなっきーって言うのやめろ!…ってそれよりなんか用あったんだろ!?」

「あぁ、そうそう」

「ジャーン!」


冬馬が変な効果音をつけながら何かを俺に出したかと思うと、俺のスケジュール帳だった。


「なんだよ、俺のスケジュール帳なんか勝手に持ってきて」


そう言うと秋羅と冬馬は見合わせてニヤッと笑い、冬馬はボールペンを片手に持ち。



俺のスケジュール帳に×をつけた。




「えー、今日の午後の夏輝くんのお仕事はなくなりましたー」

「は?」



勝手に俺のスケジュール帳に×を書きやがって、とか思ったけどそれ以上に冬馬の言ってることが理解出来なかった。


「だーから、夏輝は今日オフだって言ってんの」


秋羅は俺の呆けた顔を見て笑った。



「…だ、ってこれから取材で、その後練習じゃん。ギターいなくてどうすんだよ…」

「だから夏輝いらねーって」

「ほら、ハニーが待ってんじゃないの?早く行けよ」



しっしっと手を振る冬馬の言葉にハッとして俺は立ち上がった。

そんな俺を見た二人はまた顔を見合わせてニヤリと笑った。



「早くその腑抜けたツラどうにかしてもらってこい」

「…うるせっ」



そんな憎まれ口も今日ばかりかは可愛らしく聞こえる。



「サンキュー!ありがとな、秋羅、冬馬!春にも言っといて!」







「おー!任せろー」


「良い誕生日をな」





二人の言葉を背に俺は喫煙所を飛び出した。





冬馬が×をつけた日は今日、6月6日。

俺の誕生日…。


何よりのプレゼントだな。
秋羅と冬馬がマネージャーに頼み込んだのかな。

その光景が目に浮かんで笑ってしまった。











俺は車を乗り捨ててエントランスに入る。

ポケットをまさぐり、もたつきながら鍵を差し込みドアノブを回した。


もう靴を脱ぐのも煩わしい。



早く、

早く!

早く!!!




「ああーっ!もうっ!!」




玄関の床に鞄とギターを放り投げてリビングのドアを思いっきり開けた。




「えっ?夏輝さん?」




キッチンにいた君は俺を見て目を見開いていて。








…やっと会えた。


会いたくて仕方なかったんだ。


だって俺の中の君が足りない。


君の香りが俺の中を満たす。


……やっと、帰ってきた…。









「な、つきさん、苦しいです…」

「わ、あっ…!ごめんっ!」






いつの間にか俺は力いっぱい**ちゃんを抱き締めていたらしい。

腕の力を緩めて顔を覗けば、赤くなった**ちゃんが俺から目を逸らした。




「…そんな、目逸らさないでよ。すごく久しぶりに会えたんだから」



両手で顔を包みこんで俺の方へ向ける。

恥ずかしいってわかってるよ。でも顔をよく見せて。俺に実感させて。



「…、夏輝さん、おかえりなさい」



ちょっと照れながらも俺の胸へ飛び込んできた**ちゃんの小さな身体を抱きしめる。



「うん、ただいま」



そう返せば**ちゃんはさらにぎゅっと俺に抱きついてくる。


うん、わかってる。

ごめんね、寂しい思いをさせたね。




「…会えなくてごめん」

「…うん、寂しかった」

「俺も寂しかった…」

「夏輝さんも…?」

「ははっ、うん、俺も」



**ちゃんが足りなくて足りなくて、本当に死ぬかと思った。



耳元で囁けばぴくっと肩が震えた。

こんなことだけでも愛しく感じてしまう。



**ちゃんを抱き締めているときが、一番安心出来る。

やっと、帰るべきところに帰って来た感じ。





ずっとこのまま抱き合ってたいけれど、仮にもここはキッチンなわけで…。

余裕がなかった自分に今更恥ずかしくなる。


今まで目の前の**ちゃんしか見てなかっから気づかなかったけど、なんか甘いいい香りがする。



「ね、なんかいい匂いするけど今何やってたの?」

「今は…ケーキを作ってる途中でした」

「マジ!?」

「はい、あとは焼き上がったらデコレーションするだけなんですけど」



俺の腕の中から顔をだして安心したように笑う。



ああ、やっぱりいいな。

帰ってきてすぐに抱き締められるの。


頭に軽くキスを落として少し距離を取った。これじゃあ移動することだって出来ないしね。



「そっか。じゃあさ、洗いものとか全部後回しにしてくっついてよ?それでいろいろ話そ?」

「…はい!」




それから俺たちはソファーに座って寄り添いながら、会えなかった時間を埋めるようにたくさん話した。


秋羅に新しい彼女が出来たとか。

春がまた新曲を書いてるとか。

冬馬が何もないとこで転けて幽霊のせいにしたとか。



山田さんがモモちゃんの前で何故か真っ赤になっていたとか。

ドラマの撮影が滞ってることとか。

また一緒に歌いたいな、とか。







とにかくたくさん。



他愛もない話をして、
お互いに笑い合って。


そしてふとした瞬間に、二人の間に沈黙が訪れる。

それは気まずいわけではなくて、ただ話さなくてもわかり合えているからこそ。

この沈黙も俺は好きだったりする。



**ちゃんの頭を撫でると、俺の肩に頭をこてんと預けてくる。

なんだかそれだけで幸せな気持ちになれるんだ。

**ちゃんもそうなのかな?





ねぇ、**ちゃん。


こんなに幸せなのに、

まだ君が足りないよ。






















あれから**ちゃんが作ってくれたご馳走とケーキを腹いっぱい食べた。

俺のために何かしようとしてくれたことがすっごく嬉しくて。


帰ってきてからずっと我慢してたのに、俺がごちそうさまと言ったあとの満面の笑みを見たら抑えきれなくて。

後片付けをしようとしていた**ちゃんを捕まえてそのままベッドにダイブしたんだっけ。






よく眠ってる。


布団から出た白くて細い肩が俺をまた欲情させる。




「…やっぱり足りないな」



自分で言っておいて苦笑する。

目に毒だと考えて、**ちゃんの肩に布団を掛けた。




「もっと、もっと、ってどんどん欲しくなる…」



腕を胸の前で折り畳んで猫のように丸くなって眠る**ちゃんが愛しい。

長い髪を耳にかける。

耳に光るのは俺の右耳とお揃いのピアス。





「…ホント、困るなぁ。もう離してあげれない」


可愛すぎて困る。



片方ずつしてたら私と夏輝さんも二人で一つだって思えるし、離れてても一緒にいるって感じれるでしょ?


なんて嬉しいこと言うんだもんな。







「…もう絶対に離してやんない」



額にキスをして、また**ちゃんを腕の中に閉じ込めた。


ねぇ、俺の腕の中で穏やかな顔で眠っている君はどんな夢を見てるの?







「…夏、輝…さ……」

「えっ!?」



びっくりして顔を覗きこむけど、寝言だったらしくまたすーと寝息を立てて眠ってしまった。



そんな様子を見て、君も俺でいっぱいなんだなって改めて思うとなんだか照れくさくなった。



「君に俺の隣で幸せそうに笑っていてほしい…だから、もう少し待ってて…」




君には届いてない俺の気持ち。




もう、俺は満足できない。

常に君のそばにいたいんだ。

少しでも多くの時間を君と共有したい。



きっとこれから先ずっと一緒にいたとしても、いつも君を求めるんだろう。




君でいっぱいになることなんてこれからもない。



まだ、足りない。

いくら幸せであっても君が足りない。





それだけ俺は。











「…愛してるよ、**」








渇望するんだ、君を。














end







20100606 HAPPY BIRTHDAY 夏輝!






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