「**…こっち、こい」



トロンとした目でこっちを見つめ、
ソファーに座りながら
お風呂から上がったばかりの
私を手招きする。



呼ばれたら私はいつものアレを手に、
隼人さんの前に座り込む。























ブォォォ――――――



「きもちい〜…」



隼人さんは髪の毛を
乾かすのが好きらしい。

ぶっきらぼうで素直じゃないいつもの彼とは違って、この時間は穏やかな瞳で私を見てくれる。ドライヤーの音でかき消されるから、会話も交わさない。私に触れる指先だけに感覚が研ぎ澄まされる。




慣れた手つきで私の髪の根元から毛先まで指が通り抜けた。


彼の指先はドライヤーの熱よりも熱く、私の頭皮を刺激する。私はまるで猫になったかのような錯覚に陥る。



優しく何度も何度も撫でられて、

愛されてる

って思うの。




「…よし、終わったぞ」



ドライヤーのスイッチを切り、優しく櫛でとかされる。

後ろを振り向くと、いつも以上にやわらかな瞳の隼人さん。愛おしそうに私を見つめる。

こんな隼人さんなかなか見れない。私もその表情に嬉しくなって少し頬を染めてにっこりと笑う。




「ありがと、隼人さん」





うーん、幸せだなぁ…




って思う瞬間。





頭を撫でられながらその余韻に浸っていると急に背後から脇の下に手を入れられて、私の身体は一瞬ふわっと浮いた。




「ひゃ…!…隼人さん?」

「んー…?」




私は隼人さんの膝に乗せられていて、私の首筋に顔を埋めている。優しく抱き締める腕はすごく熱い。

なんか甘えられてるのかな…?



「…隼人さんって、後ろから抱き締めるの好きだよね」

「あー…」

「…髪乾かすのも好きなの?」

「んー…」


今日はお酒を飲んできていて酔っているせいか、曖昧な返事しか返ってこない。…むしろ聞いてますか?ってくらい声も弱々しい。



こんな状態なら今日ならずっと思ってたこと…聞きだせるかな?




「ねぇ……髪乾かしてあげるのって、私以外にしたことある…?」

「……」




…何その沈黙。

前の彼女にもしてあげたの…?




ずっと気になってたことが悪い意味で的中したらしく、言葉にならない。

こんな幸せな時間を私以外の誰かも隼人さんと共有したかと思うと胸が苦しい。


過去のことなのに、やっぱりショックだ。






「ねぇよ…」

「え?」

「……するわけねーじゃん…おまえが初めて…」



私が初めて…?その言葉にほっと胸を撫で下ろす。

そういえば、隼人さんなんで毎回してくれるんだろ?いつもこーゆうことする時はすっごく照れる人だから、なんで俺がしなきゃなんねぇんだよ!とか言うのに。




「…じゃあなんで髪乾かすのが好きなの?」

「んー…」

「ねー、なんで?」


ゆさゆさと隼人さんの腕を揺らす。少しうざったそうに唸ったと思ったら、ギュっと腕に力が籠った。



「お前の、世話…してーんだよ…」



私の、世話?




「おまえの世話…俺…が、ずっとしてや、るよ…」

「! それって…!」




ズシッと肩が急に重くなった。





「………隼人さん?」

「……」

「……。」



すーすーと寝息をたてている彼。


「……嘘、でしょ?」


自意識過剰だけれど、プロポーズとも取れる言葉を言っている時に寝るなんて…!


しかもがっちりと羽交い締めにしてる。これじゃあ動けないじゃない。





「ホントどっちが世話してると思ってるのよ…」





ふぅとため息を吐いて、顔の真横にいる彼の頭を撫でた。首に触れる彼の髪の毛がくすぐったい。


日頃のハードスケジュールで疲れてるんだもんね。ベッドに連れていかなきゃ。




でも、あと少しこのままで。





幸せの余韻に浸りながら私は目を閉じる。

聞こえてくる彼の寝息に、彼に安心する場所を与えてあげれていることと感じ嬉しく思う。




いつか私が彼の帰る場所になれればいいな。


背中にあたたかな温度を感じながら、そう遠くはない未来を想像した。



彼のぬくもりからじんわりと広がるもの。

それは愛しいとか、安らぐとか、そんな形容できないくらいあたたかな気持ちでいっぱい。




彼の腕の中で、ここが私の帰ってくる場所。私だけのものと言わんばかりに、彼の腕をぎゅっと掴んだ。











「…お世話されます」






呟いた言葉は、私だけの秘密。













end




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