冬とキミは突然に
寒い…。
そりゃ昨日の夜の天気予報で「強い寒気団が流れ込み、12月中旬並の寒さとなり、北海道や東北の一部では、平野部でも雪が…」なんて言ってたけど、今はまだ10月の末だし、なんて油断してた。
だってついこの間まで、熱中症がどーだとか言ってたんだよ?
だから今朝起きて、カーテンの外を覗いて、愕然とした。
「嘘でしょー?!」
…仕事、行きたくないなぁ…。
…まあ立場上、サボる訳にいかないから、行くしかないんだけどさ。
すっかり冬の装いに身を包み、職場へと向かう足どりは、やっぱり重くて。
どんよりとした灰色の空を見上げれば、余計に憂鬱になる。
でも、一度仕事モードに入ってしまえば、そんなメロウな気分に浸る暇もなくて。
自分の仕事をこなしつつ、窓際で何やら外を見ながらコソコソ無駄話をしている
後輩に、小声で注意する。
「こぉら、今、休み時間じゃないよね?ちゃんと仕事に集中して!」
だけど、彼女達は全く悪びれる様子もなく、
「だってぇ〜、先輩!あの道の向こう側にいる人、ちょ〜おカッコ良くないですかぁ?」
「なんか、どっかで見た事あるような気がするんですけどぉ、二人共さっきから思い出せなくてぇ〜。モデルさんとかですかねぇ?」
…はあぁ。二人して、目がハートになっちゃってるし。
職場では語尾を延ばさない事!って、もう何度も教えたのに、出来てないし。
まあ、一番問題なのは、こうやって無駄話してる事な訳で。
「とにかく、早くそれぞれの持ち場に戻って。話は休み時間にでも、ゆっくりやって」
最後にもう一度釘を刺してから、自分の仕事に戻る。
「すずさーん、内線1に、受付からお電話入ってまーす!」
同僚に声をかけられ、受話器を取ると、受付の女の子が、少しはにかんだような
声で、用件を伝えてきた。
「あのぅ、すずさんのお知り合いだっていう方が、受付にいらしてるんですけど…
」
…知り合い…?
平日の、こんな真昼間に?
訝しく思いながらも、取り敢えず、わかりましたと言って電話を切った。
あ、相手の名前、聞くの忘れた…。
てゆーか、普通、受付の娘も相手の名前言うのが常識っていうもんでしょ?
後で、ちょっと注意しとかないと。
受付のセキュリティが甘いなんて、上が知ったら、大目玉だよ。
そんな事を考えながら、受付に向かうと、さっき電話で話した娘が
「あ、すずさん。あちらの方です」
と、頬をうっすら桃色に染め、
ドア付近で、こちらに背を向けて立っている一人の男性を指し示した。
…なんか、随分若い人みたいだけど…。
服装も、オシャレだけど、かなりラフ。
ちょっと警戒しつつ、とにかく、せっかくここまで来たんだし、あまり待たせて
しまって、もし重要な人物だったらマズイ。
それに万が一、ヤバイ人だとしても、ここなら一目があるから、何とかなるだろ
う。
「すずです、大変お待たせしました!」
気を取り直して、笑顔を作ったあたしだったけど、
その人がこちらを振り返った瞬間、全ての思考がフリーズした。
「よぉ」
…え…嘘でしょ…?
これって、夢…?
てか、妄想のし過ぎで、あたし、頭おかしくなっちゃったのかな?
「おい、何、そんなとこでボーッと突っ立ってんだよ。通行の邪魔だろーが」
意地悪っぽく憎まれ口を叩きながら、ニヤリと笑う目の前のその人は、やっぱり
、彼で。
グイっと腕を引っ張られて、思わず大声を出しそうになったけど、すんでの所で、ここが職場だと思い出し、なんとか冷静を装う。
だけど、予期せぬ訪問者に、やはり動揺は隠しきれなくて。
「…なんで…、」
と小さく呟くのが精一杯で。
ちらっと彼を見上げれば、さっきより更に意地悪な笑顔で、さも私の反応を楽し
むようにしている。
何、その余裕は!
なんかムカつくんですけどー!!!!!
こんな不意打ち、ズルイでしょ。
と、その時、あたしが首に提げていた、業務連絡用のPHSのベルが鳴った。
「はい、すずです」
電話の向こうでは、トラブルが発生したからすぐ戻るよう、上司が焦ったような
声を出す。
「…あたし、もう、戻らないと」
そう告げたあたしに、彼は鞄からメモを取り出し、素早く何かを書いて、無理矢理あたしの手にそれを握らせた。
「オレ、今日、そこに泊まってるから」
そう言うとあたしの顔をニヤリと見て、会社を出て行った。
さっき後輩達が騒いでいたのは彼の事だったに違いない、と確信するくらい、彼
は人込みの中でも一際目立っていた。
受付嬢が変に浮足立っていたのも、彼の容姿のせいだろう。
でも、なんで?
なんで、彼がここにいるの?
沢山の疑問符が頭の中で渦巻いていたけど、今は仕事中。
どうにか気持ちを切り替えて、自分の部署に戻り、仕事に集中することにした。
トラブルがあったせいで、ゆっくり休憩時間も取れず、直接電話する事は出来なかったけど、
(周りの目もあるし)
ポケットにしまったメモが、カサッと乾いた音を立てる度、あたしの胸はざわつくのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「お疲れ様でした〜!」
仕事が終わると、あたしは急いで帰り支度をし、彼がいるという、ホテルへ向かった。
「来て欲しい」と言われた訳でもないのに、わざわざバッチリ化粧直しまでしてる自分を、浮かれ過ぎだよと自嘲しながら。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ピンポーン…
ドキドキしながら、部屋のチャイムを押す。
少しして、ドアの隙間から、したり顔の彼が顔を出した。
「お疲れ」
促されるまま、部屋に入ると、ガチャリとオートロックのドアが閉まる音と共に、後ろから、ギュッと抱きしめられた。
「…い、いっちゃん!?」
思わず、素っ頓狂な声を出してしまった。
「…うるせーな。耳元でデカイ声出すなよ」
そのまま、ほっぺにチュッとキスされた。
「ホントだ、マジ、冷てー。やっぱこっちって東京より寒いんだな」
…ダメだ…
頭が混乱しまくってる…。
一生懸命、自分自身を落ち着かせるよう、納得させるようにしながら、口を開く。
「あの…、なんで、いっちゃんが、ここにいるのかな?」
すると、いっちゃんはピクッと眉を動かし、不機嫌そうに答える。
「んだよ、オレじゃ不満だったのかよ?
そういや、最近、ハルの事いいとか言ってたもんなぁ?」
いや、確かにハルくん、いい!って日記に書いたけど。…てゆーか!そんな事より!!
「そーじゃなくて!なんで、どーして、いっちゃん、ここにいるの?今日、木曜だよね?学校は?」
「そんなん、サボったに決まってんだろ。別にテストとか近い訳でもねーし、家にいたって店番とか、たりーし。別に、いんじゃね?アニキだって好きな時にあちこち行ってるし」
「!サボったって…!なんで、そんな…」
「あ、もしかしてハルじゃなくてアニキがよかったか?かな〜り気に入ってるみ
たいだったもんなぁ?」
気がつくと、いつの間にか、ソファでいっちゃんの脚の間に座らされて、後ろから抱きしめられる格好になっていた。
おまけに、か、顔がっ!
いっちゃんの顔がっ!!
あたしの右肩に、乗っちゃってるんですけどっ!!!
「!…ちょ、いっちゃん…!」
「…オレが今日、ここに来たのはー…」
抱きしめる腕の力が、一際強くなった気がした。
「…すずがー、雪が降って寒い、って言うから、あっためてやりに来たんだよ!」
…え…?
ええぇ?
もしかして、あの、日記?!
「う、嬉しいけど、何も今日すぐじゃなくてもよかったんじゃ…」
慌てるあたしに、いっちゃんはニヤリと笑った。
「だって、すず、明日からまたしばらく仕事、忙しくなんだろ?そしたら、ゆっくりとあっためてやれねーし?」
かあっと顔に熱が集まる。
年下の男の子に、こんなに翻弄されてる自分が悔しい。
「ま、誰かさんが仕事してる間に、ラーメンとか寿司とか、旨いもん、あらかた食っちゃったし?
ちょっとした観光気分も味わって、土産とか、下着とかの着替えも買ったし?」
「ほら」と目の前にヒラヒラ差し出されたものをよく見てみれば。
…黒の…ボクサーパンツ…/////
「まぁ、それ穿いてるヒマがどんだけあるか、わかんねーけどな???」
そう言って、熱くなった顔を覗き込まれれば、意地悪な笑顔に、妖しい光を湛えた瞳が揺れていて…。
「残るご当地グルメは、もうすずだけって訳。あっためてやる代わりに、たっぷりご馳走してもらわねーと、なぁ?」
耳元で、そう甘く囁かれれば…。
あぁ、もうダメだ…。。。
あたしの週末は、仕事といっちゃんで、いっぱいになるんだ…。
そう考えると、寒いのも案外悪くないな、なんて頭の片隅で思いながら、あたしはいっちゃんの熱に溶かされていくのだった…。
fin.