コンコン、と私の部屋の隣のドアをノックする。入れてくれるかな。名前を呼ぶと慌てたようにすぐにドアが開いた。


「**?どうした!?」


亮が驚くのは無理もない。だって今はもう0時すぎで。こんな時間に私が亮の部屋を訪れるなんて今までになかったし。とりあえず中入れよ、と手を引いてくれてドアがパタンと閉まった。


「おい…?」

「亮、」

「**っ!?」


私は立ったまま亮の腕の中へ飛び込んだ。ぎゅうっと抱きついたから亮の身体が強ばる。


「ごめん、亮。ちょっとだけ…」

「…」


そういうと亮は私をギュッと抱きしめてくれた。胸に顔を押しつけるとトクントクンとすごく早い亮の心臓の音が聞こえる。

亮の香水がふわっと香る。それが私を落ち着かせてくれる要素のひとつで、また私は頬を亮にすり寄せた。


「…怖い夢でも見たのか?」

「ううん、違うの」

「ふーん」


私が気を使うと思ったからか、気のない素振りで言ったところが亮らしくてふふっと笑った。


「なに笑ってんだよ!!」

「え、えー?別に」

「言え!」

「いいじゃん、なんでもないよ」


無理矢理身体を離され、肩を掴まれて顔を覗かれる。じーっと見つめる亮に、私の顔は熱くなっていった。


「…元気なったか?」

「…、」

「なんかやなことあったんだろ?」

「…ううん」


亮はわけわかんねぇと言って眉を寄せた。うん、わかんないよね、言わないと。でも正直言ったら、きっと、亮は。


「…亮に抱きしめてもらいたくて来た」

「…は」


またぎゅうって抱きついたら、亮が大きく息を吸い込んだ。あーあ、きっとまた真っ赤になってるんだろうな。でも、そんな亮が好きなんだけど。


「…まぁいいけどよ」

「…ありがと」

「なぁ、」

「ん?」


私の頭に大きな手が乗った。すると私の不安もすっと消えてく感じがして、改めて亮のパワーってすごいと思った。


「立ったままじゃなくてベッド入らね?」

「!」

「どうせもっと、とか言うんだろ?」


ニヤッと意地悪く笑って私の腕を引いた。みるみるうちに今度は私の顔が赤くなっていく。やだ、どうしよう。


「う、梅さんが来ちゃうよ…!」

「梅なんかほっとけって。むしろ今日はここで寝ろ」

「え、あの、」


いち早くベッドに潜りこんだ亮は、ほら、と手を差し出すから、おずおずと手を握るとグイッと一気に引き込まれて亮の腕の中に閉じ込められる。


「や、やっぱりダメだよ!」

「いーんだって」

「私、もう部屋戻るっ」

「静かにしろって!梅が来るだろ!」


そう言って私の口を手で塞ぐけど、亮の声のほうがよっぽど大きいよ…。大人しくなった私を見て亮はニカッと八重歯を出して笑う。あ、今、絶対、きゅんって胸が鳴った。


「よし、寝よーぜ」

「う、うん…」

「なぁ、今日はどうしたんだ?寂しくなったか?」

「…」


優しく髪をすく亮の手は相変わらずあたたかくて、私は安堵のため息を漏らす。

これから先、起こる何かに不安になったなんて言ったら、亮はバカか!と怒るかな。それでも私の未来に亮がいないかもしれないと想像したらどうしようもなく恐くなって。まるで自分が自分じゃないみたいに一人で立ってられない感覚になったんだ。

ふと顔を上げれば亮は私を真剣な瞳で見つめているから、切なくなって、顔を隠すように亮の胸に顔をうずめた。


「…**?」

「亮、ずっとそばにいてね…」

「な、なんだよ、急に」

「私の未来にも亮は一緒にいてくれるよね?」

「…当たり前だろ!お前こそ俺から離れるんじゃねーぞ!」

「私からは離れないもん!」

「俺だってな、お前が…!」

「……亮?」


名前を呼んだらぷいっと身体ごと反対を向いてしまった。身体を起こして覗き込めば亮の耳は赤くなってる。相変わらずで私はクスッと笑った。


「りょーおっ!なんて言おうとしたの?」

「〜っ!な、なんでもねぇよ!」

「えー、教えてよー」

「なんだよっ!元気なったんじゃねぇか!」

「うん。だって亮が抱き締めてくれたし」

「なっ…!」

「それに亮ずっと一緒にいてくれるって言ってくれたから不安じゃなくなった」

「…、」


にっこり笑って言うと、亮は私の方に向き直して私の腕を強く引っ張った。身体を起こしてた私はまたボスンとベッドへと沈む。


「っもー、亮なに…」

「…おまえ、不安だったのか?」

「…え?」

「俺のせいだよな…わりぃ…」

「え、ちょ、亮?私確かに不安だったけど亮のせいじゃないよ?」

「でも俺のせいだろ?」

「違うってば!私が勝手に不安になったの!将来どうなるんだろうとか、亮と一緒にいれないんじゃないかとか!」


亮のせいじゃないというのをわかって欲しくて必死に捲し立てると亮は私の顔を見て呆れたようにため息をついた。


「バカか、おまえ」

「な、バカってなによ!だって亮がいなくなるって思ったら…っ!」

「ったく、こうして俺はここにいるだろ?」


抱き寄せられて背中と頭に手が回った。あった距離が一気になくなって、その勢いで軽いキスがおでこに降ってきて。

亮は恥ずかしがり屋のくせに、時々大胆になるから、私はその度に亮でいっぱいになるんだ。埋めつくされて、亮以外考えられなくなるの。


「**が俺と一緒にいたいって思ってれば、俺と**はずっと一緒だ」

「…だ、だって、大学行ったらカワイイ子たくさんいるよ?目移りしちゃわない?」

「もともと女なんかウゼー生き物って思ってたんだぜ。おまえじゃなきゃ女なんかと一緒にいねぇよ」

「…ホント?」

「俺の言うことが信じられねぇのかよ」


上から目線の言葉とは裏腹に、私を見つめる瞳は優しくて。私を包んでくれている腕は頼りになるほど逞しかった。


「…ううん、ありがと、亮」

「それよりもおまえこそ他の男なんて見るんじゃねーぞ!」

「え、見ないことはできないよ?」

「あ〜〜ッ!!だからッ!」

「ふふっ!大丈夫、亮以外好きになんてなれないもん」

「…、そう、かよ」


亮はまた私を腕の中に閉じ込めて、何度も頭を撫でた。いつもはそんなことしないし乱暴に扱うのに、何故か今日この時だけは優しい手つきだった。

亮がいなくなるって思ったら、無性に亮のぬくもりを感じたくなった。結局こうやって抱きしめてもらって。亮の腕の中が、一番安心できる、場所。


「…亮って、体温高いよね」

「そうか?自分ではわかんねぇ」

「うん、あったかいよ…すごく」

「ふーん…」

「安心する」

「…俺はおまえから離れねぇからな」

「…うん」


なんでだろうね。亮は根拠なく言い切るくせに、絶対に大丈夫だって思わせてくれる。信じさせてくれる。

今までも、これからも。

ざわざわと落ち着かなかった胸騒ぎが嘘みたいに今は本当に静かで。亮の腕の中で、私はやっと私に戻った気がした。





私がより私らしくいられる理由





寝息が聞こえてきて、俺はやっと一息ついた。実際こんな状態で寝ろ、なんて拷問に近いっつーの!


「…、呑気に寝やがって」


鼻をつまめば眉根を寄せる**。手を離せばまた安心した優しい顔に戻った。それを見て、すごく、胸がギュッと潰されたように苦しくなった。


「俺はどこにも行かねぇっつーの。…、コイツこそどっか行っちまいそうだよな」


つい出てしまった弱い自分に気づいて舌打ちをした。俺がこんな弱気になるなんてありえねぇ。バサッと布団をかぶって**が離れてかないように抱きしめる。

なぁ、俺だって不安になることだってあるんだぜ?知ってたか?


「……りょ…ぉ…」

「…っ、」


不安になるのもおまえのせいで。それでもいつだってその不安を取っ払ってくれるのはおまえなんだ。女一人にこれだけ振り回されて男が泣くよな、マジで。


「…いい夢見ろよ、**」


でも、ただ喧嘩に明け暮れてたあの頃より、女なんかって思ってたあの頃より。

俺は、今の俺を案外嫌いじゃねぇんだ。






end







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