―――ねぇ、俺の気持ち気づいてる?
『あーあっ!今日も補習かぁー』
―――こんなにも考えてるんだよ、君のこと。
『つまんねーなぁ。……ん?』
俺は窓際の席。
補習のことで憂鬱だった顔を窓へ向けると頭の中を占領する愛しい人の姿があった。
「**ちゃん!!」
あたりをキョロキョロ見渡す彼女に、俺が肩で息をしながら全速力で駆け寄る。
「**ちゃん、何やってんの、こんなとこで!」
ねぇ、ここ男子校だよ?
ハイエナの餌食なるじゃん。
危機感持ってくれよ。
「完治くん!あのね、新堂先生に届け物頼まれちゃって。職員室ってどこかなー?」
―――――ああ、新堂ちゃんか。
「こっちだよ!案内するねん!」
…俺はちゃんと笑えているんだろうか。
無邪気に笑う**ちゃん。
そんな顔を向けて俺に笑いかけないで。
男子校なはずなのにここに君がいること自体が不思議な感じ。
夕焼けに照らされた横顔を眺めながら隣りを歩く。
手が触れそうで触れない、その距離だって近いけど遠い。
手を出してはひっこめる。
埋めようとしても決して埋めることのできない距離。
…そんなことを考えていると職員室に着いてしまった。
開けたくないドアに手をかけ、笑顔を作って顔をあげる。
…ガラッ
「新堂ちゃーん!」
―――見せたくない
「カンジ!職員室に入る時には失礼しますだろ!それからちゃんづけするなと……あれ?」
あ、気づいた。
「こんにちは!新堂先生!」
俺の後ろに隠れていた**ちゃんがひょこっと顔を出す。
「お、おう。なんでここに名字がいるんだ?」
…なんだよ。動揺するなよ。
「先生に頼まれたんだってさーっ」
――――俺のものでいてよ
「そうなんです。はい、これ。」
大事そうに抱えていた腕の中の茶封筒を手渡す。
「ありがとう、名字。男子校に1人で来させて悪かったな」
申し訳なさそうに頭をかいて話す新堂ちゃん。
それを見た**ちゃんは優しく笑う。
―――わかってるんだ。
君の瞳が俺を映し出していないことを。
「**ちゃん、じゃあ一緒に帰ろっかー♪」
精一杯の笑顔を向ける。
「カンジ!お前は数学の補習があるだろう!ちゃんと受けろ!」
「げっ。忘れてた!…しょうがない、校門まで見送るねー♪」
「うん、ありがとう。」
新堂ちゃんにぺこっと頭を下げて職員室を出る。
新堂ちゃんも優しい目で**を見送る。
言葉を交わしていなくても心が通じているかのようだった。
きっと新堂ちゃんも**が好きでそのことを胸に秘めているんだ。
隣にいる君の瞳は遠くを見ていて
悲しそうな、
愛しい人を見る表情だった
『ねぇ、もうやめなよ。』
『生徒と教師の恋愛なんて報われないよ。』
『つらいだけだよ。』
……そんなことを言えたらどんなに楽か。
君の泣く顔は見たくない。
喉の奥に言葉をぐっと押しやる。
「…**ちゃん、良かったねっ!」
「えっ?」
ぱっと振り向いて何かを察したかのように顔を染める。
そんな顔も可愛くて
その髪も
目も
唇も
頭から足の先まで
全て奪い去ってしまいたくなる。
「じゃっ、俺はここで!気をつけてねっ」
そんな衝動にかられながら校門で別れを告げる。
あと少し。
あと少し持ってくれ、俺の笑顔。
君を見送るまでは笑顔を崩せない。
俺を見て笑顔で手を振る。
確かに今、
この一瞬だけは、
君の瞳に俺は映っていたよね?
君の笑顔を想い出すと
左胸が苦しくなる
君を想うこの痛み
これが最後になると言い聞かせながら
俺は笑顔の仮面を外した。
end