「ねぇあきらー」

「あきらってばー」


ああ、もう、お願いだから、そんなふうに俺にまとわりつかないでくれ。


「な〜に?」


にっこり笑って答えちゃう俺。

キャッキャッとはしゃぎながら腕を絡め上目遣いで手を握ってくる女の子たち。


「晃、遊びに行こうよー」

「ね、そうしよ?」


いつものように学校に押し掛けてきた女の子たちを相手するのも最近ちょっと疲れてきちゃった。

その女の子独特の柔らかい身体や甘い香りが好きだし、女の子には優しくしなくちゃっていうのが俺のモットーであって。今まではそうしてきたんだけど。

長年培ってきた人の良い笑みを浮かべれば女の子たちは喜んで俺に寄ってくる。でも、今となってはいらない特技だ。


「ごめんね?授業に出ないと後がこわーい先生がいるからさ」

「えー、いいじゃんそんなの!」

「そうだよ、抜け出しちゃったらこっちのものだよ!」


こっちのものだよって、俺のこと考えてないじゃんか。由紀ちゃん怒ったら厄介なんだよ。結局は俺と一緒にいたい、っていう自分の欲求を満たしたいだけ。なんだかなぁ。こういう女の子たちはある意味、素直だ。


「本当は二人ともカワイイし一緒に遊びに行きたいんだけどねー」


ああ、俺の笑顔、もつのかな。

本当はこんな香水のキツい匂いじゃなくて、こんな厚塗りの化粧なんかしてる子じゃなくて。人一倍人にを気を使って自分の欲求すらあまり言えない子で。俺よりも小さくて白くて甘いお菓子みたいなあの子がいいのに。

そう思ってたら、ふわっとその甘い香りがした気がして思わず辺りを見回した。


「…っ!」


息を、のんだ。

俺の目に入ったのは。裏門で女の子を相手にしている俺を、近くの階段の二階から見つめる冷たい瞳。初めて見た、その瞳に俺は固まってしまった。


「あきら?」


俺の様子がおかしいと女の子たちは俺を揺する。なんかいろんな言葉を投げかけられるけど、そんなの聞こえなかった。

黒い、冷めた瞳。

**ちゃんのその瞳が俺を拘束する。それが俺に向けての軽蔑を含むものだとすぐにわかって胸が締め付けられる。俺がこうしていたって今までそんなふうに見られたことがなかったから、正直焦った。

かなり距離があるのに、俺たちは無表情でじっと見つめ合っていた。でもそれを遮ったのは意外な人物で。


「啓、ちゃん…」


通りかかったのか、それとも**ちゃんを追ってきたのか、啓ちゃんが現れて俺から**ちゃんの視線が外れた。あ、と思ったときには遅くて。

啓ちゃんと言葉を交わしている彼女の顔には笑顔が浮かんでいて、俺の胸はギシギシと軋んだ。無口な啓ちゃんが、**ちゃんと笑っている。仲良さそうな二人が目に焼き付いた。

少し会話をして二人は俺に背中を向けて歩き出した。その**ちゃんの背中には歩みを促すように啓ちゃんの手が軽く添えられていて。苦しい。苛々する。**ちゃんが、誰かのものになるなんて耐えられない。


「……っ」


ひゅっと息を吸い込んで止まった。一瞬振り返った**ちゃんの瞳は、啓ちゃんの前で見せたように笑っていなくて、冷たく、歪んでいた。

なんで、なんで。俺にはそんな顔をするの。お願いだから笑ってよ。いつもみたいに、笑ってくれよ。


「…ごめん、もう、帰って」

「…え?」

「もう、来ないで」

「あきら…?」


俺に絡みついていた身体を引き剥がし、俺はその背中を目指して走り出す。女の子たちが文句を言ってるみたいだったけどそんなの知らない。

今、行かないと手遅れになる。直感だけど、そう感じた。


「はぁはぁ、っは…」


どこだ?

まだそう離れてないはず。

啓ちゃんと二人でどこ行ったんだよ!

四階の俺らの教室に向かってるのか?三段跳ばしで階段をかけ上がって行く。四階まで着いたとき、その小さな背中と不釣り合いな体格が並んで歩いてるのが目に入った。


「…**ちゃん!」


逃げないように手首を掴んだ。急に名前を呼ばれて驚いたのかビクッと肩を揺らす。そして返事はしないでゆっくりとまだ息の荒い俺の方へ振り返った。その瞳は、冷たさだけじゃなくて戸惑いの色も含んでいた。


「…榊?」

「啓ちゃんごめんねー、ちょっと**ちゃん借りるから」

「……。…**、先に戻ってるな」

「…うん、ごめんね、啓一郎」


**ちゃんを見てから、ちらっと俺を見た啓ちゃんはそのまま教室の方へ向かって行った。啓ちゃんは俺に何か言いたげだったけど、何も言わなかった。何を、感じとったのだろう。それとも、**ちゃんから何か聞いたのかな。


「…晃、なに?」

「あ、えっ、と…」


ヤバ。俺なんも考えてなかった。**ちゃんを捕まえることしか頭になかったからなぁ。

とりあえず俺はなるべく自然に振る舞おうとお得意の笑顔を張り付けて手首から手を離して改めて**ちゃんの手を握った。


「や、さっき目合ったの気づいてた?俺、無視されちゃったのかな〜と思って」

「…ううん?気づいてたよ。でも晃が女の子たちと楽しそうにしてたからジャマしちゃいけないと思って」


にっこりと笑って答えられた。その言葉にトゲがあるのは絶対に俺の気のせいじゃない。だって、ホラ。その笑顔ってウソでしょ?上手く笑えてないよ?っていう俺もウソの笑顔なんだけど。


「**ちゃん、」


ねぇ、少しは期待してもいい?俺のことが好きだから、機嫌が悪くなったと思っても、いい?


「俺が…女の子と話してたら、イヤ?」


本音を聞き出すのに、作った笑顔を張り付けてるのはダメだよな。そう思って俺は笑顔を解くと、**ちゃんの笑顔も無くなった。


「…なんで?そんなことないよ」

「ホントに?」

「…、」


じっと俺を見つめた**ちゃんは無表情でふいっと顔を逸らした。お願いだから、こっち見てよ。泣きそうなんでしょ?泣いてくれないと、俺、慰められないじゃん。


「……話って、それだけ?私まだお昼ご飯食べてないから教室戻りたいんだけど」


そうやって君はいつもはぐらかそうとする。それは俺も同じで、ホントに似た者同士だって思うよ。

さっきまで気丈に振る舞ってたくせに、そうやって睫毛を震わせて涙を堪えようとする。そんな君に、無性に愛しさが込み上げてくるんだ。


「**ちゃん、俺、言ってもいい?」

「……何、」


君の精一杯の強がり。それにどうしても俺が守ってやりたいという衝動に駆られる。こんなにドキドキしたことあったかな、俺。緊張であまり入っていかない肺に酸素を無理矢理送り込んだ。




「……俺、**ちゃんが、好きだよ」


握っていた手に力を込めた。けれどその手はすぐに振り払われてしまい、何がなんだかわからない俺は呆然と立ち尽くす。


「**、ちゃん…?」


顔をふせている**ちゃんの顔はその綺麗な髪の毛に隠れて見えない。





「…嘘つき」

「ウソ…?」

「みんなに言ってるんでしょ?」

「な、」

「かわいいとかいつも言ってるもんね」

「ちょ、ちょっと待ってよ!それは、」


立ち去ろうとした**ちゃんを引き留めようと腕を掴んだ。それでも俺の方を見ようとしない。

なんで、伝わらないんだよ。やっと、言えたのに。これでも俺、すごいドキドキしてるんだけど。


「…離して」

「…イヤだ。俺、ちゃんと**ちゃんのこと好きだよ?」

「他の女の子と同じくらい?」

「だからっ!」

「……私…晃の言葉…信じられない」


緩まった俺の手からスルリと抜け出して**ちゃんは俺の元から走り去って行った。





「…好き、なのに」


ずるずると壁を伝ってしゃがみこむ。俺の言葉が信じれないって。そんなに俺、信用性がないのかな。いや、わかってるんだ。何が理由なのかは。

俺がいつも調子のいいことばかり女の子に言ってたから。本当に大事な時にはその言葉の威力は無くなってた。もしこれが零や啓ちゃんだったら。こんな風には言われなかったはずだ。

ハッと鼻で嘲笑った。自分の滑稽さに。ホント自業自得だよな。



すごく、ショックだった。俺の言葉が伝わらなかったのもそうだったけど、それを言った**ちゃんの顔がすごく苦しそうで、辛そうで。今にも泣き出しそうだったから俺は**ちゃんを引き留めることが出来なかったんだ。


「あーあ…」


立てた膝の間に顔を埋めた。今教室に戻ったって、絶対に笑顔作れないや。いつだって俺は笑顔でいたのに。こんなにも堪えるなんて。

廊下の隅に小さくなった俺のことをジロジロと見る視線がイタイけど、ここから立ち上がる気力なんてもうなかった。




「…、」


光が遮られる。お願いだから、放っておいてくれよ。俺、今スッゲー落ち込んでんだって。


「…晃、馬鹿だな」

「…、」

「アイツ、屋上に来たぞ」

「…うん」

「…泣いてた」


ピクッと俺の肩が反応しちゃって、零はクスッと笑った。わざわざ知らせに来てくれる零は本当にお人好し。零だって、**ちゃんのこと、好きなのに。


「…、**ちゃんは、なんて…?」

「何も話さなかった」

「……」

「俺がそのまま奪えば良かったか?」

「…!」


ガバッと顔をあげると目の前には零の足があって。その長い足が俺を蹴飛ばした。何気にイタイ。零、暴力はダメだって。


「晃が行かないなら俺は屋上に戻る」

「え、ま、待って待って!俺が行く!」


俺が勢い良く立ち上がると零は何も言わずに教室の方へ歩いて行った。ああ、立っちゃった。そんな気も起きなかったのに俺は重い足を引きずりながら歩き出した。


「…伝わる、かな」


本当は、怖くて。

でも、零や啓ちゃんに奪われたくない。誰かのものじゃなくて、俺のものになって欲しい。

もう一度好きって言ったら、**ちゃんはどんな反応をするのかな。嫌いって言われたら、俺死んじゃうかも。


でも、零がせっかく与えてくれたチャンスだから。俺の言葉が信じれないというのなら、何度だって伝えればいいんだ。嫌いって言われても、伝わるまで、伝え続ける。そう決めた。











俺は大きく息を吸い込んで、その重い鉄の扉を開けた。


ギッ…と音がすると視界に青が広がる。その中で小さな背中が小刻みに震えていた。

扉を開ける音に振り向いてすぐにまたフェンスに向かう**ちゃんに近づけば、その金網を握る小さな手に力が入ったのがわかった。幾筋もの頬に残る跡が俺の胸を締め付ける。


「…**ちゃん、」

「…、」

「お願い…、泣かないで?」

「…ムリ」

「…なんで?」

「…だって、私…晃に酷いこと言った」

「…、」


ああ、もう、なんで、そうやって。

身体を小さくして自分を責める態度にいつも俺は胸を掻きむしられる。そんなの、俺が招いたことなのに。全部、俺が悪いのに。


「晃、ごめ…っ」

「もう、いいからさ、俺に抱きしめられてて?」


ふわっと**ちゃんを抱きしめると、俺の中で小さな身体が震えた。それに俺の心も震えてしまう。苦しいのに、切ないのに、腕の中に**ちゃんがいるということが俺を昂らせるんだ。


「俺…、本当に**ちゃんが好きなんだって。他の女の子と比べるまでもないくらい。さっきだって女の子に帰れって言っちゃった」


苦笑いして**ちゃんを見れば、その瞳に涙を溜めて目を伏せるとまた大粒の滴がポロッと零れた。


「…まだ俺のこと、信じられない?」


ふるふると頭を横に振る**ちゃんに内心ホッとしながら、俺はぎゅうっとさらに力を入れて抱きしめた。甘い香りが俺を支配する。


「ごめんね?もう他の子にはカワイイとか言わないから」

「…、」

「**ちゃんにしか言わないから」


ぎゅっと俺のワイシャツを握る手が背中に回って、やっと俺の気持ちを受け止めてもらえた気がした。









…いや、つけない。

だって悲しむ君の顔を見たくないから。


言葉って、簡単で、難しくて、すごく大切なもの。人を傷つけることもあれば、救うこともできる。

要は使い方なんだよね。


ねぇ、俺が上っ面の言葉だけじゃなくて、本当に心から君を好きだってわかったら。

俺にも、好きって言葉、くれるかな?






end







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